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第9話 オークキングは主君と対面する

 かつかつと硬質な足音と共に、木漏れ日の下へ一人の女性が姿を現した。

 “人間”の基準で考えるとかなり―――いや、恐ろしく長身の女だ。二ワンド(2メートル)近くはあるのではないか。黒の衣はエナメル質の光沢を帯びていて、彼女の“肌”に良く映えた。


「おおっ、紫の体色、紅き瞳っ、そして漆黒の二本角っ。間違いない、魔人族っ!」


「魔人族? ってことはまさか!?」


 賢者が興奮気味に叫び、勇者も大仰に反応する。


「そう、魔人族とは魔物達の霊長とされる種族。すなわち魔人族のおさこそが魔王よっ。加えるに長命ゆえに繁殖力に乏しく、基本的に一対のつがいしか同時には存在し得ない種とも言われておる。つまり魔人族がいたならば、その者こそが魔王であり、同時に魔王の伴侶よっ」


「―――っ、魔王だと」


 言われれば、納得せざるを得ない。女はまさに“魔王”という姿形をしていた。


「ほう、人の世にまだ我らの伝承が残っていたか」


 女魔王が言葉を発する。

 こちらに語り掛けるでもない独り言だが、思わず気圧されそうな重圧を感じる。


「で、オークが人とつるんで、こんなところまで何の用だ。我が半身と居城を奪うだけでは飽き足らず、この命をも摘み取りにきたか? ―――ふふっ、我も舐められたものよ」


 女魔王は酷薄な笑み―――肌の色こそ違えど顔の造形そのものは人間と変わりなく、表情は問題なく読み取れる―――を浮かべて言う。

 今度は明らかに王に向けての言葉だった。紅い瞳で見つめられれば、当然威圧感は先刻の比ではない。


「……半身と居城を奪った? いったい何のことしょうか? 話が見えません」


 返答は、我知らず敬語になった。


「とぼけるでな―――。貴様、……もしかして雄か? 雄の、それもオークキングか?」


「はい。お初にお目にかかります」


 これまで特にその存在を意識したことはなかったが、相手は魔物を統べる王である。一応は主君と言うことになるのか。王はかしこまって頭を下げた。


「そうかっ、貴様がオークキングっ。あやつめの本来の半身。貴様こそが全ての元凶というわけかっ。くくっ、はーっはっはっはっ」


 女魔王が哄笑すると、大気がビリビリとふるえ、肌がゾワゾワとしびれた。


「むうっ、すさまじい魔力だの。余波があふれ出しておるわ」


 賢者がそう言う以上、錯覚ではないらしい。

 魔物。―――魔力的生物。肉体を動かすために筋力だけでなく魔力も駆使する生物。

 魔物の王ともなれば、ただ笑うだけで膨大な魔力がその身を駆け巡り、それが大気中の魔力を揺り動かした、ということだろうか。

 それはそれとして―――


「い、いったい何の話をされているのですか、魔王様?」


「そうか、まことに何も知らぬのか、貴様はっ。貴様があやつを抱き止めてさえおれば、我があのような屈辱を味わうこともなかったというにっ!」


「―――っ!」


 射竦められるとはこのことか。

 女魔王の視線がほとんど物理的な圧力を持って王を刺し貫く。地面に磔にでもされた気分だ。


「ふははっ、しかしこれは良い機会だっ。貴様のむくろを送り付けてやれば、少しはあやつにも半身を奪われる苦痛を教えてやれるというものっ!」


 女魔王は徒手空拳の右腕を振り被る。


 ―――ヤバいっ!


 嫌な予感が背筋を走った。

 王は萎えた両足を奮い立たせ、勇者達を押し退けて女魔王との距離を詰める。

 うるさいくらいに警鐘を打ち鳴らしまくる本能を信じ、そしてそれを無視して、両腕を広げた。―――女魔王の右腕が、虚空へ向けて手刀を振るう。


「ぬあっ!」


 手刀の延長上―――王の胸から両腕にかけてが、触れもせずに真一文字に切り裂かれた。深い。骨まで達する傷だ。

 王はその場にひざまずいた。


「……ざ、“斬撃”を、飛ばした? 魔術、か?」


「いいや、魔王めは発動式を唱えておらんっ。“術”ではなくただの“生態”よ。魔術を介さず魔力そのものを操りよるとは、これが魔力的生物の霊長たる力か」


 背後から賢者が答える。


「ふん、やはりオークキングの身体は頑健よの。一撃でオークもそれに組みする人間も撫で斬りにしてやるつもりが、とち狂って前に出るものだから、―――斬り倒せたのは木だけか」


 女魔王が言うと、まるで示し合わせたように周囲の樹木が倒れ始めた。

 魔物の森の奥深く、いずれも一抱えもある巨木である。比べれば人やハイオークなど脆く儚いものだ。


「しかし、これで終わりよ」


 女魔王が右掌を腰にためた。

 手刀ならぬ貫き手。さっきのが、今度は“斬撃”ではなく“刺突”で来る。


「―――ぐっ、うおおおおっ!!」


「ぬっ、まだ動けるかっ!?」


 一息に魔王へ詰め寄り、右手首をとらえた。


「ちっ」


 女魔王が左腕を振り上げる。やはり触れもせずに、王の右の肩口がばっくりと裂けた。構わず左手首も掴み取った。


「くっ、離せっ」


「ぬっ、ぐっ、うううううっ」


 女魔王が抗う。長身と言うだけでほとんど人と変わらぬ骨格と体型で、すさまじい剛力だった。

 アニエスも人間離れてしているが別次元だ。軽くはない傷を負っているとはいえ、オークキングである王とほぼ互角。


「このっ、汚らわしい手を離さぬか、オーク風情がっ!」


「矛をおさめて話し合いに応じてくれるってんなら、すぐにも離させて頂く」


「オーク風情が我と話し合いだとっ。生意気な口をっ!」


「―――っ!」


 ガツンと不可視の何か―――例えば巨大なハンマーのようなもの―――で頭を殴り付けられた。


「早くっ、はっ、なっ、さっ、ぬっ、かっ!」


 衝撃が連続する。

 先刻斬撃の形で飛んできた“何か”。賢者の言を信じるなら恐らく魔力の塊のようなものが、今度は鈍器となって王を打ち据える。

 額から出血して視界が赤く染まり、長い鼻柱が歪んで呼吸を乱した。


「ご主人様に何をするっ!」


 背後からケイが飛び出し、刺突を放つ。

 細剣は女魔王の身体に吸い込まれるように突き―――立たなかった。触れるか触れないかという距離で不自然に止まっている。


「ぬっ、ぐぐぐっ」


 ケイが渾身の力と全体重を込めても、切っ先がそれ以上前に進むことはなかった。


「ふんっ、たかが人間が我を傷付けられるとでも思うたか」


 “斬撃”、“ハンマー”に次いで、魔力を“鎧”のように体表にまとったということか。

 王が掴んでいる両手首もわずかに太さを増している。肌ではなく、圧縮した空気でも握り込む様な感触だ。

 魔王の魔力を凝集させた鎧。先の斬撃の威力を思えば、およそこの世界に並ぶ物もない至高の防具と言えるかもしれない。しかし―――


「あたしがやるっ!」


 ケイの背後から、今度は勇者が飛び出していた。


「なっ、聖剣だとっ!?」


 “あらゆるものを切断する聖遺物”が、紫の細首へと振るわれた。

 女魔王の顔が驚愕と恐怖に歪む。―――やはり人と同じ表情で。


「―――っ、殺すな、勇者っ!」


 王は叫び、手を伸ばしていた。



かなりキャラクターが増えてきましたので、後ほど登場人物紹介を二章と三章の間に挿入させて頂きます。

「こいつ誰?」と思った時などご参照ください。

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