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幕間・不法異種交遊 後編 二組の兄妹は王の御前に立つ

 ―――突然のことだった。


 近衛全員―――自分と妹を抜かした十八人のハイオーク―――に取り囲まれ、“一番”は捕らえられた。

 王を除けば最速を誇る一番の足なら、囲みを破って逃げることも不可能ではなかった。しかし抗わず、縛に就いた。

 近衛兵が組織立って動く以上、王の命令があったということだ。であるなら、抗うつもりはない。


「出ろっ」


 半日ほど牢に入れられ、その後に引き立てられたのは予想通り玉座の間だった。

 この場所で一番を打ち倒し、新たな一番に取って代わったのはつい先日のことだ。


「おう、来たか」


 玉座に座すのは、当然王である。近衛兵もずらりと勢揃いしている。やはり妹を除いて。

 三番と四番が頭を抑えつけに来たが、ひょいとかわして自らこうべを垂れた。こうして罪人として王の前に引き出された以上、無理強いなどされなくとも平伏する。


 ―――オークには、偉大な王を戴いた伝説がある。


 今代の王が廃止した掟を定めた、初代のオークキングである。

 今では人間の小国が林立する大陸南方の全てを支配下に治め、北はロンガム河を超えて大陸中央にまで進出を果たし、南は魔界の過半をほしいままとした。オークの全盛期を築き上げたまさに英雄である。


―――しかし今代の王は、その初代をも上回る。


 ドラゴンが尻尾を巻いて逃げ出す武力は間違いなく歴代最強であり、初代は家畜同然に扱うことしかしなかった人間を体制に組み入れる度量と知恵がある。

 この王を前にして、首を垂れないオークなどいない。


「実はな、一番。妙な話を耳に挟んだ」


「……」


 ひれ伏したまま、王の次の言葉を待つ。


「お前が、人間の女を手籠めにしたって話だ。―――まさかとは思うが、近衛のお前が掟を破ったのか?」


「いっ、いいえっ。オレ、―――ワタシは、決して王様の定めた掟を破るようなことはしておりませんっ!」


「ほう。では、お前が人間の女を連れ回していたというのは、三番の見間違いか?」


「間違いありませんっ! 他にも目にした者はたくさんおりますっ!」


 三番が声を荒げた。

 先日まで一番だった男だ。自分に敗れて二番に落ち、続けて妹にも敗れて三番となっている。実力は確かで、自分はともかく妹は連戦でなければ勝てなかったかもしれない。


「こう言っているが?」


「共に出歩いていたのは事実です。ですが、誓ってマリーを手籠めになどしておりません!」


「マリー? その女の名か? 人間の女の名をオークであるお前が覚えたのか? 詳しく話せ、一番」


「はっ。ワタシがマリー、そして彼女の兄のトマと出会ったのは―――」


 一番は隠し立てせず語った。

 魔物の森での兄妹との出会い。母親の薬のために頻繁に会うようになったこと。当たり前に家に招かれ、人間の食事を振る舞われたこと。そして最近では、薬の必要が無くとも会いに行ってしまうこと。会いに来てくれること。


「嘘をつくんじゃねえっ。人間の女なんて力尽くで従わせるもんだろうがっ。犯りもしねえで、薬を取りに行ってやっただぁ? 犯りもしねえのに会いに行くだぁ? そんなまぬけな話があるかっ」


「―――少し黙れ」


「もっ、申し訳ありません」


 がなる三番を、王がひと睨みする。

 長く一番に君臨し続けたこのオークは、すでに二十年は生きていた。つまりは古い掟の時代―――人間の女をさらい犯していた頃を知っている。

 自分と妹は成長が他のオークよりも遅かったこともあって、見聞きこそすれその行為に参加することはなかった。


「とはいえ俺も疑問だな。何だってたまたま出会っただけの人間の女に、そこまでしてやる?」


「それはその、つまり、ワタシは彼女を愛おしく思っております」


「愛おしく、ときたか。オークの口からそんな言葉を聞くとはな。……それでも、掟は破っていないと?」


「はい」


「とても信じられねえな。オークが性欲抜きで女に惚れるだなんてよ」


「そ、それは―――」


「―――陛下っ! 私が、私が無罪を証明いたしますっ」


 玉座の間に声が響いた。

 強く張り上げながらもどこか可愛らしいその声は、オークのものでは有り得ない。


「マリー、どうしてここに?」


「王様の命令でね。アタイが迎えに行ってきたのさ」


 答えたのは、人間の少女と共に玉座に踏み込んだ妹だった。トマの姿もある。

 そして王の客人―――人間の勇者、賢者、聖女が寄り添っていた。近衛のハイオーク達に緊張が走る。


「マリーにトマだったな。楽にしろ、と言っても難しいだろうが、何かあってもそこの三人が守ってくれるから安心しろ。この城のオークが束になっても敵わねえ凄腕だ。俺とも一勝一敗だしな」


「へっ、よく言うぜ。あれだけ手を抜いておいて」


 勇者は不遜な口振りながら、王の強さへの敬意をのぞかせた。


「さて、マリー。まずはお前の口からも聞かせてもらいたい、お前と一番の関係を」


「一番? ―――あっ、ついに一番になったんですね、サンバンさんっ! おめでとうっ! もうっ、ゴバンさんも教えてくれたらよかったのに」


「ふふっ、アニキもアンタの驚く顔を見たいだろうと思ってね。ちなみにアタイも―――」


 妹が胸帯に付けたしるしを示す。


「ああっ、二番になってる。すごいすごいっ、本当に兄妹でイチバンさんとニバンさんになったんだねっ!」


「お、おい、マリー、それにニバンさんも、陛下の御前ですよ。陛下、妹達が大変失礼をいたしました」


 一番が言いたかったことを、トマが代わりに言ってくれた。マリーの頭と、ついでに二番の肩を掴んで、ぐぐっとお辞儀もさせる。

 当然人間が力尽くでハイオークに頭を下げさせるなど不可能だが、二番は大人しく従っていた。


「ほら、マリー。陛下はお前とサンバ―――、イチバンさんのご関係をお聞きだ」


「失礼しました、陛下。私とイチバンさんはですね、まだお友達です。確かにその、たまに二人っきりで良い感じの雰囲気になることはありますけど、イチバンさんは掟を破るような事はしていません。とっても陛下のことを敬愛していらっしゃいますから」


「ははっ、ずいぶんと正直な娘だ。それでマリー、一番の無罪を証明すると言っていたな。いったいどうやってそんなことを?」


「そ、その、私は、―――まだ乙女です。ですから、あ、あそこを、調べて頂ければ」


 マリーが真っ赤な顔で言う。

 何故か隣に並んだ聖女までが、同じくらい頬を赤らめていた。


「ぬっ、脱ぎますっ!」


 王の返答も待たず、マリーが服に手を掛けた。


「ま、待て! そんなことをする必要はないっ! オレが話す!」


「で、でもイチバンさん。“それ”はオークとして絶対みんなに知られるわけにはいかないって。だから私が―――」


「―――王様、正直に申し上げますっ。ワタシは一度、いえ一度ならず何度となく、掟破りの誘惑に駆られましたっ!」


 マリーにそれ以上言わせず、一番は叫ぶ。


「ほう、いい度胸じゃねえか」


「しっ、しかしっ、ワタシは、その、ワタシのモノはっ、立ちませんでしたっ!」


「…………」


 一瞬の静寂の後、玉座の間がどっと笑いに包まれた。

 笑われるのは覚悟の上だ。オークにとって、性欲の強さは種としての誇りそのものと言っても過言ではない。


「―――静かに」


 しかし王は苦笑一つ漏らさず、威厳溢れる声で場を制す。喧騒はぴたりと静まった。


「……あー、お前、もしかして俺の兄貴だか弟か?」


「はっ、はいっ! 王様と同じ腹から生まれた、弟でございます」


「おう、それも同腹か。すると、そっちのお前、二番は俺の妹か」


「はいっ」


 オーク同士の交配では一度に十人前後の子が産まれるが、王と同腹の兄妹で生き残ったのは二人だけだった。

 膨大な食事を必要とするオークキングの赤子―――王のために、他の子にはほとんど乳が与えられなかったためだ。一番と二番がハイオークの中ではかなり小柄なのも、当時の栄養状態が悪かったためだろう。

 王のために捧げたのだと思えば、小さな身体は二人にとって誇りだった。


「俺と同腹の兄弟達は、皆死んじまったのかと思っていたぜ。ガキの頃も、会うことはなかったよな?」


「はっ。雄のワタシは言うまでも無く、妹も身体が小さいので妃には不適とされて王宮を出されました。そのため、当時はお会いする機会は得られませんでした」


「そうか」


 王は一番と二番を見つめて小さく頷き、もう一度、今度は大きく頷いた。


「そうか。オークでも性欲と無関係に他者を愛し得るのか。いや、当然か。親父からの俺への愛情だって、別に偽りじゃなかった。そうだ、人間にだって外道がいるんだ、オークにだって―――」


 王がぶつぶつと何事か言いながら、物思いにふけり始める。


「―――おっと、すまねえな。今回の件は一番の無罪が証明されたものとする。ほら、解散だ」


 やがて皆の視線に気付いた王は、至極あっさりと口にした。

 納得のいかない顔の三番達をしっしと手で追い払うようにしながら、一番へ目を向ける。


「ちゃんとマリーを家まで送ってやるんだぞ、弟」


「はっ、もちろんですっ!」


 玉座へ背を向けると、安堵した顔のマリーが跳び付いて来た。


「……まったく、俺はどうしようもないな」


 小さな体を抱き留めた一番の耳に、王のそんな呟きが聞こえた。


 三日後、掟の特例が発布された。

 “異種族側からの申請があり、王がそれを認めた場合に限り、申請者との子作りを認める”というものだ。

 玉座の間に招かれたマリーと一番はその場で申請を行い、特例の第一号となった。アレが立たない一番には形式だけのことだが、王の心尽くしがただただ嬉しい。


「こちら、祝いの品です」


 帰り際に三人のメイド達が寄ってきて、マリーに怪しげな液体の満ちた小瓶を渡していた。


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