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第17話 少女アニエスは再生する

「アニエス、ね。レオンハルトにアニエスとは、ずいぶんと気の利いたパーティーじゃねえか」


「そうでしょう」


 アニエスが自慢気に無い胸を張る。

 とはいえ、どちらもグランレイズではそう珍しい名前ではない。建国史に名を残す二人であるから、あやかる親は少なくないのだ。


「で、そのアニエスちゃんとやらは、聖心教の秘蔵っ子か何かか? 聖女様の奇跡だって、そこまで一瞬で傷を癒しちゃくれねえぞ」


「ふふっ、どうでしょうか?」


 アニエスはもったいぶった様子で笑う。


「―――勇者よ。この娘、先ほどから神聖魔法を使っておらぬぞ。頭突きの時からおかしいとは思っておったが、今ので確信した。儂も試したことはないが、さすがに頭部を炎に巻かれたまま発動式を唱えられるとは思えんからの」


 賢者はとことこと歩いてきてアシュレイの隣に並ぶと、じっとアニエスを観察する。


「……ふうむ、綺麗に治っておるのう」


「女の子相手にずいぶんえげつない真似をするかと思えば、それを確認するためかよ。しかし神聖魔法じゃないなら、いったい何だってんだ?」


「分からぬ。まったく予想も付かぬの。……あえて突拍子もない想像を口にするなら、この娘の自前の治癒力かの? オークで言うところのオークキングのような人間の突然変異種か何かか、あるいは人に擬態した魔物の類であれば可能性はあるかの? 絶滅したはずのヒト型魔物ヴァンパイアや、あるいはまさか魔人か? いや、さすがに―――」


 頬を紅潮させて、賢者がべらべらとしゃべくる。

 聖棍と聖盾を見止めた時よりも、さらに興奮した様子だ。


「うふふっ、魔物扱いされたのなんて初めてです」


 聖心教の敬虔な信者であれば激怒しかねない話であるが、アニエスはむしろ愉快そうにしている。十代も前半と見える容姿にそぐわない、不思議な貫禄のようなものがそこにはあった。


「さてと、なかなか聞き分けの悪い子達のようですから、ちょっと痛い目に合ってもらいましょうかっ!」


「―――っ」


 顔面に飛んできた小さく白い拳を、身をすくめて躱した。

 先刻までの一見軽やかな身ごなしから一変して、俊敏な獣を思わせる動きだ。

 踏み込んだ勢いそのままにアニエスはアシュレイと馳せ違い、その拳は後方数ワンドの距離にあった大広間の壁に叩き込まれた。―――ビシビシッと石壁に大きくひびが走る。


「何がちょっと痛い目だ、殺す気かっ」


「大丈夫ですよ。いざとなったら回復魔法を使えば良いのですから」


 頭を燃やされたお返しとばかりに言う。お返しなら、是非とも賢者本人に直接返してもらいたいものだが。

 再び、石造りの床がきしむほどの踏み込み。咄嗟に顔面を聖剣で守る。


「つうっ」


 打たれたのは胸部だった。

 逆らわず、殴り飛ばされるままに後方へ跳ねて威力を殺す。それでも板金鎧プレートメイル越しの衝撃に息が詰まるが―――


「あああっっ!!」


 ―――突き出された右拳へ、強引に聖剣を振り下ろした。


「ど、どうだっ!」


 内心やり過ぎたか、と思いつつもアシュレイは虚勢を張って得意げに言う。


「あらあら」


 アニエスは手首から先を失った右腕を眼前に掲げ、呑気に漏らす。ぴゅーぴゅーと勢い良く血を噴き出している。


「聖剣で斬られたのは、たしか初めてだ。やっぱりよく斬れるなぁ」


 アニエスは言いながら足元に落ちた右手を拾い上げ、切断面同士をピタっとつなぎ合わせた。

 柄にもなく気圧され、アシュレイは事の成り行きを黙って見守った。


「3、2、1、ゼロっ!」


 アニエスは手品でも披露するかのように秒読みすると、0の掛け声と同時に握ったままの形で固まっていた右手をぱっと開いてみせた。


「ふふっ、聖剣は斬れ味が良いだけに傷もくっ付きやすいですね」


「どこかで聞いたようなことをっ。オークキングだって回復魔法無しに引っ付けやしなかったぞ。―――賢者様、何か一発きついやつを頼むっ。あたしは時間を稼ぐ」


「うむ。――――。―――――。――――」


「あら、ひどいですね。こんな小さな女の子相手に、勇者様と賢者様が二人がかりですか?」


 台詞とは裏腹に、アニエスは余裕の表情だ。


「―――ふっ!」


 身を沈め、アニエスの足元を薙いだ。両足を斬り落としてしまえば、しばらくは時を稼げる。


「甘いっ」


 アニエスは高々と跳躍して聖剣を避けた。やはり驚くほど身が軽い。が―――


「甘いのはそっちさっ」


 中空で出来ることは少ない。あの忌まわしいメイド騎士の教えだ。落下の最中を狙う。


「いいや、そっちです」


 どかんと、広間全体が軋むほどの強さでアニエスは天井に両の拳を叩きつけ、その反動で加速した。

 斬りにいくが、わずかに遅れた。

 聖剣は空を斬り、アシュレイの眼前には低く低く構えたアニエス。

 剣を返すも、アニエスの足が早く、速かった。地を這うような足払いだ。


「おおうっっ!!」


 アシュレイの身体はぐるんと綺麗に一回転し、そして綺麗に着地した。


「おや、ちょっと強く蹴り過ぎましたか」


 本来なら尻もちを付かせたり、半回転させて頭から叩き落す技だろう。

 もちろん一回転どころか半回転ですら、常の筋力では不可能な芸当だが。少女は治癒力同様に身体能力も人間離れしている。


「……化け物が」


「失礼な!」


 顔面に右の突き。避けも受けも間に合わず、ならばと喰らいながら、斬りにいった。

 拳はすぐに引っ込められ、聖剣はまたも空を斬る。が、お陰で打たれはしても、打ち抜かれはしなかった。


「ふふっ、一つお返し成功」


「うるへー」


 得意げなアニエスに鼻声で返す。

 深刻なダメージこそ免れたが、ダラダラと鼻血が垂れていた。

 今度は前蹴り。

 聖剣で斬り落としに行くが、また空を斬った。

 素振そぶりだけで、実際にはアニエスは軽く膝を持ち上げただけだった。フェイントと言うやつだが、盛大に引っ掛かった。


「ふぅーーっ」


 大きく息を吐いて―――鼻血も一緒に吹くことになったが―――、聖剣を構えなおす。


 ―――遊ばれている。


 忌々しいことに、眼前の少女が本気になればたぶん自分はとっくに地に伏せている。

 何か打開策は―――


「―――っ!」


 横合いから、巨大な何かがアニエスにぶち当たった。

 一番だ。完調とはいかないまでも、いくらか回復したらしい。そのまま小さな体に組み付き、吊り上げた。


「勇者殿っ、お下がりくださいっ! こ、ここはオレが!」


「いやぁ、下がるも何もすでに勝負ありだろう」


 アニエスの馬鹿げた身体能力の謎は解けていないが、さすがにハイオークにがっちりと拘束されては抵抗出来まい。


「そのまま牢に放り込んでやれよ、一番。おおい、賢者様、もう魔術は―――」


「―――い、いえっ、この力はっ! というか、な、なんだ? お、重いっ」


「お、おいおい、嘘だろっ!?」


 アニエスが首を左右に振り、足をばたつかせる度、緑の巨体が大きく振られる。

 一番はハイオークの中では小柄とはいえ、少女でしかないアニエスは当然人間の中で小柄も小柄だ。


「女に重いとは、頂けねえな。まっ、魔物に言っても仕方ねえか」


 これまでもちょいちょい漏れていたが、アニエスが荒っぽい口調で言う。こちらが彼女の地か。


「ふんっ、はっ、とうっ! ……うう~ん、さすがに真っ向力勝負で振りほどくのは骨が折れるか。そんなら―――」


「―――っ」


 一番の身体がびくんと震え、やがて崩れ落ちた。腕の中の小さな少女の足がちょうど床に届く高さまで。すでに一番がアニエスに組み付くのではなく、しな垂れかかる態だ。


「うんしょっと」


 かわいらしい掛け声で、アニエスは右腕を思いきり後ろへ引いた。

 白魚のようだった手は朱に染まり、何やら赤茶けた“縄”のようなものを握っている。その“縄”は一番の腹部へ、いつの間にかそこへぽっかりと空いた穴へと続いていた。


「うえっ、オークの血で汚れちまったな。ああもう、肩までべっとり」


 そんな愚痴をこぼしながら、アニエスは残った左手で一番の胸元を押しやる。

 背中に回されていた太い腕は抵抗もなく解け、一番の身体は仰向けに倒れた。ずるずると、さらに“縄”を引きずり出されながら。


「きったねえ」


 アニエスは吐き捨てると、言葉通り汚物を投げ出すように臓物を放った。


「てめえっ、何をしやがったっ!」


「何って、……貫き手?」


 アニエスはけろりとした顔で言い、指先をぴんと伸ばした右手を示して見せた。


「―――っ、このっ」


 瞳孔が開き、赤髪が逆立つのを感じる。

 オークキングの周囲ではあまり激昂するようなことも起こらないので、実に久しぶりの感覚だ。


「――――。―――――」


 後方で、賢者の声が一段大きくなった。

 間もなく詠唱が終わるという、アシュレイへの合図だろう。


「おおおっ!」


 思い切り深く踏み込んだ。

 剣ではなく拳闘の間合いである。当然受けて立ち、アニエスが血に濡れた右の貫き手を放つ。

 赤く、白く、小さく、禍々しい鋭鋒を―――首を傾けるだけの最小の動きで避ける。

 頬肉が抉られるのを感じながら、聖剣を横薙ぎにした。

 右の小指を立て、柄には直接触れていない。つまり鈍らでぶっ叩いた。

 ずしんと、両手に重みが掛かる。一番が言っていた通り、少女の肉体は見た目からは想像も付かないほどに重い。が―――


「――――あああああっっ!!」


 渾身の力で聖剣を振り抜き、小さくも重い身体を吹っ飛ばした。そこへ―――


「“壱百八重火焔砲ひゃくはちじゅうかえんほう集束ビーム”」


 魔術が一瞬で少女を飲み込んだ。



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