第8話 勇者アシュレイは魔界探索隊を率いる
「しっかし、まさかあたしがオークの一団を率いて魔界探索をすることになるとはなぁ」
王の隣で勇者がぼやいた。
冒険者募集より半月余り、ついにオーク兵を用いた魔界のローラー作戦が行われていた。
総指揮を請け負ったのが斥候としても超一流の勇者である。悩みに悩んだ末の決断だった。
「“使えるものは何でも使え”、とはアシュレイ殿のお言葉だそうだが?」
ケイが嫌味っぽく言う。
「ちっ、確かにそりゃあそうなんだけどよ。ここまでお手軽だと何の有難味もねえっ」
「まあ分からなくもねえな」
王は同意した。
いつもは自分の足で踏破し地図作成していたものが、今は命令一つだ。確かにやりがいには欠けるだろう。
「アシュレイ殿っ、ただいま戻りましたっ!」
オークを引き連れたディートリヒ一行が拠点に駆け込んで来た。
「何か目ぼしいものはあったか?」
「ミノタウロスの巣食う洞窟を見つけましたよっ。どうです、今から一緒に潜りませんか?」
問うた王ではなく、勇者へ向けてディートリヒは答える。魔界探索の指揮官は勇者だから、まあ構わないのだが。
「ミノタウロスの洞窟か。今回の目的とは関係なさそうだが、場所は?」
「ええと―――」
勇者が地図を描き足していく。
冒険者パーティーが一つとオーク兵が三十体で一つの分隊だ。それを二十隊用意している。
アシュレイの指示で拠点を進発した分隊は、等間隔で横並びになったオークが優れた嗅覚と聴力で周囲を探り、冒険者がその情報を取りまとめ持ち帰る。
地図の空白部分は、着実に埋まっていく。
「……後で背後を取られると面倒だな。オークキング、賢者様とディートリヒを連れて、ちょっくら片付けて来てくれるか?」
「ええー、こいつとですかぁ」
不満の声をあげたのはディートリヒだった。
「そいつが一番早いからな。ほら、もう賢者様とオークキングは準備が出来てるぞ」
「道案内頼むぜ」
言って、王はディートリヒを小脇に抱え込む。当然もう一方の脇にはすでに賢者が収まっている。
「ま、またこれかぁっ。―――あっ、おい、もう少し右だ」
駆け始めると、ディートリヒは嘆きながらもしっかりと案内してくれた。なんだかんだ言っても育ちが良い少年だ。
「ところでミノタウロスってのは、どういう意味だ?」
「どういう意味って、牛頭の化け物の名だろう。知らないのか? 豚面のオークとは親戚みたいなもんじゃないのか?」
「いや、そういうことじゃなく、元々どういう意味の言葉なんだ?」
「だからミノタウロスはミノタウロスだろう」
埒が明かず、王は賢者に視線で問う。
「ふむ、かなり古くから呼ばれておる名だからの。ドワーフ語やエルフ語あたりにでも語源があるかもしれぬが、儂にも分からぬの」
「そうか」
王の世界では、確か神話に由来した名前だった。この世界でも同じ名前ということは、救世主のような過去の転生者が―――あるいは救世主自身が―――伝えたのかもしれない。
そんなことを考えているうちに巣穴に到着し、賢者が洞窟内に炎の魔術を打ち込んでさっくり片が付いた。
その後も並みの冒険者やハイオークでは手こずるような魔物を駆逐しながら、拠点を少しずつ南下させていく。野営を繰り返し、探索開始より二十日以上が経過した。
「うーん、ダークオークの痕跡が出て来ねえなぁ。オークの上位種なら、第三界層を根城にしてそうなもんなんだが」
「それに、やはり喪失の勇者の手記とは魔物の生息圏が変化しておるの。全体的に浅層に移行しておる感じかの」
勇者と賢者が額を突き合わせて地図とにらめっこしている。
地元の冒険者によってすでに大部分が調べ尽くされていた第一界層。オークの古巣を拠点に勇者らが探索を進めていた第二界層。そして新たに第三界層もあらかた地図作成を終えている。
そろそろ一度切り上げて、城に帰還するべきだろう。
今回留守居はクローリスとティア、そしてジョーに任せている。内向きのことはクローリスが、外向きのことはジョーが上手く回してくれるだろうが、時期が時期だけに―――戦後であり、グランレイズとの国交も開いたばかりだ―――あまり留守にするわけにもいかない。
その知識を買って同行してもらったアニエスも、エールがもうすぐ無くなると騒ぎ始めている。
「―――陛下っ、勇者様っ!」
王が城への帰還を胸算用していると、分隊の一つが慌てた様子で駆け戻ってきた。
「どうした、何があった?」
「し、城ですっ!」
「城? 城がどうしたってんだ?」
「で、ですから、城なんですっ」
いまいち要領を得ない冒険者の男に促されるまま、魔物の森を進んだ。主要メンバー全員と拠点に詰めていたオーク兵五十も続く。
やがて―――、木々が鬱蒼と茂る中に、確かに“それ”は鎮座していた。
城壁や堀の類はなく、円錐屋根の塔がいくつも突き出している。あまり機能的とは思えないが、まさに“お城”と言う感じのシルエットをしていた。
加えて屋根瓦は紫で外壁は暗い灰色と、おどろおどろしい色調をしている。その外観を端的に言い表すなら―――
「―――こいつは魔王城じゃねえか」
口にしたのは、他の誰でもないアニエスだった。
実際に魔王城を訪れたことがある彼女の言葉であれば、単に皆の気持ちを代弁しただけではない。しかし―――
「いやいやいや、そんなはずがねえだろう。ここはまだ第三界層だぜ。城ごと引っ越しましたってか?」
―――勇者が、今度こそ皆の気持ちを代弁して言う。
「ああ、まあ確かにちょっと違う、か? 魔王城は如何にもって感じの切り立った岩山の頂きにあったし、よく見りゃ少し小さいような気もすんな。しかしそれにしたって、よく似てるぜ」
「ふうむ、すると魔王の重臣なりの居城であろうかの? あるいは単に魔王の崇拝者か。何にせよ、城を築くだけの知恵のある魔物となると限られてくるの。絶滅したはずのヴァンパイアか、あるいは伝説のドラゴンメイドか」
賢者が好奇心に眼を輝かせる。
「なるほど、要するに中ボスってわけだ。ようやく冒険らしくなって来たじゃねえか。あたしらでやる。手を出すなよ、オークキング」
王はわかったわかったと手をひらひらと振った。
ダークオーク達に城など築けるとは思えない。魔王と係わりがあるなら話くらいは聞きたいところだが、とりあえずこちらの目的とは別件と考えて良さそうだ。
賢者と聖女が勇者の横へ並び、王が代わって一歩退いたところで―――
「こんなところまで何をしに来た、オーク共」
「―――っ」
バタンと勢い良く城門が押し開き、城内から威圧的な声が響いた。