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第4話 オークキングはひた走る

 走る。

 街道を、山道を、平原を。

 街道はつい先日も通ったばかりだ。

 グランレイズの国民の歓呼に包まれていた道は、今は悲鳴と怒号が飛び交っている。何度か兵や自警団から矢を射掛けられもした。

 それも当然だろう。豪華絢爛な馬車に乗り、周囲にはエルドールで選りすぐった見栄えのする騎士、先触れには帝都から派遣されたグランレイズの儀仗兵。そして傍らに勇者と聖女。そこまでしてようやく、オークはオークでも何やら特別な存在と見なしてもらえるのだ。

 背中に一人、両脇にも一人ずつ人間を抱えて爆走するオークなど恐怖以外の何ものでもない。

 無視して振り切るか。あるいは――― 


「みんな落ち着けーっ! 僕だっ、ディートリヒだっ。攻撃の必要はないっ!」


「あたしが誰か分かる奴はいねえのかっ!? このオークは人畜無害だっ!」


 グランレイズでは超のつく有名人のディートリヒと勇者が両脇から仲裁してくれた。

 山道や平原は勇者の示した近道だ。

 グランレイズ最高の冒険者は、当然その地形を熟知している。ちょっと信じられないような抜け道も走った。打ち捨てられたドワーフの坑道だの、妖精たちの隠れ里に繋がる回廊だのを。

 そうして未明から夜更けまでを駆け通すと、ディートリヒの伝手を頼って地方領主の屋敷に押しかけ、たらふく飯を馳走になり、しばし眠る。それを三度繰り返した。こんな時、人はもちろんオークとも馬力が違うオークキングの肉体は有り難い。

 四日目にグランレイズとオーク王国の国境、ロンガム河のほとりに辿り着いた。


「ご主人様のお力を、グランレイズの人間に知られることとなりましたね」


 背中のケイが耳元で囁いた。

 ケイが言う王の“力”。

 単純な戦闘力でも、オークを従える戦力のことでもないだろう。帝都から国境までを丸三日で駆け抜ける馬鹿げた脚力と持久力だ。

 ソルガムを落した時も、エルドールに乗り込んだ時も、実は決め手となったのはこの二つだった。


「グランレイズと事を構えるつもりはない。知られたって別に構わないさ。あちらさんに無駄に警戒をさせちまうのは、ちょっとばかし申し訳ないけどな」


 王は一艘の小舟に乗り込むと、自ら櫓を取って巨大な水飛沫を立ててながらロンガム河を渡る。


「陛下、ケイ様、お早いっ、本当にお早いお帰りでっ」


 エルドールに着くと、すぐに代官が出迎えに現れた。


「ああ、二人の協力のお陰だ」


 言って、両脇に抱えた勇者とディートリヒを解放する。


「も、もう二度とごめんだぜ」


 勇者が吐き捨てる。

 腕の中で揺られているだけでも、人間の身体には相当な負担だったろう。ディートリヒなどは青い顔で口元を抑え、へたり込んでいる。


「まったく勇者ともあろうものが情けない。鍛錬が足りぬのではないか?」


 王の背中からケイが言う。


「ああんっ? あんだとっ」


「ふんっ、事実を口にしたまでだ」


「てめえっ、…………お前、いつまでオークキングにおぶさっているつもりだ?」


「な、なんだ、別に構わんだろう。何かお前に迷惑でも掛けたか?」


「……怪しいな」


 勇者はオークキングの首元の“おんぶ紐”に手を掛ける。


「あっ、貴様、何を、―――つうっ!」


 紐を解かれ、支えを失ったケイは着地に失敗して尻もちをついた。

 こんな彼女を見るのは珍しい。と言うより初めてかもしれない。


「お前もへばってんじゃねえかっ」


「う、うるさいっ、ちょっと足が滑っただけだ」


 ぎゃあぎゃあとやり合うも、ケイはまだ立ち上がることが出来ないでいる。

 彼女のために弁護するなら、おんぶは体幹に固定されて一見安定しているようだが、足からの振動をもろに受ける形になる。王の意志で調整の効く腕に抱えられていた勇者達よりも、ずっと強烈な揺さぶりに見舞われていたことだろう。

 とはいえ今はケイをねぎらってばかりもいられない。


「それで、状況は?」


「はっ、物見の連絡では王城はいまだ健在とのこと。また、勝手ながらエルドランド領全域およびソルガムの兵に招集命令を掛けさせて頂きました。―――エルドールの兵を差し向けるわけにもまいりませんでしたので」


「ああ、分かっている」


 敵はどこからともなく降って湧いた様な連中だ。いつまた降って湧くとも限らないのなら、エルドールの兵力を割くわけにはいかない。

 王都は言うまでも無くオーク王国の本拠地であるが、戦略的にも経済的にもエルドールの方がはるかに重要拠点なのだ。グランレイズと国交を結んだことで、今はさらにその重みを増している。

 といって報せにあった敵の戦力が事実なら、その辺りから百や二百を投入したところで各個撃破されるだけだ。一度エルドールに招集するというのは、悪い手ではない。


「何とか数を集めまして、オーク兵五百に騎兵五百騎を合わせまして、昨日援軍に送ったところです」


「城内の兵と上手く呼応出来れば、何とか勝負にはなる数ってところか。―――となると、急がねえとな」


「急ぐと申されますと、まさか」


「ああ、下手に決戦なんてことになれば犠牲が出過ぎる。敵は近衛兵に匹敵するオーク五百頭だろう? それなら俺が行って片付けてくる」


 稽古では近衛二十頭とその志願者数十頭を、いつもまとめて打ち据えている。五百と言うのは少々、いやかなり多いが、恐らく何とかなる数だ。

 オーク同士で潰し合う分には勝手にしろと言うものだが、今回は人間の兵もいた。民にも被害が及びかねない。それにオークの中にも幾人かは守る価値のある命もあった。

 だから多少の危険は仕方がない。


「…………」


「何か言いたげだな?」


「いえ、陛下の御仁徳、まことに感服致しました。……が、お一つよろしいでしょうか?」


「おお、何でも言ってくれ」


 この代官は前世の分まで含めても、人生の先輩である。


「この国に、御身に勝る宝などございません。兵も民も陛下のために存在しているのです」


「……おいおい、そいつは暴言というか、らしくねえ発言だな。そりゃあ封建社会ってのは、そういう面もあるだろうけどよ」


「私も先代がお相手であれば、口が裂けてもこのようなことは申しません。しかし陛下は、御自身を一段高みに置くどころか、二段も三段も低く扱っておられるように私の目からは見えます。王でありながら、犠牲が出るなら第一に御自身を捧げかねないほどに」


「―――そいつは言えてるぜ」


「―――さすがはおじ上、ご慧眼です」


 勇者とケイが珍しく意見を揃え、賛同の意を示す。


「……行くなってのか?」


「そうは申しませんが」


「そうさ、行くなとは言わねえ。行くならあたし―――」


「私をお連れ下さい。お背中ぐらいは守って見せます。それにこの馬鹿勇者も、まあ敵の目を引く囮くらいにはなるでしょう」


「あっ、てめえ、あたしの台詞をっ。しかも囮って何だよっ」


「うう~~~、アシュレイ殿が行かれると言うのなら、僕も」


 勇者とケイに続いて、ディートリヒまで呻く。


「……へっ」


 思わず笑みが漏れた。


「―――あっ、オークキング、てめえっ、あたしらじゃ足手まといだとか思ってんじゃねえだろうなっ!?」


「いいや、助かる。ただ急ぎだからな、また俺の腕の中で揺られてもらうぜ」


「ちっ、しゃーねえな」


 こうして王たちは賑やかにオーク城へ向けて出陣した。さすがに本当に足手まといにしかならなそうなディートリヒは置き去りにして。

 エルドールから王都までは通常三日の行軍だが、王の足なら二人を両脇に抱えても一日と掛からない。

 半日足らずで援軍に追い付き、最後の補給として兵糧を振る舞ってもらった。数日の滞陣を見越していたので、オークキングの腹を満たすに十分な量がある。

 援軍と別れ、また走る。一夜が明け、朝と言うには遅く、昼と言うには早過ぎる微妙な刻限。城下を遠望出来る位置まで辿り着いた。


「城への攻撃はまだはじまっていないようですね」


 ケイがぐぐっと身体を伸ばしながら言う。


「オークらしく惰眠をむさぼっているんだろうさ」


 勇者も膝を屈伸させて調子を整える。


「だが、オークにしてはちゃんと陣営を組んでいるじゃないか。民家や酒場でも荒らしまわっているかと思えば」


 城下町の一部の建物が撤去され、柵で括られた一角が設けられていた。如何にも急ごしらえと言う感じではあるが、れっきとした戦陣である。

 まだこちらには気付いていない様子だが、歩哨のような二頭まで配置されている。報告にあった通り、見慣れぬ紫の体色をしていた。


「行けるか?」


「はい」


「おうっ」


「なら―――」


 王はぐっと身を沈めた。


「おい、行くんじゃねえのか? 四つん這いになって何のつもりだ。お背中にでもお乗りくださいってか?」


「―――クラウチングスタートだっ!」


 言うや、王は踏み砕かんばかりに大地を蹴り、走った。



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