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第12話 勇者アシュレイは意識する

「はあっ!」


 アシュレイの大上段を、一番は半身になって躱した。

 すぐさま横薙ぎに聖剣を振るう。一番はかなり無理な体勢を取りながらも、後方に跳び退いてそれも避けた。


「へっ、兄弟だけあって、オークキングと避け方が一緒な」


 一番は勢い余ってごろごろと数回床を転がり―――そんなところもオークキングと同じだ―――、立ち上がる。

 にやりと笑ったのは、オークキングと一緒と言われたのが嬉しかったためだろう。


「―――行くぜっ」


 詰め寄り、再び聖剣を振るう。

 三つ、四つ、五つと連撃を繰り出すも、全て棍棒で聖剣の“腹”を叩いて弾かれるか、あるいは避けられた。オーク離れした俊敏さだ。

 しかしさすがにオークキング程の速さはない。一方のアシュレイも今日は“肉体強化”の加護を受けてはいないが、次第に一番の身ごなしに余裕が失われていく。


「はっ!」


 一番の足元がばたついた瞬間を見逃さず、アシュレイは突きを放つが―――


「ぬんっ!」


 オークキング顔負けの反応で、剣の腹を叩き落された。

 棍棒はさらにそこから跳ね上がり、アシュレイの顎を狙う。仰け反って避けながら、咄嗟に聖剣を走らせた。


「―――っ」


 一番は手首を抑えて数歩後退った。


「……本物なら、斬り飛ばされていましたね」


 悔しげに、されど潔く、一番が負けを認める。

 実際には“聖剣に見立てた木剣”に過ぎないから、ハイオークの頑強な肉体にとっては撫で付けられた程度のものだろう。


「いやぁ、強くなったな、お前。最後の一撃、けっこう危なかったぜ」


「いえ、まだまだケイ様にも勇者殿にもまったくかないません」


 一番と二番には時々こうして稽古を付けてやっているが、兄妹の進歩は目覚ましかった。

 アシュレイもケイとの訓練―――と言う名の喧嘩―――でかなり腕を上げたつもりだが、二人の急成長ぶりには負ける。元々ががむしゃらに棍棒を振り回すだけだったから、学び取るものが多いのだろう。

 あのオークキングの兄弟だけあって他のオークと違い勤勉で謙虚なのも大きい。

 アシュレイと一番が手合わせをするオーク城三階の大広間には、他にも数十頭のオークの姿があった。

 迷宮に挑む冒険者にとってはオークの大軍が待ち受ける中盤の難関であり、オーク達にとっては単に溜まり場というところだろう。

 オーク達の中には、棍棒を素振りして鍛える者や、力比べ―――オークキング曰く“鼻相撲”―――に興じる者達もいる。

 遠巻きにこちらの様子を伺う者も少なくないが、アシュレイ達の稽古に加わろうとする者はいなかった。強靭な肉体を持つオークにとって、人間に戦闘の手解きを乞うなど受け入れ難いのだろう。


―――まっ、頼まれたところで相手をする気はねえけどな。


 一番と二番は特別だ。

 オークキングが目を掛けている二人であるし、アシュレイとしてもオークの軍のトップが話の通じるこの兄妹であることは様々な面で都合が良いのだ。


「…………で、そっちは何をやってるんだ?」


 先程から大広間のど真ん中に陣取る賢者とリアンにアシュレイは目を転じた。

 エール造りの時と言い、最近つるんでいることが多い二人だ。


「オークキングの依頼でよ。魔導仕掛けの罠ってやつを試してみてるのさ」


 リアンが答えた。

 賢者は石造りの床にひざまずいたまま、何やら熱心に手を動かしている。


「罠? あいつが?」


「ああ。……ほら、この数のオークに袋叩きにされたら、人間の冒険者なんて簡単にくたばっちまうだろ? だったら、下手に抵抗される前に捕らえちまった方が安全ってな」


 リアンはアシュレイの近くへ寄ると、小声で囁いた。

 人間達のための罠だなどと、オーク達に聞かれるわけにはいかない。


「出来た」


 賢者が立ち上がる。


「それは、……血か?」


 賢者の手にする羽ペンと墨壷に視線をやって問う。嗅ぎ慣れた金属臭が鼻に付いた。

 賢者が先刻まで張り付いてた石畳の上にも、何やら赤褐色の紋様が描かれている。


「主成分はオークキングより採取した血だの」


「オークキングの?」


「うむ。呪薬や魔導薬の主たる原料は魔物、つまりは魔力的生物の血液や体液であることは知っておろう?」


「ああ。えっと、それ自体が魔力を秘めているから、あらかじめ式を組み込んでおけば、魔術師でなくても効果を発動出来る、……だったか?」


 以前当の賢者から聞かされた話を、記憶をたぐりながら口にする。


「うむ。当然、高い魔力を持った魔物由来の物ほど良い原料になる。この城ではオークキングが一番だの。もっともキング亜種とはいえオークはオークで、それほど上質な原料とは言えんが。“アレ”を採取させてくれれば、また違ったのだがの」


「何だ、“アレ”って?」


「ほれ、あるじゃろう? 生命の源とでも言うべきもので、それが魔物のものであれば必然魔力に溢れておる液状の物質よ。せっかくだから媚薬の効用の試験も兼ねて、儂がこの手でしぼ―――、も、もがっ、な、何をする?」


「まっ、真っ昼間から何の話をするつもりだ」


 思わず両手で賢者の口を塞いでいた。


「こんな会話は冒険者なら日常茶飯事であろうが」


「そ、そりゃあそうだけどよ」


 酒場では下世話なネタほど盛り上がるものだ。

 それに魔物の新鮮な睾丸は高値で取引され、冒険者の貴重な収入源の一つとなっている。魔術師はそこから魔導薬の原料を抽出するのだ。


 ―――あれ、何だってあたしはこんなに取り乱しているんだ?


 アシュレイははたと疑問に行き当たった。

 以前なら、この手の話題は自ら率先して口にしていたくらいだ。

 城での生活―――それがオークの城とは言え―――が長引き、我知らず少々お上品に染まったか。いやいや、そんなはずはない。ケイとの罵り合いでは、時に昔以上に汚い言葉が飛び出ることもあるくらいだ。

 勝手の違いに原因を求めるなら、脳裏に思い描いた“そういうことをしている人物”が、そこらの冒険者でも十把一絡げの魔物でもなく、あのオークキングだと言うことくらいか。


「いやいやいや、それはねえよ」


 アシュレイは一番の豚面―――牙は小さく額に×字傷もないが、弟だけあって他のオークよりもオークキングにほんの少しだけ似ている、ような気もする―――に目を向け、直後に激しく首を左右に振った。


「そりゃあ恩人だし感謝はしてるけどよっ。ケイじゃあるまいし、さすがにねえって。うん、ねえねえっ、ねえよっ」


「……ふうむ、やはりケイとお主は似た者同士であったか」


「―――っ」


 誰にともなく言い訳を口走るアシュレイに、賢者が分かったふうなことを言う。リアンと一番は困惑した顔だ。


「まあ、お主の気持ちも分からぬではないぞ。何せお主は身を挺して命を救われておるからな、それも三度も。ころっと落とされるのも、無理からぬことよ」


「そ、そんなわけがないだろう。相手はオークだぞっ」


「そんなことは些細な問題と、そこにいる一番とマリーが証明して見せたではないか」


「だ、だけどよ、それは……」


 思わず口籠る。一番とマリーの一幕に、柄にもなく胸がときめいたのは事実である。


 ―――その時だった。オークが二頭、大広間に慌てふためいた様子で駆け込んで来た。


「一番様っ! 侵入者ですっ!」


 アシュレイはこれ幸いと助け船に乗り込み、一番にかわって受け答える。


「侵入者だと? 冒険者か?」


「ええと、……はいっ、三人組の冒険者です。これがえらい強い連中で」


 二頭は寸時ためらうも、報告を再開した。

 アシュレイ達がオークキングの賓客であることは、すでに城のオーク達には知れ渡っている。


「三人組の冒険者だ? そいつはディートリヒの奴じゃないのか? ほら、ここのところしょっちゅう押し掛けてくる三人だ、男一人に女が二人の」


 今日は不在だとオークキングは伝えていたが、都合の悪いことは耳に入らない類の人間だ。


「い、いえ、違いますっ。……違うと思います。男一人、女二人なのは同じなのですが。……おいっ、オマエはどう思う?」


「オ、オレに聞くなよ。オマエの方が近くで見ただろう?」


 二頭が揉め始める。

 人間にオークの顔の判別が難しいように、オークにも人間はどれも同じように見えるらしい。アシュレイや賢者達も―――人並み以上に目を引く容姿を自認しているが―――、今でも見誤られることがあるくらいだ。


「まあいい、お前達は手を引け。あたしが話してみる。ってことで良いか、一番?」


「ええ、構いません。―――おい、お前ら」


「はいっ」


 一番が指示を飛ばすと、二頭と、それに大広間にたむろしていたオーク達の何頭かが、いくつもある出入り口から走り去っていく。伝令だろう。

 迷宮中盤の関門として、どの経路を辿ってもこの大広間を抜けなければ上階には進めない構造になっている。オーク達の妨害がなければ、程なく件の侵入者達はここへ至る。


「……本当にこちらであっているのですか? 先程からオークの姿をまったく見かけなくなりましたが」


 ほとんど待つこともなく、出入り口の一つから人声が聞こえて来た。


「間違いないって、あたしを誰だと思ってるんだ、レオ?」


「いえ、疑うわけではないのですが、もう少し慎重に進みませんか」


「あのなぁ、あたしが適当に歩いてるとでも思うのかよ、このあたしが」


「ふふっ、レオンハルト様は、トリッシュ様があまりにずんずん前へ前へと進んでしまうので、御身を心配なさっているのですよ」


 確かに男一人に女二人の三人分の声だ。

 一つはひどく聞き覚えのある声であり、懐かしい名前も聞こえて来た。

 声が近付く。


「へっ、のろまな聖堂騎士様が、あたしの心配なんて十年早いぜ。―――っと、ほら見ろ。灯りだ。開けた場所に出る、……ぞ」


「……トリッシュ、か?」


 入り口から覗いた顔とばっちり目が合った。

 それは先刻聞いた名前通り、懐かしい妹分の顔だった。



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