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第13話 勇者アシュレイは静観する

「姉御っ!」


「おいおい、マジでお前かよ」


 妹分が深紅クリムゾンレッドの髪を揺らしながら、大広間に駆け込んでくる。

 後に続くは、まずは小柄な少女。

 ゆったりとした純白の法衣を纏っているが、肌はそれ以上に抜けるように白い。白銀色の髪と相まって、薄暗い迷宮内にはひどく場違いな存在感を湛えている。

 三人目もやはり場違いな装いの男だった。

 足元から首までをきっちりと覆う大仰な鎖帷子チェーンメイルに、大型の楕円盾スクトゥムと、迷宮探索の冒険者としては重装備に過ぎる。


「お前は確か―――」


 少女に見覚えはないが、男の方は見た顔だった。


「お久しぶりです、アシュレイ様。レオンハルトです」


「ああっ、そうだったそうだった、“聖女様の愛し子”の。でっかくなったなぁ」


「その呼び名は少々気恥ずかしいのですが」


 聖女の蘇生の奇跡によって一命を取り留めた―――いや、取り戻した少年の長じた姿である。それゆえグランレイズでは“神の寵児”であるとか“聖女の愛し子”などと呼ばれていた。

 アシュレイとは数年前に聖女に引き合わされている。

 その時はまだ顔付きにも体格にも少年の頼りなさを残していたが、すっかり偉丈夫だ。もっとも、このところオーク達に囲まれ、なかんずくオークキングと行動を共にすることの多いアシュレイの目には、やはり少々頼りなく見えてしまうが。


「お知り合い、と言うことでよろしいでしょうか、勇者殿?」


「おう」


「分かりました。―――お前らっ、下がれ」


 問い掛けに首肯すると、一番は残っていた十数頭のオーク達を大広間の片隅まで追いやった。一番自身も軽く頭を下げて、他のオーク達に混じる。

 あの男の弟らしく、ちっともオークらしくはない気配りだ。


「それで、お前ら何しに来やがった?」


「教皇から依頼を受けてね。姉御達を助けに来たのさ」


「まあ、そりゃあそうだわな。別に助けられなきゃいけないような状況じゃないんだけどな」


「ちっ、ディードリヒが言っていた通りかよ」


「あっ、やっぱりお前、あいつと会っていやがったな、トリッシュ?」


「へへっ」


 トリッシュは否定も肯定もせず笑う。


「では―――」


 ずいと、レオンハルトが一歩前に進み出て話に割って入る。


「ご自身の意思でこのような地に留まっていると?」


「おう。住んでみると悪くないんだ、これが。魔界とのアクセスも良好だし」


「聖女様も、それでご納得されているのですか?」


「聖女様は聖女様で、ここで色々とやりたいことがあるみたいだぜ。歪んだ信仰を正したいとかなんとか」


 アシュレイは語尾を濁した。

 南方諸国では、聖心教の教えがオークに汚された女達への差別を助長していた。聖女はそれを改めるつもりでいる。

 しかし聖女も今や“疑惑の聖女”であるから、苦戦していた。聖女の愛し子相手にこんなことは口に出せないが。


「聖女様がこのような魔窟に留まることをお認めになったと? 信じられません。―――そう言わされているのではないのですか? あちらのオーク共に」


 レオンハルトは手にした戦棍メイスで緑色の集団を指し示す。


「ああ? そんなわけが―――」


「―――あれらを殲滅した後、もう一度問わせて頂きます。“肉体強化”」


 重装備を鎧った長身が、風のように動いた。


「ぶひっ」


 次の瞬間にはオークが一頭、スクトゥムではね飛ばされ大広間の壁に叩きつけられていた。


「て、てめえっ!」


 すぐにオーク達が四方から襲い掛かるも、レオンハルトはスクトゥムを目まぐるしく旋回させて全ての攻撃を受け切ると、隙を突いては戦棍メイスを振るう。単身でありながら堅陣が如き戦いぶりだ。


「ふむ、聖堂騎士なれば戦闘用の神聖魔法に限れば聖女よりも習熟していて当然か」


 賢者が感想を漏らす。

 オークの巨体をはね飛ばし、怪力による猛攻を跳ね返し、一方的に打ちのめす。常の人間に可能なはずはなく、神聖魔法による身体能力の向上によるものだ。

 驚くべきは、レオンハルトは呪文の詠唱無しに発動式のみで肉体強化を行使していた。それは聖女にも出来ないことだった。


「何だ、その聖堂騎士ってのは?」


 リアンが問う。ドワーフには馴染みの薄い言葉だろう。


「神聖魔法で強化した肉体と、鍛え上げた武術で戦う聖心教の守護者というやつだの」


「ふーん、自ら戦える神官ってことか」


「ちょっと違う。神官とは異なり、聖堂騎士が“神聖魔法”を十全に行使出来るのは、己の肉体のみよ。他人へ直接魔力で干渉する“奇跡”は、あれは特殊な才能というか、向き不向きがあっての」


 “奇跡”と“神聖魔法”。

 混同して用いられることも多いが、厳密には神聖魔法は回復や支援魔術そのものを指すのに対して、奇跡はそれを他者に行使することを指す言葉だ。


「賢者様にも出来ないんだったよな?」


「うむ。まあ、やってやれないことはなかろうが、聖女の十倍も魔力を注ぎ込んで、やっとその十分の一の効果が発動される程度だろうの」


「そりゃあさすがに無駄が多すぎるな」


「―――おいおい、ずいぶんと余裕だな、姉御もソフィアの姉さんも。あのオーク達、助けに行かなくていいのかよ?」


 トリッシュが問う。


「そこまでしてやる義理はねえかな。そう言うお前こそ、レオンハルトの加勢に行かなくていいのか?」


「たかがオークの群れ、加勢するまでもないさ。しかし、…………本当に、オーク共に脅されてるってわけじゃないんだな」


 アシュレイの顔をじっと見つめ、トリッシュが言った。


「当たり前だろう。オークの言いなりになるようなタマだとお前から思われていただなんて、割とショックだぞ」


「いやぁ、姉御はけっこうちょろいところあるからなぁ」


「ああっ、それはどういう―――」


 言い返そうとしたところで、戦況が動いた。

 すでに最後の一体となっている一番がレオンハルトの戦棍を棍棒で受け止めると、鍔迫り合いに持ち込んだのだ。


「おおっ、レオンハルトのやつ、負けてねえぞ」


「うむ、先刻の肉体強化、無詠唱と言うだけでなく効き目の程も聖女の奇跡に劣らぬな」


 アシュレイと賢者は称賛を口にした。

 体重差は三倍以上。筋力差はそれ以上だろう。

 レオンハルトはじりじりと後退しながらも、決して一番に有利な体勢を与えない。戦棍を右手に握り、左のスクトゥムを戦棍の打突部にあてがうと、全体重をそこへ乗せている。体当りの要領で一番の膂力に対抗していた。

 そして―――


「―――ぬおっ」


 レオンハルトはすっとスクトゥムをわずかに引くと、一番の棍棒をそこへ滑らせるようにしていなした。

 たまらず前のめりに体勢を崩した一番に戦棍が振り下ろされるも―――空を切った。

 一番は崩れた体勢そのままに床へ身を投げ出すと、巨体を器用に折り畳んでほとんど完璧な緑色の球体と化し、クルクルと前転、レオンハルトから距離を取って立ち上がった。

 すぐさま距離を詰めたレオンハルトの追撃を一番は難なく躱すと、負けじと棍棒を振るう。

 そこからはオークと人間の戦いとは思えない、奇妙な戦闘となった。

 スクトゥムを手にどっしりと構えるレオンハルトに対して、一番が足を使って隙を伺う。


「おおっ、素早いなぁ。あんなオーク見たことねえぞ。…………まさかオークキングじゃないよな?」


 今度はトリッシュの方が感嘆し、疑問を口にする。


「何を白々しく。ディートリヒの奴に、オークキングの不在を確認して来たくせに」


「へへっ」


「あいつは小柄だけどハイオークだ。さっきまでのただのオークとは違うぞ」


「なるほど、ハイオークか。いや、ハイオークにしたってあれは……」


「オークキングの弟でもある」


「―――っ、なるほどな。オークキングに次ぐオークの強者つわものってわけか」


「……まあな」


 間違いではないが、“次ぐ”と言うにはあまりに実力がかけ離れている。

 自分ともそれなりに良い勝負をする一番とオークキングの差を認めるのは癪で、口には出さないが。


「オークの雑兵相手に“これ”を使うつもりはなかったのだが、しかたがない」


 膠着しつつある戦いの中、レオンハルトが思わせ振りに言った。

 しかし特に何か仕掛けようとする動きは見せない。変らずスクトゥムを構えたままだ。

 逆に一番の方から仕掛けた。

 対応も変わらず、レオンハルトはスクトゥムで棍棒を受ける。


「なにっ!?」


 棍棒が、粉砕した。

 固く粘りもある樫の木が、細かな粉塵となって大広間を舞う。文字通りの粉微塵だった。

 そしてスクトゥムの陰から、すっと戦棍が伸びた。

 打つでも突くでもなく、ゆるやかに差し出された戦棍に、一番の反応が遅れた。T字架を模した打突部が腹に触れる。


「がっ、はっ」


 ブルブルっと一番の身体が一瞬小刻みに波打ち、どしゃりと尻もちを付いた。


「終わりだ」


 レオンハルトが戦棍を振り被る。見下ろす先は力無くくずおれた一番の―――オークキングとよく似た顔面だ。


「ちっ」


 アシュレイは我知らず駆け出していた。


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