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第23話 予言者アニエスはジョッキを傾けまくる

「で、あんたいったい何をしているんだ?」


「見て分からねえのか、オークキング? エールをやっているのよ」


 屋上庭園に飲んだくれる聖女の姿があった。

 もちろん聖女と言っても敬虔で清貧を旨とする勇者の友人の方ではなく、破“戒”的で享楽的な予言者アニエスの方だ。

 王は玉座の間から後宮へ昼食に戻ったところで、つまり時刻は真っ昼間である。


「そういうことじゃなく、グランレイズに帰ったんじゃなかったのかよ?」


 実はアニエスが飲んだくれていること自体はまったく珍しい話ではない。

 勇者選定の儀―――の真似事―――をするまでの十数日間も、軟禁の身で好き放題してくれたのだ。


「ええーと、何だったかな。そう、たしか、“去るも自由、留まるも自由”だったか? この城のルールなんだろ? こっちはもう勇者をボコるつもりもカタリナを拉致るつもりもねえんだ。私だけルールから除外はおかしいじゃねえか」


「だからそういうことを言ってるわけじゃなくな―――」


「心配しなくても、教皇庁にはレオンハルトとトリッシュが報告に戻ってるぜ。勇者とカタリナは晴れて無罪放免ってやつさ」


 アニエスはにやりと笑って言う。

 回りくどく言を左右するのは聖職者らしさ、ではなく酔っ払い故か。


「それによ、私を住まわせとくと得だぜ」


「得?」


「おうよ。今の教皇は、あれでけっこう政治家だけどよ。勇者やカタリナを切り捨てることはあっても、さすがに私だけはそういうわけにはいかねえからな」


「人質役を引き受けてくるってのか? 確かにありがたい話だが―――」


 ちらと、視線を横へそらす。アニエスと同席しているのは賢者と、そして勇者だった。


「別にあたしは構わねえよ。まっ、ボコボコにされたのはムカつくが、こっちはこっちでそれ以上に斬りまくってるしな」


 勇者は肩をすくめて軽い調子で言う。本当に遺恨はなさそうだ。


「それで、この三人で仲直りの宴会ってわけか?」


 いつもはお茶会に使われるガーデンテーブルの真ん中には、オーク城謹製の“賢者様のエール”の樽が置かれていた。

 もっともジョッキを手にしているのはアニエスと勇者の二人で、賢者は右手に羽ペン、左手には墨壺、卓上には分厚い紙束を置いている。


「お前も参加していけ、オークキング。仲直りってんなら、お前ともしておきたいからな」


「いや、まだ仕事が」


「なんだぁ、私の酒が飲めないってのか? その巨体ならエールの一杯や二杯、酒のうちに入らねえだろ。いいからちょっと付き合えって」


「……そうだな、ご相伴に預かるとするか」


 しばらく逗留するというのなら、友好をはかっておくべきだろう。


「では、お席をご用意しますね、陛下」


 すすっと王の背後から進み出たのはメイド達、ではなく聖女だった。

 あの日―――王が巨石から聖剣を引き抜いた日―――以来、聖女は伝道活動で城を空ける時間を除いて、従者のように側を離れようとしない。メイド達といさかいになることもあり、王の最近の悩みの種だった。


「いや、必要ない」


 王は芝生に直接腰を下ろした。

 そうしても、椅子に座る勇者達と顔の高さは変わらない。


「でしたら何かカップを―――」


「もうあんまり残ってねえし、お前なら樽ごといけんだろ、樽ごと。ほらよっ」


 アニエスは樽をひょいと持ち上げ、王に押し付けてくる。

 確かに残り少ない、―――というよりほとんど空に近かったが、それでも金属製の樽は大男が難儀する重量だ。


「なるほどな、これが噂の怪力か」


「お前にだけは言われたくねえよ」


「そりゃそうか。―――で、三人で何の話をしてたんだ?」


「うむ、予言者殿は不老不死を体現した唯一の生物であろうし、大陸の歴史の生き証人でもあるしの。聞きたいことはそれこそ星の数ほどもあるのよ」


 言いながら賢者は席を立ち、王の片膝の上へ座りなおす。


「あの、賢者様。あまり陛下に御無礼は」


「聖女、お主のために席を空けてやったのだがの。儂ならティアと目方も変わらぬし、問題なかろうよ。のう、オークキング?」


 賢者は口で問いつつ王の答えを待つまでもなく、紙束を自分の前へ移動させた。


「もそっと高く、覚書メモが取りにくい。……うむ、これでちょうど良い」


「―――はぁ。陛下、アニエス様、私もご同席させて頂きますね」


 賢者のどこまでもマイペースなふるまいに聖女はかぶりを振ると、席へ着いた。

 王も聖女にならい、気にせず話を元へ戻す。


「それで、賢者による質問攻めの真っ最中だったってわけか?」


「私も何でもかんでも覚えてるわけじゃねえし、教会的にまずいことは話さねえけどな」


「今はちょうど、死んでいる間の意識のあり様について聞いておったところよ。儂の魔術で全身が消滅した際には、意識は残っておったのか? 確か再生に時間がかかったなどと言っておったが、つまり時の流れは認識しておったということかの?」


「あー、何つーのかな、感じもしねえし何かを考えることも出来ねえけど、漠然と自己を認識しているというか。この感覚は他人にゃうまく説明できねえなぁ」


「ふむ。では勇者に左右に両断された時はどうかの? 斬り分けられた両方ともに意識が存在するのか? そうだっ、そう言えば体の一部が欠損した場合は灰となって新たに生えてくるようだが、綺麗に真っ二つになった場合はどうなる?」


「それはだな―――」


 捲し立てる賢者に、アニエスが一々答えを返す。付き合いが良い、と言うよりも酔うと口が軽くなるタイプらしい。


「では、今までで一番辛かった死因は何かの?」


「そうさな、魔界でドラゴンに食われた時かな。噛み砕かれて即死した最初の死は大したことなかったが、その後が悲惨でな。基本は窒息死を繰り返すわけだが、これがただでさえ死因としちゃかなりきつい部類なんだけどよ。加えて消化管に揉み砕かれながら消化液で溶かされ続けるもんだから、痛みが引く時間が無くってな」


「……それって最後はどうなったんだ?」


「聞くな」


 王の問いにアニエスが目を伏せる。汚物と一緒に排泄されたと言うことだろう。


「しっかしよ、ドラゴンが出るような場所は魔界でも相当深い界層だろう? 何をしにそんなところまで?」


 赤ら顔で勇者が言う。


「う~ん、まっ、別に隠すようなことでもねえか。勇者、お前は魔界に挑戦中らしいが、“喪失の勇者”って知ってるだろ?」


「もちろん。あの人の手記無しに魔界には挑めねえ」


「おう、まさにその手記だけどよ。魔界で死んだ人間の書いたもんが、どうして人の世に流通していると思う?」


「……まさか、お前が?」


「そういうことよ。聖剣を取り戻しに魔王城まで乗り込んでな、ついでだったんで勇者の遺品の類も回収してきたのよ」


 相当に衝撃的な台詞を口にしたアニエスは、ジョッキをその口へと運び掛け、眉をひそめた。


「ちっ、空か。おおーい、酒が尽きたぞっ、メイドーーーっ!」


「そんなことより、魔王城の話を早く聞かせろよっ」


「まあ待て。酒の肴に話してやるからよ」


 しばしして、クローリスが姿を現した。

 一瞬だけ笑顔を作ると恭しく王に頭を下げ、それから愁い顔をアニエスに向けた。


「その樽で最後だとお伝えしたはずですが、アニエス様」


「いやぁ、私もそのつもりだったんだけどよぅ。オークキングのやつがこの巨体で飲むもんだから、すぐに無くなっちまって。見ろよ、樽ごと飲み尽くしやがった」


 ―――俺を引き込んだのは、それが目当てか。


 呂律も怪しく見え透いた言い訳を口にするアニエスに、王は思わず苦笑した。

 クローリスが、どうしたものかと伺うような視線を向けてくる。


「持って来てやってくれ。ああいや、重いし俺が運ぼう」


「むう、椅子が勝手に動くでない」


 理不尽な文句を言う賢者を自分の足で立たせると、王はクローリスと並んで酒樽の貯蔵庫へ向かう。

 エールの一樽や二樽で人質にもなる世界一の情報通が城に留まってくれるなら、安い買い物だった。幸い城下へ高値で卸せるということで、リアンを中心に増産体制が築かれつつあるところだ。


「本当によろしいのですか、ご主人様? あの方、本日だけですでに三樽召し上がっておりますが」


「……」


 まあ、安くはないにしても高過ぎもしない買い物だろう。



第二章完結です。お付き合い頂いた皆様、ありがとうございます。

番外編を何話か挟んで、第三章へ続きます。


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