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第3話 女主人はオーク王国の内情を語る

「おう、姉ちゃんっ、いい飲みっぷりだなぁ!」


 レオンハルトが酒場へ降りると、どうしたことかすでにトリッシュは男達に混じってエールを煽っていた。


「すごい子だねぇ。お目付け役も大変だ」


 カウンターの空いた席に腰を下ろすと、苦笑いの女主人が言った。

 年若い女店員が、トリッシュの下へ小走りでエールのおかわりを届けにいく。店内は先刻よりも幾分混み合っていた。


「いいえ、私はどうにも世間知らずなもので、お目付け役はむしろ彼女の方なのですよ」


「そっか、お兄さん、聖堂騎士だものねぇ。……何か飲むかい?」


「水を、―――ああ、いや、それじゃあ何かお酒を。あまり強くないものはありますか?」


「ははっ、無理することないよ。井戸水で良いかい?」


「はい、お願いします」


 大振りのカップがカウンターに置かれた。本来はエール用のものだろう。いやに分厚い陶器は、酔った冒険者達に容易く割られないためだろうか。


―――さて、情報収集といって、何と切り出したものか。


 この地は、言うまでもなく敵国である。

 オークに支配された哀れな民は当然救済の対象であるが、町の様子を見るにオークと人間が表立って反目し合っている様子もない。

 思い悩んでいると、女主人の方から水を向けてきた。


「それで? 何か聞きたいことでもあるんじゃないのかい?」


「―――っ、何故それを?」


 図星をさされ、レオンハルトは女主人の顔をまじまじと見つめた。


「そりゃあ、聖堂騎士様が飲み慣れない酒なんかわざわざ注文しようってんだ、何か目的があると思うじゃないのさ。しかしお客さん、えらく正直なお人だねぇ。そこは誤魔化すところじゃないのかい?」


「あっ」


「確かにお目付け役はあっちの子みたいだね」


 自分の馬鹿さ加減に、レオンハルトは頭を抱えた。ちらと背後を伺うと、トリッシュが冷たい視線をこちらへ向けている。


「ふふっ、意地悪が過ぎたね。ここは冒険者のための宿だよ。宿泊費には情報料も込みさ。何だって聞いておくれ」


「そ、そうでしたか。ではっ―――」


 レオンハルトはほっと胸を撫で下ろすや、すぐに勢い込んで聖女カタリナの消息を尋ねかけ、―――自制した。正直だけが正解ではないと、たったいま教えられたばかりだ。


「ええと、……皆さんの暮らし向きはどうです? オークに侵略されて半年ほどが経ちますが、何か困った事など有りませんか?」


「そうだねぇ。……意外なことに、特にないかな。オーク王国―――ソルガムの故地から作物が安く入ってくるようになって、民の暮らしは楽になっているくらいさ。以前から一部の商人は取り引きをしていたらしいんだけどね」


「しかし、オークに支配されているのですよ。例えば、女性を要求されたりは当然するのでしょう?」


「ないねぇ。国を落された直後には、いくつかの村が娘達を生贄に送り込んだらしいけど、それも全部門前払いされたって話さ」


「で、では金銭や食料などは?」


「税に関しちゃ、むしろかなり減額されたよ。元々この国は軍事費がずいぶんと嵩んでいたんだけど、オークの兵は人間よりずいぶん安上がりみたいでね。飯こそ人間以上に食べるけど戦力はそれ以上だし、騎士団みたいに金の掛かる装備も必要ないしさ」


「し、しかし国がオークに支配されているのですよ? ―――そう、少なくとも気分の良いものではないでしょう?」


「そりゃあ、私も女だからね。オークには嫌悪感があるし、恐ろしくもあるよ。ただ“あれ”を見ちまうとね」


「あれ?」


「話くらいは聞いているだろう? 例の異端審問会さ」


「ああ! エルドールまで見に行かれたのですか?」


 エルドール。かつてのエルドランド王国の都である。今はオーク王国の副都とされているらしい。


「こんな宿を営んでいる身としちゃ、勇者様御一行が裁かれるとなれば見逃すわけにはいかないさ。司祭様方が盛んに喧伝もしていたしね」


「それでは、くだんのオークキングを実際に目にされたのですね?」


「ああ。驚いたね。あの日は勇者様方の万一の逃亡を防ぐためってんで、審問を前に城門が閉ざされてたんだけどね。ドゴーンっと轟音が鳴り響いたと思ったら、それがゆっくりと倒れてね。後で聞いた話じゃあ、鉄扉が巨大な拳の形に歪んでいたって言うじゃないか。信じられるかい? 拳一つで城門をこじ開けちまったってことさ」


 女主人が芝居がかった口調で言う。おそらくこの酒場で何度となく披露してきた話なのだろう。


「その後も圧巻でね。大陸最強の呼び声高いエルドランドの騎士団を軽くひねっちまって。私は大通り沿いのお店に逃げ込ませてもらっていたんだけど、ぎゅーぎゅー詰めの店内でみんな息を殺してね。少しでも物音を立てたら、あの化け物がこっちに来るんじゃないかって。店の前を通りかかったときには生きた心地もしなかったね」


「そうでしょうね。聞くだに恐ろしい魔物です」


「でもね、その恐ろしい魔物が王子の一言で止まっちまうんだ。“勇者と聖女の命が惜しくないのか”ってね」


「聞き及んでおりますが、……本当なのですか、その話は?」


「初めは私も周りのみんなも、目を疑ったさ。そして、助かったと思った。早くその化け物を殺してくれってね。ところがね、当たり前だけどオークキングってのはしぶとくてねぇ。ぜんぜん死なないのさ」


 女主人は身振り手振りを交えながら、情感たっぷりに語る。


「全身に矢を受けて針ねずみにされても、炎でこんがり焼かれてもね。いくら相手は魔物といっても、生きたまま四半鐘(15分)もいたぶられているのを見るとね。たぶん私だけじゃなくあの場にいた皆が、内心じゃもう許してやれって思ってただろうね。そして、実際に声を上げたのが聖女様さ」


「―――っ」


 グランレイズにも伝わっている話だ。聖女カタリナの背信という世迷言が囁かれる原因の一つだ。

 それから女主人は、賢者の魔術で拘束を逃れた勇者とオークキングの戦いぶりを熱っぽく語った。自国の―――かつての―――騎士団長にして王子は、すっかり敵役の扱いだ。


「つまるところ、この国の人間はオークキングを王として認めていると?」


「そうはっきり聞かれると、答えに困るけどねぇ。魔物とはいえ、悪い奴じゃないんじゃないか。そんな風に思い始めている者も少なくないのさ。何せ聖女様もお庇いになったことだし」


「……それで、その聖女様ですが、今はいずこに?」


 レオンハルトはようやく聞きたかった質問を口にした。


「勇者様御一行かい? オークキングの居城で暮らしているって話だね」


「や、やはり囚われの身ということですかっ?」


「囚われ、と言うのともちょっと違うみたいだけどねぇ。ついこの間も、旧エルドランド領の南方にオーガの一団が現れたんだけど、勇者様達が退治したって話だよ。遅れてやって来たオーク兵達は、ぺこぺこ頭を下げていたらしいね。他にも賢者様が人間の不正役人の悪事を暴いたとか、聖女様が間違った教義を説いた司祭様を論破した、なんて話も聞くね」


「そう、ですか」


 いかにもカタリナらしい話だし、他の出来事も勇者一行に相応しい振舞いと言える。しかしそれなら何故、オークキングをいまだ放置しているのか。


「もしかしたら、あの噂が的を射ていたりするのかねぇ」


「噂?」


「ああ。勇者様御一行はオークキングの女になったって噂さ」


「なっ。それは―――」


 聞き捨てなりません、と思わず立ち上がり掛けたところで、ばんっと乱暴に肩に腕を回された。


「おうっ、飲んでるかぁ、レオっ?」


 呂律が回らない声でトリッシュが言い、しな垂れかかってくる。


「あらあら、やっぱりお目付け役は聖堂騎士さんの方かね?」


「ははは、どうですかね」


 女主人は苦笑交じりに言い、レオンハルトは曖昧に肯き返した。カウンターの下で思い切り踏み付けられた足の痛みに耐えながら。


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