第11話 メイド達は主人の供をする
「じゃあ、いっくよー」
六頭立ての御者台に座るティアの元気な声が響く。
二番を筆頭に五名の近衛のハイオークが先導し、馬車はその後に続いた。
王も乗車可能な巨大な幌馬車は、視察ということで今日はその幌を取り払っている。
「ふふっ」
「どうかしたか、クローリス?」
傍らで微笑むと、耳聡く聞き付けた王が問う。
「この四人で行動するのも、ずいぶん久しぶりだと思いましたら、自然と」
「そうだな。勇者達が来てからは、何かと騒がしい日々が続いていたからな」
「まったく、困った連中です」
やはり王の傍らで、ケイがうんうんと強く肯いた。
馬車は城門前の大通りをのんびりと駆けていく。
荷運びをしたり、人間達に何か手伝いが要らないか聞いて回るオークの姿が至る所で見られた。偉そうにふんぞり返るでなく、腰をかがめ大きな身体を少しでも小さく見せる工夫も忘れていない。
オークの掟に特例が設けられて以来、珍しくはない光景である。つまりは人間の異性の御機嫌取りをしているのだ。
もちろんオークと人間の間に恋心などそうそう芽生えるものではなく、今のところ一番とマリー以外に特例が適用された者はいないのだが。
「二組目は、いつになることやら」
王がぼそっと呟いた。
どうやら同じ風景を見て、同じ感想を抱いていたようだ。
「?」
意味が取れなかったらしく、ケイが小首を傾げる。御者台のティアは聞こえてさえいない。
「きっとすぐだと思いますよ」
浮きたつ気持ちを抑え、あえて言葉少なに答える。王と自分にだけ通じれば良い言葉だ。
「おっ、何か心当たりでもあるのか?」
「ええ。でも、ご主人様には内緒にするように頼まれているので、まだ教えません」
「むっ、そう言われると気になるな。誰かに相談でも受けたのか?」
「だから、内緒ですって」
「クローリスに相談事を持ちかけるような相手となると、後宮の女達? いや、それはないな。そうすると―――」
「もうっ、そこまでです、ご主人様。内緒なんですから」
「わかったわかった」
「うふふっ」
こてんと、王に身をもたせかける。
「―――ご主人様もクローリスも、いったい何の話をしているのですかっ?」
蚊帳の外のケイが爆発した。
「ふふっ、内緒です。……ところでケイさん、今日は素敵なお召し物ですね」
甘い時間を邪魔されたクローリスは、少々反撃に出ることにした。
「そ、そうか?」
クローリスとティアもいつもの露出過多のメイド服ではなく外出用の通常のメイド服に着替えているが、ケイがまとっているのはそれですらない。
ドレスだった。腰に剣帯を締めているので少々けったいな出で立ちだが、ドレス自体は王侯貴族の令嬢が着るような―――まさにその通りの出自なわけだが―――立派なものだ。
「エルドランドの宮中から私物が何点か出て来たらしくてな、送られてきた。今日は懐かしくてつい、な」
「つい、ですか。―――私はてっきり、一人だけドレスを着込んで、ご主人様のパートナーでも気取るつもりなのかと」
「そそっ、そんなつもりはないぞ」
「そうですか、ケイさんにしては珍しくお化粧までされているようですから、てっきり。私の勘違いのようで、安心しましたわ」
「あ、ああ、勘違いも甚だしいな」
「―――そうか、化粧をしていたのか。今日は何だかいつもと雰囲気が違うと思えば」
王がぽんと手を打った。
「ええ。そ、その、どうでしょうか?」
「う~ん、悪くはねえけど……」
王はそこまで言って押し黙り、ケイはハラハラと顔色を紅潮させたり、青白く染めたりと忙しい。
「……無粋な事を言うようだが、この世界の化粧は身体に良いもんじゃねえ。あんまり使わない方が良いぞ。化粧なんてしなくてもケイはきれいなんだしよ」
「はっ、はい! これ限りと致しますっ! ……ふふっ、きれい、きれいか」
ケイはびしっと直立して答えると、直後にでれっと頬をだらしなく緩ませた。
反撃のつもりが、思わぬ助勢となってしまった。クローリスが巻き返しの妙手を思案していると―――
「―――もうっ、そっちばっかり盛り上がって、ボクにも聞こえるように話してよっ!」
今度はティアが爆発した。
そこからは御者台に身を乗り出すようにして、四人仲良く会話に花を咲かせる。
程なく、目的地に到着した。
王の義妹マリーの暮らす村である。農業収益は順調に拡大し、オークと人間の仲も良好。つまりは王の施策最大の成功例である。
「マリーの御母上っ、出歩いて大丈夫なのですか?」
王はひらりと馬車から飛び降りると、慌てて駆け寄った。
出迎えに並ぶ村人達の中に、服の上からでもはっきり分かる痩せぎすの女がいた。不健康に白い肌をしている。
「ご無沙汰しております、陛下。そんなにご心配なさらず。聖女様の奇跡のお陰で、すっかり病は癒えております」
「家まで送ります。村長、村の中に馬車を乗り入れても構わないよな? クローリス、ケイ、御母上を馬車にお乗せしろ」
「お義兄さん、落ち着いてください。母さんはもう病人じゃないんですから、少しは出歩いて、長患いで弱った身体を鍛え直してもらわないと困ります」
村人達の中からマリーが姿を現した。
「むっ、…………それもそうか。要らぬ気を回し過ぎました。お騒がせして申し訳ない」
「いえ、お気遣いに感謝いたしますわ、陛下」
「いいえ、お恥ずかしいところをお見せしました。―――改めて、弟がいつもお世話になっております、御母上。それに村の皆さんも」
王が深々と頭を下げる。
マリーとの婚姻以来、一番は一巡(七日)に二日程をこの村で過ごしていた。本人は近衛の一番として城を離れることに難色を示したが、王の命令である。
ちなみに今日は一番は城詰だ。どうせなら一番が村にいる時に訪ねれば良さそうなものだが、王も一番も何やら気恥ずかしいらしい。
「まあまあ、頭をお上げください、陛下。国王様にそのようにされては、困ってしまいますわ」
「いえ、今日は半分は王として農場の視察に参りましたが、もう半分は一番の兄として訪問させて頂きました。弟の義母ならば俺にとっても仰ぐべき御方です」
村人達がざわざわと騒ぎ始める。
オーク慣れした村だが、オークの王ともあろう者のこんな姿は想像の及ばぬところだろう。
―――悪くない反応かしら。
巨体の背後から、クローリスは村人達に視線を配っていく。
王の礼節と慈愛を卑屈と弱腰などと取る輩がいないとも限らない。が、杞憂だった。
一番やマリーの日頃の尽力の賜物だろうか。好意的というか、端的に言って感激した様子の者も多い。
「……あら?」
集団からわずかに離れて待機していた近衛の下へ、若い男が一人寄って行った。
数度顔を合わせただけだが、マリーの兄のトマだ。二番の前に立つと、何やら熱心に話し掛けている。
クローリスが他の者に気付かれないように二番に軽く目配せすると、照れくさそうに顔を伏せた。
縮こまってしまった二番を案じたトマが覗き込み、そうするとさらに二番が小さくなる。
―――まあまあ、この調子だと本当に二組目の誕生も遠くないかもしれないわね。
オークだが、主の妹であれば自分にとっては義妹のようなものだ。
人間の男性との恋愛相談など持ち掛けられては、いっそ可愛いらしくすら思えるのだった。
クローリスは二番に心の中で声援を送った。