表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/106

第7話 第三皇子ディートリヒは愛を唄う

「で、どういう知り合いなんだ、勇者?」


 玉座に腰を下ろしながら、王は尋ねた。

 玉座の間には勇者達三人の他にはメイド達に一番と二番、そしてくだんの冒険者一行だけだ。


「オーク風情がアシュレイ殿に対等な口を利くなど、―――っ!」


「まずは自分の口の利き方に気を付けることだな」


 激昂した少年の喉元に、細剣が突き付けられた。音もなく詰め寄ったケイだ。


「貴様っ、そのお方をどなたと心得るっ」


 少年の背後に控えていた女二人がやにわに得物を構えるも、ケイに人質を取られた格好だ。手出し出来ず睨み合う。

 女二人の言動からして、どうやら少年がパーティのリーダーのようだ。

 十四、五歳だろうか。絵に描いたような美少年である。ハーフエルフのティアにも負けない鮮やかな金髪に、ぱっちりとした目は緑色。何とも豪奢な顔立ちをしていた。


「あー、ケイ、控えてくれ。話が進まん。一番と二番もな」


「はっ」


 ケイが細剣を鞘に収め一歩後退した。一番と二番もベルトの棍棒へ伸ばしていた手を離す。


「皇子もここは引いてくれ。あたしの顔を立てると思って」


「アシュレイ殿がそうおっしゃるのでしたら」


「我々は殿下の御意思に従います」


 勇者が少年と女二人を宥める。

 少年は勇者の言うことにだけえらく従順だった。大人しく玉座の間まで付いて来てくれたのも、勇者の取り成しのお陰だ。


「さて、落ち着いたところで話を戻そうか。皇子だの殿下だのと、聞き捨てならない単語が出ていたが、いったい何者だ?」


「ああ、こいつはグランレイズの第三皇子、ディートリヒ」


「グランレイズの皇子だと!?」


 驚きの声を上げたのは自らもエルドランドの王女であるケイだった。


「ああ。もっとも今はただの冒険者、……ってことで良いんだよな?」


「はいっ、アシュレイ殿!」


 勇者に問われ、少年―――ディートリヒが元気に返答する。


「まてまて、大国の皇子が一介の冒険者になんてなれるもんなのか?」


「それはほら、グランレイズの成り立ちがさ、……なあ、聖女様?」


 王の当然の疑問に勇者は―――説明が面倒になったのか―――聖女へ話を振る。


「グランレイズの建国王が元々冒険者だったという話は、先日の説法でいたしましたよね?」


「ああ。オークの仇敵にして初代の勇者、レオンハルトだったな」


「ええ。故に皇族の子弟から冒険者を志す者が現れた場合、それを容認するという不文律が代々の皇室にはあるのです。もっとも、大抵は皇位継承順位が高くない傍系の方々がお選びになる道なのですが」


「僕の継承権は皇太子である上の兄上、その嫡男の甥、下の兄上に次いで、現在のところ第四位だ」


 ディートリヒが胸を張った。


「で、後ろの二人は貴族の子弟の中から選ばれた御付きの者達ってわけだ」


「アシュレイ殿、そういう言い方はおやめください。彼女達は僕の冒険への熱い思いに共感してくれた大事な旅の仲間です」


「まっ、そう言うことにしておくか」


 勇者が肩をすくめる。


「で、そんなやんごとなき御方が、何だって勇者達の救援に?」


「アシュレイ殿は我が国の、いや全人類の希望っ。オークに囚われたまま放置出来るものかっ」


「だからって皇子自ら乗り込んで来ることもないだろうに」


「この僕が助けないで、いったい他の誰が助けるというのだっ」


「……」


 いまいち要領を得ない。視線で問うも勇者はうんざりとした顔で頭をかきむしり、聖女は嘆息交じりにかぶりを振るばかりだ。

 最後に目を向けた賢者がやれやれと口を開く。


「つまりの、この小僧は勇者の熱烈な信奉者ファンというやつでの」


「信奉者? 皇族がアシュレイなんかのぉ?」


 ティアが小馬鹿にした口調で言う。


「むっ、亜人の娘。お前にはアシュレイ殿の偉大さが分からぬのか?」


「偉大さねぇ?」


「むむっ、ならば特別に教えてやろうっ、アシュレイ殿が如何に偉大な御方か! ―――まず、僕がアシュレイ殿を初めて目にしたのは、勇者の選定式でのことだ」


「勇者の選定式?」


「ああ。次代の勇者をお選びになる、聖心教主催の聖なる儀式だ」


「へえっ、聖心教ってそんなこともするんだ、カタリナ?」


「ええ。第三皇子が冒険者になるということで、当時は聖心教も大いに盛り上がりました。ちょうど並み居る冒険者達がオーク王国の攻略に失敗した時期ということもあって、これはレオンハルト様の再来なるかと。そこで開催が決められた儀式が、勇者様の選定式です」


「何をするものなの?」


「これもレオンハルト様以来の伝統ですが、歴代の勇者様は剣を置き引退なさる際、あるいはその死の間際に、巨石に聖剣をお突き立てになるのです」


「なるほど。聖剣に選ばれた者だけが、それを抜くことが出来るってわけか」


「……はい。それこそが勇者様の選定式」


 思わず王が口を挟むと、聖女はちょっと嫌そうな顔をしつつも首肯した。実にお約束の設定だ。


「選定式にはディートリヒ殿下を筆頭に、騎士団の新進気鋭の方々や名うての冒険者など、グランレイズ内外を問わず高名な剣士の皆さんが候補者として呼び集められました。―――そういえば、ケイさん」


 聖女は思い出したようにケイに視線を向ける。


「確かエルドランドには貴女達姉妹の参加が打診されたはずですよ。本命の一人とも目されておりましたが、良い返事が得られなかったと聞いております。今にして思えば当然ですね」


「ああ、その頃なら私はすでに国を出奔していたからな」


「……あの、アシュレイ殿? 聖女様はいったい何の話をしておられるのですか?」


 やり取りに付いて行けず、ディートリヒが問う。


「そこのおっかない女な、あの有名な双剣の片割れだ」


「―――っ、なるほど、道理で腕が立つわけです。しかし王女ともあろう者が祖国を滅ぼした魔物に従うとは。何と嘆かわし―――っ、いたっ、アシュレイ殿、何をなさるのですっ」


「アシュレイ様っ、如何に貴女様と言えど、殿下に手を上げるなどっ」


 王の命令を厳守するケイに代わって、アシュレイがディートリヒの頭に拳骨を落としていた。


「今は一介の冒険者だろ、先輩からの有難い御指導だ。事情も知らねえで、勝手なことを言うもんじゃねえ」


「はあ、分かりました」


 勇者の言うことには本当に従順だ。ディートリヒは大人しく肯く。


「とにかく、勇者の選別式は教皇領にある大聖堂の前で、多くの観衆に囲まれる中で行われた」


 気を取り直したようにディートリヒは言う。


「初めに教皇猊下からご挨拶があり、そして候補者が順番に前へ出て聖剣に挑むという段になった。最初に名を呼ばれたのが、―――そう、アシュレイ殿だ」


「いや、驚いたぜ。見物のつもりで出向いたってのに、いきなり名前を呼ばれるんだもんな」


「見物のつもりって?」


「あたしはほらっ、友達が勝手に応募したってやつでな、ティア」


「友達っていうと、ソフィア?」


「うむ。儂の相棒なのだからそろそろ箔の一つも欲しいと思ってな。教会の連中は見る目がないようなので、塔の推薦と言うことでねじ込んでやったのだ」


「仕方がないではないですか。勇者様はすでに冒険者の間では名前が知られておりましたが、あくまでそれは斥候レンジャーとしての評価だったのですから」


「そりゃそうだ、あたし自身なんであたしがって、えらい困惑したんだからよ」


「運命ですね。アシュレイ殿と聖剣の。聴衆も、アシュレイ殿を知る者も知らぬ者も、不審な目をしておりましたよ。教会の方達も、まさか斥候レンジャーに抜けるはずがないと、アシュレイ殿の順番を一番最初に回されたのでしょう。それが、いとも容易くするっと抜いてしまわれて」


 ディートリヒは熱に浮かされた調子で続ける。


「他の候補者の方々にイカサマではないかと詰め寄られても、毅然としていらした。疑うならお前達も試してみれば良いと、巨石に聖剣を戻され、“さあ、抜いてみろ”と。全員が失敗した後、再び堂々と聖剣を手にされるや、赤髪をなびかせ跳躍し、巨石を真っ二つに両断して見せた神々しいお姿っ。今もこの目に焼き付いています」


「おそらく観衆には、その後のお主の姿の方がよほど印象に残っておろうがの」


「何があったんだ?」


「勇者の奴にの、その場で求婚しおったのよ。何と言ったかな、“お美しい御方、貴女の―――」


 賢者の言葉を引き継ぐように、ディートリヒがその台詞を口にする。恭しく勇者に頭を下げながら。


「―――お美しい御方、貴女の前では古のエルフの女王すら霞み、月は恥じらい隠れ、花はうつむき萎れましょう。どうか僕の生涯の伴侶となってくださいませんか?」


「ぶふっ」


 噴き出したのはケイだった。意外、―――でもないが。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ