第7話 オークキングは精を出す
「話は聞いたぞ、オークキングっ。何故僕にまず声を掛けないっ!?」
勝手知ったる他人の城とばかりに、ずかずかと政務中の玉座の間まで上がり込んでディートリヒが叫ぶ。
申し訳なさそうに頭を下げながらパーティーメンバーの女性二人―――エミーリアとベアトリクス―――が後に続く。
「うん? ……ああ、冒険者募集の話か」
「そうだっ。僕の泊まりつけにこんなものを張り出すくらいなら、何故先に声を掛けないっ!?」
そう言ってディードリヒが突き付けたのは、城下の宿屋に張らせてもらったばかりの依頼書だ。
「あーあ、持ってきちまったのかよ。募集の依頼なんだから勝手に剥がすんじゃねえよ。せっかくあたしがお願いしに行ったのに」
折り良く、勇者とその話をしているところだった。
「あっ、これはアシュレイ殿が。いや、その、何と言いますか。……宿まで来たのなら、それこそ僕に声を掛けてくれたって」
「ああん?」
「な、何でもありませんっ」
ディートリヒが首を竦める。
「お前はなぁ。いや、能力的には是が非でも参加してもらいたいくらいなんだけどよ」
「なんだ? まさか僕の血筋を慮ってでもいるのか?」
「いや、そうじゃなくて。他の連中と上手くやれるか? 大規模な探索になるから、なるべくたくさんの冒険者を集めて、オークの兵も派遣する予定なんだけどよ」
「失礼な、僕を何だと思っている」
「……小生意気なガキ?」
「貴様っ」
「で、殿下、ひとまず落ち着きましょう」
女二人が、ディートリヒを宥める。
以前なら一緒になって王の無礼を咎めていたところだが、オーク王国が聖心教に認められ、グランレイズとも国交を結んだことで態度を改めざるを得ないのだろう。いずれもグランレイズの名門貴族の家柄である。
嫁入り前の貴族の令嬢が男と冒険者稼業というのも奇妙だが、先の帝都訪問時に聞いたところによると、いずれもディートリヒの年上の幼馴染であり、婚約者候補でもあるという。要するに何なら手を出して身を固めてくれてもそれはそれで構わない、と言うことらしい。
「実際のところどうなんだ、勇者?」
「あん? いや、まあ問題ないと思うぜ。これでお前以外に対しては案外礼儀正しいところもあるし、冒険者としての腕自体は確かだしな」
「えっ!? ふへへ」
思いがけぬ高評価だったらしく、ディートリヒが締まりのない顔をする。
「勇者がそう言うなら構わないか。魔界探索の責任者だしな」
「はぁっ!? なんだそれ、聞いてねえぞっ」
「あれ、問題あったか?」
「あたしは自分のパーティーだけで魔界を制覇してえんだよっ」
「前に俺に案内役をさせたじゃないか」
「……そ、そりゃあ、お前はもう半分仲間みたいなもんだしっ」
「お、おう、そうか」
嬉しい事を言ってくれる。頬を染めて言う勇者に、王の方も照れた。
オークキングが勇者一行の仲間と言うのもおかしな話だが。
「と、とにかくだな、見ず知らずの連中や兵士を引き連れてだなんて、冗談じゃ―――、いや、でも、先を越されるよりゃマシか?」
うむむ、と勇者が悩み始める。
「ご主人様、そろそろお時間です」
「おうっ、行くか。まあ、考えておいてくれよ、勇者」
クローリスに促され、唸る勇者とにやけっ放しのディートリヒを残して玉座の間を出る。
時刻は正午。政務の時間はこれでお終いで、ここからは復興活動の時間だ。
「これは陛下」
城の前庭に仮設された調理場でトマが顔を上げた。
“今はまだ”義妹と義弟の兄同士という関係の彼には、戦時中から引き続き炊き出し班の班長をお願いしている。
いまだ城内に寝泊まりする民も少なくない。城下町の住人で家屋を破壊された者や、魔界周辺の村々から退避してきた者達だ。村の安全確認は魔界探索を始めるまでは十分とは言えず、城内の空いた空間に仮設住宅を建造し避難生活を送ってもらっているのだ。
「それ、持っていっちまってもいいか」
「はい、お願いします」
炊き出しは自宅へ戻った住民や、復興作業中の兵やボランティアにも配られる。
荷車に大鍋や竹籠を満載して城下まで運ぶのが、王の最初の仕事だった。
「よーし、行くぞっ」
荷台に物資を詰め込み、クローリスも乗せると、王は城下の中心地まで荷車を引いて一息に駆けた。
「陛下がいらしたぞーっ!」
すぐに民が集まってくる。
色違いとは言えオークの襲撃にあったというのに、オークキングである王から人心が離れる気配はなかった。
聖心教のお墨付きを頂いていたことや、かの大国グランレイズと国交を結んで戻ったこと、これまで積み重ねてきた政に大きな過ちが無かったこと。要因はいくつも挙げられるが、何より一番と二番、それにマリーとジョーの働きで、民に犠牲を出すことなく戦を治められたのが大きい。
「おう、みんな、今日も飯を持って来たぞっ。四列に並んでくれーっ!」
朝から復興活動の陣頭指揮に当たっていたティアとケイも合流し、一頭とメイド三人で食事を配る。おにぎりと豚汁に似た汁物だ。
「陛下と“お妃様方”に食事をよそって頂けるだなんて」
人々は祈るように頭を下げていく。
上機嫌で先を争うように給仕するクローリス達に水を差す気にもならず、王は間違いを訂正しなかった。
「おうっ、今度はそっちを頼む。家主の許可は得てるから、根こそぎいっちまってくれ」
炊き出しを終えると、復興作業の責任者であるリアンの監督の元で重機代わりに働いた。
壁をぶち抜き、柱を引っこ抜き、瓦礫を運び出す。あるいは建材を運び込み、柱を建て、石組みを組む。
「次はあっちの建物を頼む」
「オレが―――」
「いい、いい、俺がやっちまった方が早い」
一番や兵達が助力を申し出るも、退けて休みなく働き続けた。
「うわっ、すっげえ」
八面六臂の働きぶりを子供達が見学に来て、楽しそうに騒いでいる。
「お前達、危ないからあんまり近付くんじゃない」
「わあっ、王様が来たぞーっ! 逃げろー」
しっしと注意するも、無駄だった。
一度はキャーキャーとわざとらしく逃げ散るも、しばしするとまたまとわり付いてくる。
王と対した大人達は尊崇と同時に若干の畏怖をその表情に覗かせるものだが、子供達にはそれがまったくない。
当たり前の話だ。騒ぎ立てる子供達の中には人間だけでなくオークの子も混じっている。
オーク王国建国からすでに四年が過ぎていた。オークであれば赤子が働き盛りの壮年にもなろうという年月だ。
「こらーっ、君達、ご主人様のお仕事の邪魔しちゃだめでしょっ」
「あーっ、ハーフエルフのお姉ちゃんだっ。一緒にあそぼー」
「駄目駄目っ、ボクだってお仕事中なんだからっ」
そう言いながらも、ティアは王にちらちらと視線を向けてくる。
今日は頭の横で二つに結って、さらに縦に巻かれた髪―――つまりお嬢様然とした金髪ドリルツインテールだ―――が、その度に揺れる。
「ティア、子供達の相手をしてやってくれるか? ここにいられちゃ、危なくって仕方がねえ」
「えー、ボクだけ? ご主人様も一緒に遊ぼうよ」
ティアが唇を尖らせる。少々心が揺れるが―――
「いや、作業を続けないと。俺と他の連中じゃあ、効率が違い過ぎるからな」
「ちぇっ、わかったよ。―――ほら、みんな、向こう行くよ。お姉ちゃんとゴブリンごっこしよう。お姉ちゃんがゴブリンねっ」
「ええー、お姉ちゃんがゴブリンだと終わらないんだよなぁ」
わいわいと騒ぎながら、ティアと子供達が離れていく。
ちなみにゴブリンごっこと言うのは、この世界に広く普及した外遊びの一つだ。
オークごっこという呼び名の方が一般的らしいが、この国では諸々忖度してゴブリンごっこと言い慣わされている。
王がかつて暮らした世界の鬼ごっこと似ているが、大きな違いは鬼役が追うのではなく追われる立場ということだ。恐らく集落に入り込んだ低級の魔物を追い立てる様子を模したもので、ある種の軍事演習から生まれた遊戯だろう。
ハーフエルフで身軽さだけなら勇者やケイにも負けていないティアが鬼役なら、子供達はしばらくこの場に近付く余裕などないはずだ。
「よし」
王は作業を再開した。
時にショベルカーとなり、クレーン車となり、ブルドーザーとなり、ダンプカーとなる。片時も休むことなく動き続けた。
「……どうかしたか?」
ふと、じっとこちらを見つめるクローリスに気付いた。
「いえ、妙に精を出されているなと思いまして」
「―――っ、そ、そうか? 民の暮らしが掛かってるんだ、これくらい普通だろう?」
「……いつもなら、いくらお忙しくてももう少し子供のお相手をされているような」
さすがにクローリスは王のちょっとした変化も目敏く見咎めてくる。
単に付き合いが一番古いと言うだけではなく、オークの巣穴で二人きりの時間を生き抜いたのだ。
「何を訝しんでいるのだ、クローリス。まず第一に民の暮らしを考える。実にご主人様らしいではないか」
「そ、そうだろうそうだろう」
「確かにそれはその通りなのですが」
ケイが味方をしてくれたお蔭で、その場は何とか有耶無耶のうちに切り上げることが出来た。
その後の作業中もずっと胡乱な目を向けられ続けることとなったが―――
「…………」
―――視線だけで、それ以上追及されることはなかった。
つまりはまだ何の答えも得てはいないということだろう。王はほっと胸を撫で下ろした。“精を出す”などと言われたものだから、てっきり鎌でもかけられているものかと。
「今日のところはこんなもんか。よーし、みんな、お疲れーっ!」
「……ふう」
リアンの号令で作業を終える頃には、気疲れも手伝ってさしもの王もへとへとになっていた。―――狙い通りに。
城に戻り、夕食をたらふく食い、寝台に横になる。
「ご主人様」
添い寝当番のクローリスが布団にもぐりこんできて、足を絡め、豊かな胸を押し付けてくる。
「―――ふわぁ、おやすみ」
欲望に抗いぎゅっと目を閉じると、すぐに睡魔は襲ってきてくれた。
復興活動に“精を出し”、夜は添い寝するメイド達にも構わず死んだように眠る。こうしてとりあえず閨の問題は先送りだった。