表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/106

第21話 オークキングは喧喧囂囂の議論を進行する

「うわっ、外まで穴が続いてるよっ、お母さんっ、ケイっ!」


「おい、ティア、あまり身を乗り出すな、危ないぞ」


 戦闘後ほどなく、メイド達が帰城し大広間はがぜん騒がしくなった。


「アニキ? ちょっと、何をやってんだい、だらしないねっ」


 二番は憎まれ口を叩きながらも、一番の元へ駆け寄っていく。


「わわっ、ア、アシュレイ殿っ、その御姿はっ!?」


 ディートリヒが頬を真っ赤に染めて慌てふためく。

 勇者は歪んでしまった板金鎧プレートメイルの胸当てを外し、今は袖なしの上衣タンクトップ一枚だ。


「あの、ご主人様、これはいったいどういう状況なのでしょうか?」


「ええと、そうだな。―――みんな、こっちへ来てくれ」


 クローリスに問われ、王はパンパンと大きな手を打って一同を集める。


「―――なるほど。するとそこで鎖でぐるぐる巻きにされている方が、あの予言者アニエス様と言うことですね? にわかには信じられませんが、カタリナさんも仰るのでしたら間違いないのでしょう」


 王、そして勇者に聖女が代わりばんこに語り終えると、クローリスがそう言って話をまとめた。


「へー、これが。わっ、肌すべすべ。本当に不老なんだ。八百年も生きていたら、エルフだってもっとヨボヨボになるのに」


「おい、こらっ、ハーフエルフっ。人様の顔をぐりぐりと撫で回すんじゃねえっ」


「わわっ、思ったより口悪っ」


 アニエスは鎖―――城門の開閉に用いられる頑丈な物だ―――で全身を幾重にも巻かれ、頭だけを露出している。

 失神から回復した直後こそ抜け出そうともがいていたが、さすがに観念した様子だ。ここまでぐるぐる巻きにされては王の腕力でも引き千切ることは出来ない。


「……アニエス殿が、予言者アニエス様?」


 唖然として呟くのは、聖堂騎士のレオンハルトだ。

 気付け代わりに聞く話としてもさすがに衝撃が強過ぎたようで、目をぱちくりとさせている。


「おうっ、黙っていて悪かったな。教会でも教皇やカタリナを含む数人にしか教えてないんでな」


「それは、……私のような者が知ってしまって良かったのでしょうか?」


「あん? 別に構わねえだろう。教義ってんじゃなく、色々煩わしいことを避けるために私がそう決めたってだけだからな。お前なら言い触らさねえだろ?」


「それはもちろんですが」


「なら構わねえよ。トリッシュも、この情報を売ったりするんじゃねえぞ。高ーく売れるかもしれねえが、聖心教を敵に回したらこの大陸じゃ生きていけねえからな」


「も、もちろんっ」


 トリッシュはぶんぶんと繰り返し首肯した。図星を指されたという顔だ。


「ふうむ、“不老不死”の理屈は一応納得したとして、あの馬鹿げた身体能力は何かの? 体重も、見かけによらず随分と重いようだが」


 賢者が寝ぼけ眼をこすりながら問う。アニエスの神聖魔法の効果がまだ抜け切っていないようだ。


「さてな。実のところ私にもよく分かってねえのよ。八百年生きている間に、いつの間にやらこうなっててよ」


「むむむ、魔力が働いている様子もなかったが。―――オークキング、お主なら何か分からんか?」


「……もしかすると、超回復ってやつか?」


「超回復? やはり神聖魔法の類かの?」


「いや、そうじゃねえ。簡単に言うと筋肉が肥大化する仕組みだな。筋肉ってのは一度損傷し、そこから回復する時に太く大きく成長する。鍛錬で筋量が増えるのも、この損傷と回復が繰り返されるからだな」


 王はうろ覚えの知識を披露する。


「別に私は筋力トレーニングなんてした覚えはないぜ」


「その代わり、散々斬られたり焼かれたりしてるんだろう? つまりはそれも筋肉の損傷だ。普通なら過ぎた損傷は回復をし切れず逆に筋量が減っちまうんだが、あんたは違う」


「なるほど! 予知の奇跡の影響で外見にこそ変化は見られないが、その実、回復の度にしっかり筋量は増大していたということかっ」


 賢者がぽんと手を打った。


「あー、要するにこいつのこの小さな体の中身は、ぎっちぎちに高密度の筋肉の塊ってことか」


「嫌な言い方すんじゃねえ、勇者っ。……しかし、なるほどね。長年の疑問が解けたぜ。オークのくせに、ずいぶんと博識じゃねえか。ついでにもう一つご教授願えるか、オークキング?」


「なんだ?」


「いったい私に何をしやがった? これまでだって私が勝ち切れなかった相手はいるが、こうもはっきりと負かされたのは初めてだぞ」


「何って、特別なことをした覚えはないんだがなぁ」


「そんなわけあるかっ」


「―――なんだ、オークキングも予言者も気付いておらなんだのか?」


「何だ、何か分かるのか、賢者?」


「実に簡単な話だの。勇者にディートリヒ、それにティアとケイもか。お主らは以前に、あるいは今もオークキングに戦いを挑んでおるわけだが、それで負傷したことがあったか? 例えばアザが出来たとか、骨が折れたとか」


「……額が少々腫れたことなら何度か」


 ディートリヒが言う。他の三人は顔を見合わせ、無言で首を横に振った。

 人格や言動―――ポジティブなストーカー―――のせいで、ちょっとディートリヒに対しては力加減が甘くなっていたようだ。

 王が密かに反省していると、賢者が話を続ける。


「予言者、お主の不老不死は“予知したその瞬間が訪れるまで、姿形を保ったまま生き長らえる”というものであろう。アザも残さず骨も折らない絶妙な力加減の打撃や、血流を止めて落とすだけの優しい締め技は、予知の結果と矛盾を生まない。故に効く、ということだの」


「―――っ、オークのくせに、私に怪我一つ負わせねえように加減したってのかよ」


「そういう男よ。―――オークキング、以前にお主の優しさを凶器と評したことがあるが、まったくその通りになったの」


「……」


 何となく照れ臭く、王は無言を通した。


「ちっ。で、そのお優しいオークキングさんは、私らをどうするつもりなんだ?」


「……うう~ん。いつも通り“去るも自由、留まるも自由”といきたいところだが、他の二人はともかくあんたは危険過ぎる。ここから解放したら、大人しくグランレイズに帰ってくれるかい、予言者アニエス?」


「おー、帰る帰る。すぐにも退散させて頂くぜ」


「……そんな気はこれっぽっちもねえって顔だな」


「バレたか」


 アニエスがてへっと舌を出した。見た目は可憐な美少女であるから、様にはなっている。


「俺のいないところで勇者や聖女を襲われちゃ困るんだよなぁ」


「またお前はっ。あたしをそういう扱いすんじゃねえっ。ただ守られているだけのお姫様じゃねえんだぞ、あたしはっ」


「いや、そんなつもりは―――」


「―――勇者? 貴様、まさか」


 ケイが王の言葉を遮り、勇者に鋭い視線を飛ばす。いや、ケイだけではない。クローリスとティアも同様に勇者を睨みつけている。


「な、何だよ?」


 王もアニエスも置き去りで、空気が張り詰めていく。


「……ケイさん、ティア、今はやめておきましょう。ご主人様の御思案を遮ってはなりません」


「ああ」


「うん」


 クローリスの提案にケイとティアが頷き、引き下がる。


「……ええと、話を元に戻すぞ。さて、どうしたもんか」


 はいと、ケイが挙手した。


「死なないと言うのでしたら、このまま河にでも沈めてしまえば良いのではないですか? 我らの死後、そうですね、百年後くらいに引き上げるように命令を残しておけばよろしいかと」


「お、おっそろしいことを言うメイドだな。溺死と再生を繰り返せってのかよっ。一度も死んだことのないお前らには分からねえだろうが、溺死ってトップレベルに苦しい死に方なんだからなっ」


「アニエス様は聖心教のかなめたる御方っ。こうして捕縛しているだけでも恐れ多いと言うのに、これ以上危害を加えるなどあってはなりませんっ」


 当然だがアニエスと聖女が大反対する。


「そうか。水に沈んでも死なないわけじゃなく、死んで蘇ってを繰り返すのか。そいつはきっつい話だな。というか、そんなことをするくらいなら普通に牢屋に入れとけば良いだろう」


 記憶は定かではないが、一度死んだことがあるはずの王はアニエス達に同調する。


「じゃあさじゃあさ、もう乱暴が出来ないように両腕を斬り落として、それで解放するっていうのは? 腕はこっちで預かっておくの」


 ティアが無垢な笑顔で言う。


「それもうあたしがやった。すぐに灰になって代わりの腕が生えてくるから無駄だぞ」


「ちぇっ、良い考えだと思ったのに」


「でしたら、いっそこのまま倉庫にでも転がして置けばよろしいのでは? 餓死しても蘇るのでしたらそのまま放置で大丈夫ですし、食費要らずで助かります」


「……お前のところのメイドは、おっかねえ奴しかいねえのか?」


 メイド達の最後の砦、クローリスの発言を聞いてアニエスがうんざりとした顔で王に問う。


「いやぁ、良い子達のはずなんだがなぁ」


 返答は、語尾を濁さざるを得なかった。


「―――要するに、聖女と聖剣が魔物の国に囚われているという現状が、聖心教的にまずいということであろう? 故に予言者アニエスとしては、それを放置しグランレイズに帰るわけには行かぬと」


 そこで賢者が口を開いた。

 予言者の死と再生という大好物であろう話題にもここまで加わらず、何やら考え込んだ様子でいた賢者が。


「まっ、そういうこったな。聖心教の面子が潰れるような真似は見過ごせねえのさ、予言者アニエス様としてはな」


「ではオークキングは悪しき魔物ではない、どころか神聖な存在だとしたらどうかの? それなら聖心教の面目も保たれるのではないか?」


「神聖な存在とはまたでかく出たな。―――で、それをどうやって証明して見せる? 私個人にってんじゃねえぞ。世間様によ」


「もちろん考えがある」


 賢者は得意顔で断言した。



次回、第二章「二人の聖女編」の最終回となります(ちょっとエピローグ的なのを何話か書くかもしれませんが)。


それはそれとして、総勢10名以上によるクロストークが中心の回でしたが、ちゃんと書き分けられているでしょうか? 誰の台詞が分からないところなどありましたら、ご指摘いただけると幸いです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ