第11話 賢者ソフィアはまくし立てる
「くははっ、そんなことになっているのか」
ダークオークの一件を話し終えると、女魔王が上機嫌に笑う。
一方で王は、語り聞かすうちに今さらながら自明の理に思い至っていた。
―――そうか、考えてみるとあいつらは俺の甥か。
百数十頭余りを自らの手で打ち殺したあのダークオークは、いずれも王の実姉の息子達ということになる。
「ご主人様、いかがされましたか? ご気分が優れないご様子ですが」
「おう、ゲロでも吐きそうな面をしてるぜ。どうかしたか?」
ケイと勇者が同時に尋ね―――
「むっ」
「なんだよ」
お前は引っ込んでいろとにらみ合った。
「人間にオークの体調など、よくも見て取れるものだな」
「顔色を見て分からぬかの?」
「冗談で言っている、……というわけではないようだな」
さらっと答えた賢者に、女魔王は信じられないと言う顔を向けた。
「陛下、すぐに回復の奇跡を」
「いや、必要ねえ。大丈夫だ」
王は頭を振って聖女を押し留める。
強がりでなく、勇者たちのいつも通りのやり取りに気持ちは落ち着きを取り戻していた。
オーク達を死地に追いやることなど、当然のようにやって来た。
オーク同士の交配で増えすぎた連中を間引くために、あえてオーガとの戦闘の矢面に立たせるようなこともした。命を落としたオークの中には少なくない親類縁者も含まれていたはずだ。
何より、実の父すらこの手に掛けたのだ。そこに甥の命が百数十加わったというだけの話だ。
「しかし、魔人族とオークの混血か」
賢者が顎に手を当て、思案顔で呟く。
「以前、お主が語った遺伝の法則とやらに当てはめるなら、交配相手が魔王であっても生まれてくる子供はORK/orkの普通のオークとなるの。ORK/ORKのハイオークと比べてダークオークどもが小柄であったのは、これが原因と言うことかの?」
「ああ、そういうことだろうな」
「紫の体色だけでなく、魔力補正による身体能力の爆発的な向上も、魔王からの遺伝であろうの。人や亜人の場合はオークとの子にはほとんど特徴は受け継がれぬが、やはり魔王ともなると血が強いということか。―――しかしそうなると、本当の脅威は孫世代ではないかの」
「孫世代? …………あっ」
賢者の言葉に、王もようやく恐ろしい未来へと想像が及んだ。
「なんだなんだ、二人だけで納得し合ってるんじゃねえよ。あたしらにも説明してくれ」
「うむ、子世代のORK/ork同士での交配が行われたならば、孫の中にはORK/ORKを有する者が生れてくるのよ」
「…………おい」
勇者が王を見上げて顎をしゃくる。解読しろということだろう。
「要するにだな、ダークオーク同士で子供を作ると、ハイオークの体格をした個体も生まれてくるってことさ。言うなればダークハイオークだな。それもオークの繁殖力でネズミ算式に」
「―――っ、そんなもん、ヤバ過ぎるじゃねえかっ。ただのダークオークだって、ハイオーク以上に手強い相手だってのによ」
もう一つ。
ハイオーク同士の交配ではごくごく低確率ながら“化け物離れした変異種”が生まれる可能性がある。
言葉にすると現実になってしまいそうで、王はあえてそれを口にはしなかったが。
「ふむ、今どれほどのダークオーク、そしてダークハイオークが存在する可能性があるか、計算してみるとするかの。まず初めに魔王城を訪れた三十頭の雌が五年前から子供を産み続けたとすると―――」
賢者の言葉を引き継ぎ、王は思考を巡らせる。
「オークの妊娠期間はだいたい半年。五年だと最大十回出産の機会があることになるな。それぞれに十頭ずつ産んだとしたら、一回に三百頭、十回で三千頭のダークオークか」
「うむ。そしてオークの仔は三年で成人し出産可能となる。つまり四年半前に生まれた最初の三百頭のうちの雌百五十頭は、一年半前の時点で出産している可能性があるわけだの。一年半での出産機会は最大三回、百五十頭から一度に生まれるのは千五百頭、つまり三回で四千五百頭」
「さらに半年後には次に生まれた百五十頭の雌も出産可能となるな。このグループの出産機会は最大二回だから三千頭、次のグループは一回で千五百頭」
「これで出揃ったかの。まず最初の雌オーク三十頭の子が三千頭。孫が、―――しめて九千頭だの」
「で、その九千のうち、三千頭がダークハイオークってわけか」
「むっ、それは計算が違うのではないか? 遺伝の法則に従うならORK/ORKが一に対してORK/orkが二、ork/orkが一の割合となるはずであろう? つまり四頭に一頭がハイオークとなるから、ダークハイオークは二千二百五十頭ではないかの?」
「いや、ork/orkってのはつまりオークの形質を受け継がない仔ってことになるが、そんなのが生れたためしがない。おそらく受精自体が成立しないか、母体の中で死んでいるんだと思うぜ」
「おお、そういえばそんなことも言っておったの。ではORK/ORKが一、ORK/orkが二で、三頭に一頭がハイオークという計算で良いわけか」
「―――あのよう、呪文みたいな言葉をベラベラとしゃべってねえで、ちょっとはあたしらにも分かる言葉で話してくれねえかな」
勇者が呆れ顔で言う。
「うむ。まず雌オーク三十頭の仔達が三千頭で、これは全てただのダークオークだの。そして孫世代が九千頭。このうち三千頭がダークハイオークである可能性があるの」
「なっ」
勇者は言葉を詰まらせる。改めて聞くと、確かにとんでもない数字である。
「まあ、これは理論上それだけの出産が可能と言うだけの話よ。魔界の奥深くでそれほどの数のオークが食いつなげるとも思えぬからの。実際にはぐっと数を減らすであろう。―――ふむ、先日の五百頭もあるいは口減らしが目的の一つであったのかもしれんの」
「そうなると雄ばかりだったのは、俺の姉達を中心とした集団だから、女尊男卑の風潮でもあるのか。そうでなければ―――」
「効率的に戦力増強を図っておるか、かの」
雄は一頭―――ではさすがに辛いにしても数頭いれば、子作りに支障はない。
生まれてくるダークハイオークを優先するなら、真っ先に切り捨てるべきはダークオークの雄だった。
「とはいえ、孫世代は一番早く生まれた連中もまだ一歳半だ。人間で言うところの十歳未満ってところか。まあ中には早熟な奴もいるだろうが、基本的にはオークが戦力として数えられるのは三歳になってからだ」
「……それってつまりよ。そいつらが成人する一年半の間に何とかしねえと、オーク王国は、と言うか人類も、お終いってことじゃねえのか?」
勇者の言葉に場が静まり返った。
「……下手をすりゃあ、あの時代の再来ってわけか。いや、それ以上かもしれねえな」
アニエスがぼそりと口にした。
人々が書物のみで知る“その時代”を、彼女だけは実体験している。
つまりは勇者レオンハルトによるオークキング討伐以前、オークがこの大陸の支配者として君臨した時代が蘇ろうとしていた。