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第4話 聖女カタリナはまだまだ思い悩む

「例の免税の件ですが、エルドランドから試算が届きました」


 言いながら、クローリスはティーセットを手早く片付け、代わって卓上に一枚の紙を広げた。


「……うむ、良いのではないか? この程度であれば、国庫が破綻するということもあるまい」


「私からも、特に異論はございません」


 賢者が肯き、カタリナも同意した。

 旧エルグランド領の農村の話である。

 旧ソルガムでオークの馬力を利用して大量生産された農作物が、かの地の農民たちの生活を脅かしていた。

 そこでオークキングはソルガムと同等の体制が整うまでは彼らの税を免除すると決め、エルドランドの代官に適用される人口の調査と、減額される税収の算出を命じていた。


「しかし本当によろしいのですか、ご主人様? ただでさえ開墾にオークの部隊を派遣しているというのに、さらに免税など。さすがに特別扱いが過ぎはしないでしょうか?」


 元エルドランド王女であるケイがあえての異議を申し立てる。


「特別扱いになろうが今は保護しないと。離散でもされたら、せっかく開墾した土地も無駄になってしまう。農業は国の本と言うだろう?」


「……はっ、感謝いたします、ご主人様」


「別にケイの国だから特別扱いをするわけじゃないぞ」


「ええ、ええ、分かっておりますとも」


 ケイは常にないにっこにこの笑顔を浮かべながら言った。

 けっ、と勇者が聞こえよがしに吐き捨てるが、それも聞こえていない様子だ。


「ところで、“農業が国の本”とは聞き慣れない言葉だの。今更驚くようなことでもないが、まったくお主はオークらしからぬことを言う。オークなれば“略奪が本”であろうに」


「ははっ、確かにな」


 賢者の言葉に、オークキングが笑う。


「それを言うなら冒険者だって似たようなものじゃない、ソフィア」


 オークキングの膝の上にちょこんと座るティアが口を開いた。会議の間は退屈そうに足をぶらつかせていただけだから久々の発言だ。


「むっ、それもそうだの。迷宮探索は遺跡荒らし、魔物退治も強盗のようなものか」


「それだけじゃないよ。酒場や娼館でも金を踏み倒すのは大抵冒険者だって、むかし娼婦のお姉さんたちに聞いたよ。ボクが冒険者になるって言ったら、すっごく反対されたんだから」


「そういう連中をあたしらと同じ冒険者と言ってもらいたくないね。冒険者が悪事を犯しているんじゃなく、悪党が手頃な隠れ蓑として冒険者を名乗るのさ」


「そういえば、勇者よ。お主が一時連れ回しておった弟子も、元はそんな手合いであったな」


「トリッシュか。食い逃げしたところをとっ捕まえたんだったな」


「……議題も尽きたようですので、私はこれで」


 雑談には付き合う気になれず、カタリナはそっと席を立った。

 そも、カタリナと賢者がこの場にいるのは、オークキングに政治顧問役を是非にと乞われたためである。勇者はその護衛役という名の暇つぶしだ。

 カタリナには賢者のように適切な政治判断を下す知識も知恵もないが、求められたのは聖職者としての見識である。自身の決定が人間の倫理―――つまりは聖心教の決まりや道義に反してはいないか。このオークはそんなことにまで気を回す。


「あ、あの、聖女様。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 声を上げたのはこの場にいるオークキング以外では唯一のオーク、一番である。

 “この場”というのは玉座の間の裏手、控えの間である。オークキングの執務室を兼ねており、実質的にオーク王国の政治が執り行われる場だ。

 そしてオーク達の巣食う迷宮部と人間の女達が居住する後宮部を繋ぐ長廊下への入り口がある部屋でもある。故にオーク達の立ち入りは禁じられていたが、最近になって一番と二番だけが入室を許可されていた。

 とはいえ近衛兵として、協議には口を挟まず、壁際に直立しているのが常である。こうして発言するのは珍しい。


「そ、その、駄目でしょうか?」


 カタリナが目を向けると、一番は大きな身体を小さくした。我知らず視線に険がこもってしまったようだ。


「……はぁ、分かりました」


「あ、ありがとうございます。―――王様、妻をこの場へ呼んでも良いでしょうか?」


「何、マリーが城に来ているのか? おう、呼び呼べ」


「はっ。―――おおーい、マリーっ」


 一番が玉座の間へ向けて呼び掛けた。

 しばしして、二つの間を隔てるビロードがもぞもぞと揺れ動いた。


「えっと、あれ、これ、どうなってるの?」


 悪戦苦闘の末に、王に促されて一番がビロードを持ち上げてやると、ようやくマリーが姿を見せた。


「お邪魔します、お義兄さん、それに皆さんも」


「おう、よく来たな、マリー」


 オークキングが相好を崩す。最近はこの義妹がことのほかお気に入りの様子だ。


「聖女様に改めてお礼を申し上げたくて、本日はお邪魔させて頂きました。―――聖女様、ありがとうございました。お陰様で母はすっかり元気になりました」


「お気になさらないでください。信徒の皆さんを救うのは、私の役目ですから」


 神聖魔法では治せない、どころかむしろ悪化する病気も存在するが、幸いにしてマリーの母親が患っていたのは肺病だ。“治癒”の奇跡を定期的に施すことで、完治させることが出来た。


「お義兄さんも、ありがとうございました」


「別に俺は何もしちゃいないさ」


「母のために聖女様に頭を下げて頼んでくださったと、イチバンさんが」


「別に俺が頼まなくても、聖女は病人を見捨てたりはしないさ。余計なお世話をしただけだ」


 まったくその通り、と思ったがさすがに大人気ない。カタリナは口には出さなかった。


「これ、村で取れる果物で作ったお菓子です。よろしければ、皆さんで」


「お、おい、手作り菓子なんて持ってきたのか? さすがに王様にそれは―――」


 マリーが竹で編んだ大きなバスケットを掲げると、一番が慌てて止めに入る。


「でも、あなただって美味しい美味しいっていつも食べてくれるじゃない」


「そりゃあ、おまえの作る菓子は王国一美味いけどよ」


「だったら良いじゃない。王様って言ったって、あなたのお兄さんなんだし」


「おまえはまた、そういう言い方を―――」


「―――おい、一番。いや、弟よ。せっかくのマリーの気遣いだ、この兄にも少しばかり味見をさせちゃくれないか? お前が独り占めしたい気持ちは分かるがな」


「い、いえ、そ、そのようなつもりは決して、いや、少しはありますがっ」


「―――くっ、はははっ」


 しどろもどろになる一番の姿に、皆が噴き出した。オークキングやメイド達だけでなく、勇者と賢者も一緒だ。


「―――ああ」


 一方でカタリナは覚えず嘆息を漏らす。

 一番とマリーの純愛には、カタリナも感じ入るものがあった。

 衆人環視の中で乙女の証を示そうとしたマリーの真心は―――カタリナ自身も一度仲間のために同じことをしようとしただけに―――、疑いようもない。一番に関しても、オークという魔物を知れば知るほど、“不能”発言にどれほど勇気がいることかは理解出来る。

 しかしオークと人間が仲良く笑い合うこの空間を、果たして神はお許しになるのだろうか?

 神がお目こぼしくださったとして、救世主様は?

 あるいは大陸の過半を支配していたオーク達を駆逐し、人間の楽園を築き上げた“聖人レオンハルト様”は?

 彼の人に聖剣を与え導いた“予言者アニエス様”はどうか?

 

 ―――カタリナの悩みは尽きなかった。



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