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第6話 勇者アシュレイは魔界に挑む

「おおーっ、あれがキュクロプスか! さっすが魔界、こうでなくっちゃな」


 木々の間から単眼が覗いていた。

 単眼巨人キュクロプス。有名なヒト型魔物だが、グランレイズ周辺に現れたという記録は数えるほどしかなく、アシュレイも本物を見たのはこれが初めてだ。

 どうやらこちらの存在に気付いているらしく、木々を薙ぎ倒し、ずずーんと地響きを上げながら近付いて来る。人食いで知られた魔物である。


「でかいとか、そういう次元じゃねえな」


 頭頂までの高さは十ワンド(10m)を優に超えている。まさしく巨人だ。

 隣で丸太を構えるオークキングも大きいが、引き比べれば所詮は人間の想像が及ぶ範囲の巨体であり、巨漢に過ぎない。キュクロプスの単眼から見れば、人間もオークキングもさしたる違いはないだろう。


「オークキングっ、手ぇ出すんじゃねえぞ」


「分かった分かった。大人しく観戦させてもらうさ。―――お前らなら大丈夫だと思うが、人間だけじゃなくオークやオーガだって一飲みにしちまう怪物だ。気を付けろよ」


 念を押すと、オークキングは肩をすくめて構えを解いた。


 ―――勇者一行は、ついに魔界探検の第一歩を踏み出していた。

 オークキングは案内役だ。聖女は渋い顔をしたが、何せ魔界の情報は不足している。アシュレイは勇者である前に斥候レンジャーであり、勇気と無謀をはき違えはしない。

 とはいえあくまで案内役。戦闘でまで手を借りるつもりはない。


「聖女様、強化を頼むっ。賢者様は、もう少しあいつが近付いたら、あの一個しかない目ん玉に強烈なやつを叩き込んでやれ!」


「はい。――――。―――」


「うむ。――――――」


 二人が詠唱に入る。

 キュクロプスは変わらぬ歩調で近付いて来る。魔術を警戒する素振りは無い。ヒト型をしていても頭は鈍いのか、それとも人間の魔法など取るに足らないと考えているのか。

 動きは鈍重そのものだが、大きさが大きさだ。すぐに距離は詰まった。


「――――。―――。“肉体強化”」


 聖女の神聖魔法の加護を受けるや、アシュレイは駆け出した。


「―――。―――――。“十八重火焔砲”」


 賢者の魔法が単眼に炸裂したのは、ちょうどキュクロプスの足元に到達した時だった。


「―――っ!!」


 キュクロプスは言葉にならない悲鳴を上げ、顔面を両手で押さえながらドタバタとたたらを踏む。

 巻き込まれただけで、人間などぺちゃんこだ。アシュレイは慎重に距離を測り、―――跳躍した。


「はあっ!」


 内腿に斬り付けた。聖剣の鍔元近くまで深々と。


「ヒト型はヒト型、急所は同じだろうっ」


 着地と同時に距離を取る。返り血を避けるためだ。やや遅れて、予想通りぼたぼたと大量の血液が降って来た。

 太腿の内側の太い血管を狙った。人間や亜人、オーク、オーガなどヒト型魔物に共通する急所だ。キュクロプスの巨体が相手でも剣が届く、唯一の“一撃で殺せる”部位だ。


「―――おわっ」


 血を撒き散らしながら、巨大な足が飛んで来た。要するに“蹴られた”のであるが、あまりの大きさと迫力に頭がそうと認識してくれない。

 身体の方は、咄嗟に反応してくれた。横っ飛びに地面を転がって、間一髪難を逃れる。

 すぐさま立ち上がり、足を止めず駆け回った。まだ“肉体強化”の加護は効いている。再度“蹴り”が来るが、避けるまでもなくそれは空を切った。


「ちっ、これだけでかいと血の巡りが悪いってことか?」


 見上げると、キュクロプスの内腿の傷からは出血が続いているが、想定したほどの勢いはなかった。


「こうなりゃ、持久戦だ」


 さらに蹴りに来たところを、かわしざまに足の小指―――人間の太腿ほども太さがある―――を斬り飛ばした。


「――――。―――。“大氷槍”」


 賢者が巨大な氷の柱をキュクロプスの胴体目掛けて放つ。

 それ以上に巨大な拳で叩き落されるも、その隙にアシュレイはふくらはぎに幾重も聖剣を走らせる。

 賢者の魔術と連係して、斬りまくった。疲れたら距離を取って、聖女の神聖魔法で癒しを受ける。


「―――ようやくか」


 やがて、キュクロプスがどすんと尻もちを付いた。下肢はすでにずたぼろで、ほとんど原形をとどめていない。

 あとはとどめの一撃を見舞うばかり―――


「きゃっ!」


 ―――というところで、聖女の短い悲鳴が響いた。


「ちっ、まずいな」


 振り返ると、キュクロプスがもう一体、聖女と賢者の背後からぬっと姿を現していた。

 乳房がある。雌のキュクロプスだ。


つがいか!? ちっ、こっちは勢子せこかっ!」


 鈍そうに見えても、やはりヒト型魔物。役割分担をして狩りをする頭はあったようだ。

 勢子と待子まちこ。つまりは一方が姿を見せ追い立て、もう一方は静かに待ち受けていたのだろう。それがついに痺れを切らして姿を見せたようだ。

 木々を薙ぎ倒すような騒々しい真似はせず、樹間をぬってそろそろと、すでに手を伸ばせば二人に届くという距離まで迫っている。アシュレイが前衛に戻る時間はない。


「この場合は仕方ないよなっ!」


 オークキングが身を躍らせた。賢者達の頭上を軽々と飛び越えると、キュクロプスの足の甲に振りかぶった丸太を叩きつける。


「―――っ」


 キュクロプスが堪らず悲鳴を上げて片足立ちになったところを、オークキングは残る片足のくるぶし目掛けて横薙ぎに丸太をフルスイング。周囲の木々を押し倒しながら、キュクロプスの身体が倒れ伏した。

 オークキングはちょうど手頃な高さまで降りて来た単眼の頭部へ駆け寄ると、丸太を叩き下ろした。二度三度と執拗に。

 やがてキュクロプスの巨体はびくびくと痙攣し、力を失った。


「ちっ、案内役があっさりと片付けやがる」


 アシュレイも雄のキュクロプスに止めの一撃を入れ、オークキング達の元へ戻った。


「慣れてるだけさ。お前達なら、次に戦う時はもっとうまくやるだろう」


「まあ、当然そのつもりだけどよ。……しかし、待ち伏せのような真似をしたってことは、この辺りに住み着いていたということか? まだ“第二界層”、キュクロプスが生息するのは“第三界層”のはずなんだけどな」


 腰のポーチから冊子を取り出し、ぱらぱらとめくりながら言う。

 魔界の、それも第二界層より深層に関する情報は少ない。

 五代目の勇者が残した手記がほとんど唯一と言って良い記録で、魔界を第一から第五までに界層分けしたのも彼だ。アシュレイが手にしているのは、その写しである。

 ―――第一界層。人間の生存圏と接する最も浅い界層。生息する魔物は角兎や角狼と言った最弱の部類で、通常の生物も混在する。ただし例外的に人間からの略奪を好むゴブリンやオーク、オーガなどは頻繁に姿を現す。

 ―――第二界層。もっとも多様な魔物が生息する界層。オークやオーガの巣穴もこの界層に作られることが多い。地上にはヒト型魔物の他にバイコーンや鬼熊、空にはハーピー、水辺にはスライムやサハギン、リザードマンなどが生息する。

 ―――第三界層。魔物の大型化が進む。第二界層の魔物達ですら捕食対象とするキュクロプスやミノタウロス、蛇女ラミアなどが生息する。

 ―――第四界層。飛竜ワイバーンやグリフォンが飛び交う界層。空からの襲撃を恐れるためか、地上の魔物は数を減らす。一方でこの界層に至ると周囲に繁る木々はトレントやアルラウネである可能性が高く、地中には大型のワームが這い回る。

 ―――第五界層。魔界の最深部であり、ドラゴンなど伝説級の魔物が巣食うまさしく魔境。なかんずく、魔王の住まう魔王城があると言われている。


「その手記、かなり正確なものみたいだが、どうしたって古いな。“喪失の勇者”だったか? 五、六百年も前の人物なんだろう?」


 五代目勇者は第五界層まで到達し、その地で力尽きた。

 結果、その後百年余り聖剣は人類の手を離れることとなる。そのため、前人未到の偉業に反して“喪失の勇者”などと言う実に不名誉な異名を付されることとなっている。


「とはいえこれくらいしか情報がねえ。お前も第三界層までしか行ったことがないんだろう?」


「ああ。だがここ数年は、この辺りでもキュクロプスやらワイバーンやらとよく出くわすぜ」


「そういや、お前はドラゴンともやってるんだったな」


「一度だけな」


「ふうむ、本来深い界層に生息する魔物達が、浅い界層に移動して来ておるのか? 何か要因がありそうだの」


 賢者が思案顔で顎に手を当てる。こうなると長い。


「……日も暮れてきたし、とりあえず拠点キャンプに戻るか」


 賢者を引き摺るようにして拠点―――かつてのオーク達の巣穴―――へと帰還する。

 ちょうど第一界層と第二界層の狭間に位置しており、そこは五代目勇者の手記通りだ。


「皆さま、お帰りなさいませ」


「お帰りーっ」


 クローリスがにこやかに、ティアが元気に出迎えてくれた。

 他に護衛役として二番もいるが、もう一人のメイドの姿はない。

 数日城を空けることになるから、王の代行が唯一務まる元王女にして元将軍様のケイは当然のお留守番だった。

 オークキングがこの洞窟から城に住居を移して四年近くが経過している。昨夜到着した時には洞窟内はかなり荒廃した様子だったが、すっかり片付いていた。奥には夕食の用意も整っている。

 携帯食の類ではなく、ワインで煮込んだ兎肉―――角兎か?―――や、山菜の揚げ物フリッター、チーズを絡めた麺料理パスタなどが並んでいる。


「何というか、魔界を冒険してるってのに快適過ぎるな」


「良いことではないか」


「まあなぁ」


 冒険をしているという感じが足りない。そう思うのはさすがに贅沢な悩みと言うものだろう。

 それから三日、拠点の周辺を探索し、今回の遠征を切り上げた。

 城から巣穴までは一本の獣道が走っており―――かつてソルガム王家の所業に激昂したオークキングが身一つで切り拓いたものだ―――、直線距離を軽快に馬で駆け抜ける。

 オークキングはと言うと、大半の荷物を一人で背負い、馬術が苦手なクローリスを抱え、時に恐縮する妹の手を引いてやりながら自分の足で遅れず付いて来ていた。返す返すも化け物離れしている。


「―――何だ?」


 丸一日の旅程で城に帰り着くと、前庭にオーク達が集まり何やら騒いでいた。


「王様っ! それにお客人方も、ちょうどよかった」


 こちらに気付いたオークの兵が一頭、駆けてくる。

 一番から二十番までの腰章を付けていないが、物腰からして近衛の経験者だろう。オークキングの前でぴっと直立した。


「いったい何事だ?」


「実は久しぶりに冒険者のパーティが乗り込んで来ております」


「それだけか?」


 オークキングが首を傾げた。

 この半年余り、オーク城に挑もうという冒険者はほとんど現れていない。忌々しいことに、アシュレイ達勇者一行ですら敗れたと評判になったためだ。

 とはいえ、それ以前は冒険者の襲撃は日常的なものであったという。別に大騒ぎするような事態ではない。


「それが少々手を焼いておりまして。今はケイ様とイチバンが精鋭を率いて取り囲んでいるのですが」


「へえっ、ケイの奴、手こずってやがるのか。ぜひとも恩を押し売りしたいところだが、さすがにあたしが人間の冒険者に手を出したら、……まずいよな?」


「当たり前です」


 聖女が怖い目でぴしゃりと言い放つ。


「わ、分かってるって。―――で、そんなに強い奴らなのか?」


「強いは強いのですが、手を焼いている理由はまた別でして。自分は勇者様の友人だ、勇者様達を出せと、そう叫んでいるのです。ケイ様もイチバンも、それであまりきつい攻撃を出来ず。お客人方、ご確認いただけませんか?」


「友人? 誰だろうな?」


 促され、首をひねりながら賢者と聖女と連れ立って騒ぎの渦中へと足を進める。

 当然冒険者の知人は少なくないが、友人と言うよりも同業のライバルだ。アシュレイが居なくなって商売敵が減ったと喜んでいる連中ばかりだろう。

 一人だけ思い当たるのは妹分であるが、こんな無意味に騒ぎ立てるような手口を教えた覚えはない。


「たぁっ! はっ! やあっ! アシュレイ殿をっ! 返せっ!」


「だから、あの女は不在だと言っているでしょう」


 ケイと一番を相手に懸命に得物を振るう姿が見えて来た。

 男一人に女二人のパーティだった。一人は小柄。子供と言っても良い。その子供の振るう剣がかなり鋭く、確かにいくらケイでも手を抜いて倒すのは難しい相手だ。


「―――って、あれ? まさか、お前かっ?」


 オーク城の前庭で、アシュレイは思わぬ顔と再会した。


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