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第5話 オークキングは平身低頭する

「あっ、てめえっ、抜け駆けかよっ」


「ご主人様っ」


 二人の声を背中に、王は全力疾走した。見る間に敵陣との距離が狭まる。


「―――っ! ――――――っ!!!」


 歩哨の一頭が気付き、騒ぎ立てる。

 疾駆の勢いそのままに、その一頭へ体当たりをぶちかました。

 足はまだ止めない。吹っ飛び、柵に叩きつけられた紫のオークにさらにもう一発体当たり。と言うよりも、その身体を緩衝剤クッション代わりにして柵にぶち当たった。

 紫のオークの身体からはミチミチブチブチと筋肉や臓物が千切れるような感触が、そして柵からはミシミシとそれ自体が軋む音がする。


「―――ふんっ!」


 王がさらに一歩押し込むと、歩哨と柵は仲良く陣の内側へ向けて倒れた。

 そこでようやくもう一頭の歩哨がこちらへ襲い掛かってくる。


「おっ、速い」


 踏み込みは鋭い。

 報告にあった通りだが、実際に目にするとちょっとした驚きだ。オークの身体でハイオーク以上の動きをする。

 とはいえさすがにオークキングの相手ではない。我武者羅に振り回される棍棒をひょいひょいと躱し、こちらは抜き打ちの棍棒の一発で仕留めた。


「……起き出してきたか」


「――――っ!! ――――っ!」


 騒ぎを聞きつけ、陣内の紫オーク達が怒号と共に駆けてくる。

 王は焦らず、柵の残骸の中から手頃な木材を見繕い、担ぎ上げ、そして横薙ぎにした。

 先頭を駆けて来た紫オーク三頭が盛大に吹っ飛んでいく。

 怯む様子も無く突っ込んで来る後続へ、返す“木材”でもう一度横薙ぎ。そのまま勢いを止めず、独楽の要領で回転して周囲を薙ぎ払いながら前進する。


「おいおい、あたしら必要ねえじゃん」


「まったく、勇者ともあろうものが囮も満足に務まらぬとは」


「お前こそ、背中を守るんじゃなかったのか? ほら、行ってこいよっ」


「おい、馬鹿っ、押すなっ」


 追い付いてきたケイと勇者が緊張感の無いやり取りを繰り広げる。

 そこへ紫オーク数頭が向かった。


「気を付けろっ、速いぞ」


 回転を止めず、王は注意を促す。


「はっ」


「わかってるっての」


 勇者の聖剣が棍棒を斬り飛ばすと、ケイの細剣が急所を穿つ。あるいはケイが手首や足に斬り付けて隙を作り、勇者の聖剣が首を飛ばす。

 日毎やり合ううちに互いの手の内を知り尽くした二人だ。当人達は不本意なようだがコンビネーションは抜群だった。稽古では王も勝ち切れない。―――大抵の場合、二人が仲互いをして終わるために負けたことも無いのだが。

 王が五十頭近くを、勇者とケイも十数頭を仕留めるとさすがに紫オーク達の蛮勇も陰りを見せ始めた。無暗に突っ込んでは来ず、遠巻きにして隙を窺っている。


「さすがに一度に全部ってのは無理があったか」


 こちらから距離を詰めて行っても、二体三体を倒す間に逃げ散ってしまうだろう。これでは時間と体力を消耗するばかりだ。

 多勢に無勢の戦いと言うのはやはり難しい。


「勇者、ようやく囮の出番だ。さあ、敵を誘き出せ」


「今さら無茶言うなっ、ケイ。―――ったく、最初に大暴れし過ぎなんだよ、オークキング。こういうのは相手にも勝ち目を匂わせて、上手い具合に引っ掛けねえとよ」


「すまん。……しかし、意外と本気で囮役をしてくれるつもりだったんだな」


「うっせえ」


 勇者の蹴りが向う脛に飛んでくる。的確に硬いブーツのつま先を当ててくるから、地味に痛い。


「貴様っ、ご主人様に何をする」


 ケイと勇者が常の如く諍いを始めるが、敵は乗じて攻めて来ようともしない。

 こうなると、二人を担いで一度離脱するか。などと王が思案していると―――


「――――っ!! ―――っ!」


 喚声が沸き起こった。

 柵―――王が破壊した一面以外の三方の―――が倒され、周囲よりオーク達が姿を現す。紫ではなく緑色の体色。オーク王国の兵達だ。


「四体で一体に掛かりなさいっ。倒そうとする必要はありません。止めは強者に、陛下達に任せるのですっ」


 凛とした女性の声で号令が飛び、オーク兵が組織だって動く。

 紫のオーク達は次第に押しやられ、王達の前にその身を晒すこととなった。してみると五百体と報告されていた敵は、せいぜい二百体しかいない。

 捕虜として数体を生け捕りにし、残りを全て片付けるのにそう時間は掛からなかった。


「王様っ、お帰りをお待ちしておりましたっ」


 一番が王の元へ駆け寄り、ビシッと直立する。


「それに勇者様とケイさ、―――ええっ!?」


 一番が目を丸くする。


「な、何故、ケイ様が王様のお隣に?」


「何故と言って、他に私の居場所があるか? 私とご主人様は一心同体にして好一対。お側にいるのが当然だろう」


「い、いえ、しかし―――」


「―――落ち着きな、アニキっ。まったく鈍いんだから。よく見りゃ髪型も体格も物腰だって違うってのにさ」


 兵の中から二番が進み出た。一人の人間の女性を伴って。


「―――っ!」


 王は思わず駆け出していた。

 一瞬びくりとふるえた女性は、それでもその場に留まり待ってくれた。足下にひざまずく。


「あなたには、どれほど謝罪を重ねても償い切れないことをした」


 言いつつ、王に出来るのはやはり頭を下げることだけだった。オークの構造上、額ではなく鼻先を地面に擦り付ける。

 ケイの双子の姉、双剣のジョーと対面するのはオークの巣穴から送り出して以来、実に七年振りだ。その間にソルガムの王宮地下から救い出し、後宮の一室で療養してもらっていたわけだが、王が会うことはなかった。

 オークや魔物のみならず、人であっても“武”や“魔術”の匂いのする者には拒絶反応を示した。兵や宮廷魔術師に地獄を味あわされたためだろう。そんな状態の者に、オークキングなどが会えるはずもない。


「お顔をお上げ下さい、陛下。兵が見ています。王たるもの、軽々しく頭など下げるものではありませんよ」


「しかし」


「それに陛下にそのようにひざまずかれては、私が王国の兵や民から不興を買いかねないのですよ。お互いのために、さあ―――」


「あ、ああ」


 そう言われては、これ以上頭を下げ続けることも出来ない。促されるままに王は立ち上がった。


「……姉上」


「ケイ、まともな状態で会うのはずいぶんと久しぶりですね」


「はい。ここ最近はかなり調子が良いと、クローリスとマリーから話は聞いておりましたが」


「ええ、あの二人には本当にお世話になりました。特にクローリスには、感謝の言葉もありません」


「それで、姉上が籠城の指揮を?」


「ええ。本当は貴女達が戻る前に片付けてしまうつもりだったのですけど、ずいぶんお早いお帰りでしたね」


「ご主人様に運んで頂きましたから」


「なるほど。―――しかし、ふふっ、“ご主人様”ですか。おぼろに記憶はあるのですが、本当にそんな恰好をしてメイドをしているのですね、貴女が」


「に、似合いませんか?」


「ふふっ、私の中の貴女は、双剣の“喧嘩っ早い方”と呼ばれていた頃の印象のままですからね。やはり、ふふっ、違和感は拭えませんね」


「―――お前やっぱり、そういう扱いをされていたのかよ、ケイ」


「う、うるさい。昔の話だろう、チンピラ勇者が」


「昔の話だぁ? よく言うぜ」


 勇者は呆れ顔で鼻を鳴らした。


「貴女が勇者様ですね。妹が大変仲良くさせて頂いていると、マリーさんから聞いております」


「い、いや、別に仲良くなんて―――」


 勇者が口籠る。


「そうそう、確か一度、後宮でお会いしましたよね?」


「あっ、ああ。あの時は悪かったな」


「いいえ、構いません。実はお礼を言わせて欲しいくらいなのです。あの時、一度パニックになって、ソルガムでのことをはっきりと思い出しました。それで自分自身を見つめ直すことが出来たのです。勇者様の来訪がなければ、私は今でも夢の中にいたでしょう」


「そ、そうか。そんなら良かった」


 やはり罪悪感があるのか、勇者は歯切れ悪く答える。

 王も勇者もついでにケイも、数度言葉を交わしただけで手玉に取られたような感じだ。


「さて、おしゃべりはこのくらいにして、まずは城へ引き上げませんか? せっかく捕虜も捉えたことですし、色々と問わねばなりません。ああ、それとお疲れのところ申し訳ありませんが、勇者様はケイと一緒に家屋などに残党が潜んでいないか、兵を率いて見回って頂けませんか? そういうのは得意分野ですよね? あとは、……そうですね、亡骸や柵の撤去は安全が確保されてからで良いでしょう」


 ぽんと手を打ってジョーが指示出しを始める。この場は完全に彼女に取り仕切られていた。


「―――ああ、そうだ、陛下。これはクローリスが不在の間に是非聞いておかねばならないことなのですが」


 そうして城へ戻る道すがら、ジョーが何気ない口振りで切り出す。


「何だ?」


「妹を、ケイを正妃とするつもりはあるのですか?」


「―――っ」


「本人の希望でもあるようですし、今の陛下のお立場ならケイを嫁に出すのもやぶさかではありません。しかし側室はいけませんよ。亡国とは言えエルドランドの王女なのですからね」


「いや、それは、その」


「真剣に考えて頂かないと困りますよ」


 復活を遂げた双剣のジョーは、柔らかな物腰に反して何とも強烈な女性だった。


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