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第3話 双剣は戦場に返り咲く

「―――ぐうっ」


 どすんと骨のきしむ衝撃。

 目がくらむが、捕虜にした紫オークを下敷きにしたお陰で一番は無事だった。紫オークの方は絶命している。


「くっ、まずい」


 身を起こすと、ちょうど正面に倒壊した城壁が見えた。裂け目は地表まで及んでいて、そこから紫オークが続々と湧いてくる。


「囲えっ! 押し返すんだっ!」


 こちらも侵入者に対する備えはある。一番は前庭に控えた百頭の遊撃隊に指示を出した。

 紫オークは、すでに十頭ほどが入り込んでいるか。崩れた城壁に押し付けるように、半円状に包囲した。

 一度、完全に押し返す。そうすれば、不幸中の幸いにして城壁に生じた欠損はオークが一体、辛うじて二体通れる程度のものだ。その場に自分が陣取り命ある限り戦い続ければ、マリー達が脱出する時間くらいは作れる。作ってみせる。

 しかし、包囲の輪はいつまでたっても狭まることがなかった。

 一番が、あるいは兵が数体掛かりで敵を仕留めても、すぐに新手が侵入してくる。そして包囲するこちらの陣容は、少しずつ確実に薄くなっていく。


「くそっ、このままじゃあ―――」


「―――放てぇっ!」


 その時、冴えた号令が戦場に響き渡った。

 直後、頭上より火球や矢が降り注ぐ。紫のオーク達へ向けて。

 一番の眼前の敵も、額に一矢が突き立った。

 オーガほどではないがオークの頭骨も固く分厚く、並みの弓では貫けない。が、目を回していた。

 隙を逃さずとどめの一撃を喰らわせると、背後をほんの一瞬だけ振り返った。迷宮部の二階と三階、明かり取りの窓から弓や杖が突き出されていた。


―――後宮の方々か。


 迷宮に侵入した元冒険者なども少なくない。弓の使い手や魔術師なども当然含まれているだろう。


「第二射、放てっ!」


 再びの号令。火球の直撃を受けた敵が暴れ回り、敵は内部から混乱をきたし始めた。


「入り込んだ敵を、無理に押し返す必要は有りません。こちらの援護と連係して、時間を掛けて討ち果たしてくださいっ」


 号令が、一番達にも指示を飛ばす。聞き覚えのある声だ。


「手の空いている者はリアンさんから土嚢を受け取って、穴を塞いでくださいっ。正面から行く必要はありませんっ、城壁の上から落しなさいっ」


 頭上からの指図は的確で、やがて最大の窮地を一番達は脱した。

 夜になって敵が退くと、急ぎ城壁の補修が行われた。

 わずかばかりの仮眠を取った後、一番は作業現場に顔を出す。


「おうっ、そこはもう少し右だ。違う違うっ、そっちじゃねえっ。右ってのはナイフを持つ方で、って、オークはナイフもフォークも使わねえか」


「監督っ、馬鹿にしねえでくれよ。最近じゃオレ達オークだってナイフとフォークくらい使ってらぁ」


「だったら間違うんじゃねえっ」


 リアンと農業オーク達が、騒ぎながらも手を休めず動き回っている。

 積み上げた土塁を組み直し、周りの城壁と同じ高さまで重ねるだけだ。とはいえ王の信頼厚いリアンの監修であるから、最低限の強度は保てるはずだ。


「―――何とか凌げましたね」


「あっ、やはり先程指示を下さっていたのはケイ様でしたか」


 ケイが姿を現した。


「いったいいつお戻りに? 王様は? ああっ、マリーっ、またこんなところまで出て来てっ」


 気になることが多すぎて、台詞がまとまらない。

 ケイは何故か、マリーに寄り添われるようにして立っている。いつものメイド服とやらでも、時折着込むドレスでも、戦場でまとう鎧でもなく、ゆったりとした寝間着のような格好をしていた。


「……ふむ、そうですね。ここはケイということにしておいた方が、話が早いでしょう」


 ケイは思案顔で意味の取れないことを言う。


「さて、一番さんと言いましたか。マリーさんから状況は聞かせて頂きました。ここからの指揮は、私に代わって頂いても?」


 ケイの常とは異なる口調に戸惑いながらも、一番は首肯する。


「もちろん、そうしてもらえるなら助かります。十や二十での遭遇戦ならともかく、こんな戦はオークの頭には余ります。当然、王様なら別でしょうが」


「……オークらしくないオークですね、あなた“も”」


「? ―――ああっ、それでっ、王様はいつお戻りになりますかっ?」


「さて、いつになるでしょうか? でもまあ、待つまでもありません。アレらは私達で片付けてしまいましょう。……ふむ、アレら、というのも分かり難いですね。―――そうだ。ダークオーク、そう呼称しましょうか?」


「それは構いませんが。片付けるとは、いったいどうやって」


「まずは彼我の戦力の詳細を教えて下さいますか?」


「は、はいっ」


 一歩進み出ると、彼女はびくりと肩を震わせた。


「?」


「―――こほんっ、そこからで結構です」


 常にない反応に不審を覚えるも、一番は報告する。


「まず敵の紫のオーク、―――ダークオークですが、開戦時は五百頭でしたが、これまでに五十ほどは仕留めていると思われます」


 ケイが頷くのを確認して続ける。


「こちらの戦力ですが、兵が五百。本日の戦闘でもいくらか倒れましたので、今は四百六十ほどでしょうか。他に農業オークが二百五十、迷宮部に暮らすオークが三百。それに人間の兵が三十人に義勇兵が百人ほどです」


「そのうち、ハイオークの数は?」


「はい。御存じのこととは思いますが、兵はほぼ全てがハイオークです。わずかに含まれるオークもハイオークと同等以上に戦える古強者ばかりです。農業オークは全てただのオークで、迷宮オークは二十頭ほどがハイオークです」


「分かりました。―――よく把握していますね」


「はっ。王様もケイ様もご不在である以上、オレが全軍の指揮を取らねばなりませんから」


「本当に、オークとは思えぬほど真面目ですね。血は争えないと言うやつでしょうか」


 良くは分からないが王に―――兄に似ていると言われたようだ。

 一番は無言で鼻を膨らませた。


「では、行きましょうか。連れて行くのは、……そうですね、兵よりも迷宮のオーク達の方が適任でしょう」


「行くと言うと、どちらへ?」


「決まっています、夜襲です。―――いえ、今から用意をして出陣は未明。朝駆けですね」


「奇襲ということですかっ? しかし、今日の戦闘でも見て頂いた通り、個体での戦闘力は奴らが上です。いくら奇襲と言って、敵陣にぶつかっていくというのは」


「ふむ、真面目過ぎる弊害でしょうか? 貴方はオークでありながらオークのことが分かっていませんね」


「どういう意味でしょう?」


「敵は日が暮れると引いて、再び攻めて来るのは昼近くなのでしょう? その間、何をしていると思います?」


「それは当然、軍備を整え、休息を取り、軍議を開き、……ではないでしょうか?」


「ふふっ、貴方は本当に」


 ケイが笑う。笑われた、とは感じなかった。


「良いですか、ダークオークが今占拠しているのは人間の城下町です。魔界からやって来た奴らにとって、そこはこの上なく魅力的な餌場と見えるでしょう」


「それはつまり―――。分かりました、すぐに兵を、いや迷宮オーク達を手配いたしますっ」


 一鐘(1時間)余りの後、一番は迷宮オーク達を率い、夜明け前の暗がりに包まれた城下町を進んでいた。街並みを縫い、足音を殺して。

 ケイは二番に肩を借りている。

 足でも痛めているのか。あるいは出掛けにマリーも含めた三人で何やら内緒話をしていたから、ひょっとしたら“女性特有の”体調不良かもしれない。触れずにおくことにした。

 町の中心部に近付くと、そこかしこに扉を破られた建物が目に付いた。

 中を覗き込むと、だらしなく眠りこけるダークオークの姿があった。酒と肉の匂いが鼻に付く。


「…………」


「…………」


 ケイと目配せすると、一番は迷宮オークを引き連れて一軒に忍び込んだ。

 さすがに慣れたもので、迷宮オーク達は物音一つ立てない。ダークオーク一頭に対して、二頭あるいは三頭の迷宮オークが付いた。

 手にはそれぞれ石斧が握られている。一撃で仕留めるには棍棒よりもこちらの方が具合が良い。オーガからの鹵獲品で、城内には腐るほど保管されていた。


「……せーの」


 一番の小声の合図で、一斉に石斧が振りかぶられ、振り下ろされた。


「……よし、次に行くぞ」


 そこからは時間との勝負だ。手分けして家々を回った。


「―――十分でしょう。引き上げます」


 半鐘(30分)余り後、完全に日が昇りきる前にケイが言った。

 もう少し、という欲が出てしまうが、指揮官はケイだ。ここは大人しく従った。

 城へ向けて移動しながら、迷宮オーク達に首尾を報告させる。実に四十軒余りを回り、二百頭近いダークオークを討ち取っていた。

 当然、この戦が始まって以来の大戦果だ。


「さすがです、ケイ様」


「昔、何度か使った手です。エルドランドでは町や村を占拠されるような失態を晒すことはありませんでしたが、……お隣のソルガムでは珍しくありませんでしたからね。何度も援軍を頼まれたものです」


 ケイは丁寧な口調に反して、しかめ面で吐き捨てるように言った。


「―――――っ!! ―――――っ!」


 間もなく城に到着というところで、後方から怒号が聞こえてきた。

 どうやら襲撃に気付かれたらしい。もう一軒回っていたら、敵と鉢合わせていたかもしれない。

 引き際の見極めもケイは完璧だった。

 ケイは騎士として将軍として名を馳せた人類の英傑だと王から聞かされている。言うなればオークの天敵なのだ。

 そんな者に忠誠を誓わせてしまうのだから―――


「―――さすがは王様」


 一番の思考は結局そこへ行き着くのだった。



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