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第4話 オークキングは燃える

「くそっ、剣じゃ仕留めきれそうにない。賢者様っ、聖女様っ、仕方ない、ここは作戦通りに!」


 時間稼ぎをはかる王の思惑を読んだのか、赤髪が叫ぶ。


「うむ。――――――。―――――――――――。――――――」


 先刻は無詠唱で連続して魔術を行使した魔女っ娘が、長い長い詠唱を始める。

 魔術言語によって構成される呪文が魔術の設計図のようなものだということは、さすがにオークであっても知っている。熟練した術者は簡単な魔術なら一々設計図など引かずに頭の中で一瞬で組み上げ、詠唱を簡略化したり省いて発動させることが出来る。まったくの無詠唱で三つの魔術―――それも召喚のような複雑な術を含む―――を連続して発動させた魔女っ娘は、ケイの言う通り大陸でも有数の上級魔術師だろう。その少女が今度は長々と呪文を唱えている。その威力のほどは推して知るべしだ。

 しかし今も王をこの場に釘付けにするために剣を振るい続けている赤髪の冒険者を避けて、それほど高威力の魔術を王にだけ正確に当てることなど出来るのか。


「勇者様、私が必ず癒して見せます。―――――。―――――――――。――――」


 神官の女も詠唱を始めた。


「……まさか、相打ち狙いか!?」


「オークは炎の魔法に弱いんだろう? 我慢比べといこうじゃないかっ!」


 攻撃の手を緩めず、赤髪が宣言する。

 魔女っ娘が赤髪も諸共に炎の魔術をぶっ放し、神官が即座に赤髪に回復の神聖魔法を施すつもりだろう。高位の神聖魔法の使い手ともなれば、癒せないのは死人だけと言われている。


「ちっ。―――さすがケイ」


 王は遠巻きに見物する女達にちらと目を走らせ、ほっと胸を撫で下ろした。魔女っ娘と王を結ぶ射線上だけ初めから人垣が割れている。ケイの指示だろう。憂いなく、視線を赤髪に戻す。


「俺を焼き尽くすほどの炎となると、余波を受けるお前は即死しかねないぞ」


「聖女様の回復は完璧だ。八割方あたしは助かるが、お前はどうかな?」


 そこで赤髪はぱっと攻撃の手を止め、大きく息を吸って剣と手甲で顔面を覆った。

 魔女っ娘の全身を覆っていた光が、杖の先に集約していた。いよいよ、強力な魔術が放たれようとしているようだ。赤髪は顔面を守り、息も止めて気道が焼き尽くされるのを防ごうという構えだ。それで八割方即死を免れるということなのだろう。逆に言えば、二割は死ぬということだ。


―――痛いだろうな、嫌だなぁ。


 胸中でぼやくも、他に手も思いつかない。王は意を決して駆け出した。逃げるのではなく、魔女っ娘の方へ向かって真っすぐに。


「なっ、待て!」


 背後で赤髪の声がするが、無視して走る。


「――――。―――――――。――――――――――」


 猪突猛進する王に集中でも乱してくれれば僥倖というものだが、魔女っ娘の紡ぎ出す呪文に澱みはない。そして魔女っ娘まであと三歩という距離まで迫ったところで―――


「“三十六重火焔砲”」


 杖の先から灼熱の業火が放出された。王は両手を広げて炎を余さず受け止める。それは単純な炎ではなく幾度かの爆発を伴い、時に圧縮して高密度の火球を形成した。

 そうして高熱に曝されること時間にして十秒か二十秒か。王には永遠に思えるほどの時が過ぎ、迸る業火が途絶えた。


「……ふぅ。ふむ、存外しっかりと形が残りおったな」


 魔女っ娘が杖を下ろし息を吐く。同時に神官の女も発動を前に詠唱を切り上げた。至近距離で王が炎を受け切ったため、赤髪が余波に巻き込まれることもなく、回復魔法の必要もないのだろう。


「ははっ、ポークソテーならぬオークソテーの出来上がりだ。さあて、斬り分けるとするか」


 赤髪は王に確実に止めを刺そうと、背後から歩み寄る。


「い、いやあぁっっーーー!!」


 クローリスとティアの慟哭が聞こえた。王が死んで嘆く者などせいぜいメイドを務める三人くらいのものだろうと思っていたが,悲鳴はそれだけに留まらず、方々から絶え間なく上がった。


「ちっ、本当に慕われてやがったんだな、この豚野郎は。邪魔が入る間にとっとやっちまうとするか」


 ついに王のすぐ隣にまで辿り着いた赤髪が、無防備に剣を大上段に掲げる。それが振り下ろされる直前、王は動いた。


「なっ」


 今度こそ正確に脾腹を打ち抜かれ、赤髪がその場に崩れる。


「むっ」


「きゃあっ」


 続いて、やはり無警戒に近寄ってきていた魔女っ娘と神官の細首を王はむんずと両手に握り込んだ。


「むむっ、何故あれを喰らって動ける?」


 文字通り王の右手に命運を握られながら、魔女っ娘が恐れた様子もなく問う。

 もう一方、左手に納まっている神官の方はと言えば、青い顔でぶつぶつと何か繰り言を囁いている。詠唱の類ではなく神への祈りか何かのようなので、ひとまず放って置く。


「逆に聞くけどな、オークがどうして炎の魔術に弱いなんて思う? 魔術でおこそうが炎は炎だろう。分厚い筋肉と脂肪に覆われたオークが人間よりも炎に弱いなんてことがあると思うのか?」


「むっ、言われてみれば確かに理屈が通らんな。いやしかし、魔術書や冒険の手引き書にも書かれておるし、実際に下級の炎の魔術に逃げ惑うオークの姿を見たことがあるぞ」


「そりゃあオークは火にあまり慣れていないし、魔術はそれ以上に未知のもんだからな。獣が火を恐れるのと一緒だ。火を大袈裟に恐れるからと言って、人より獣の方が火傷に弱いってことにゃならんだろう?」


「むむ。……まさかオークに諭される日が来ようとはな」


「納得いったか。腕が立つとはいえ肉体的には人間の女でしかないこの女が、余波とはいえ即死を免れ得るような炎で、この俺の体がどうこうなるわけないだろう」


「なるほどな」


 魔女っ娘は王の右手を邪魔臭そうにしながらも、感心した様子でうんうんと幾度も首肯する。戦闘中も重たげだった目蓋を見開き、ひどく興奮した様子だ。

 とはいえ、王の発言の半分は強がりだった。体の前面がほぼ全域に渡って火傷―――と言うよりも焦げに覆われ、ぷすぷすと肉の焼ける香ばしい香りが辺りに漂っている。臭いは、やはり豚肉のそれに近かった。オークの身体を得て10年、炎の魔術に焼かれた事はこれまでにも何度かあるが、自分で自分に食欲を覚えたのはさすがに初めてだ。それだけ絶妙で深刻な火の通り具合ということだ。

 視界の端ではクローリスとケイが神聖魔法の使い手に召集を掛けている。左手に握り込んだ聖女と呼ばれる神官ほど高位ではないが、この後宮にも神聖魔法を使える者は何人かいる。神官か、そうでなくても敬虔な人間であるからオークに対する嫌悪感は人一倍強いが、クローリス達に頼まれれば回復魔法の一つや二つ行使してくれる。この後宮での暮らしがまともに成り立っているのはメイド達三人、特にクローリスの働きに依るところが大きいのだ。


「……もう一つ尋ねて良いか? 何だって魔術発動の間際に私の方へと駆けてきおった? 確かにお主はオーク離れした俊足だが、間に合うとでも思ったか?」


「―――そんなの、この女を守るために決まっているじゃないっ」


 王が答えるまでもなく、いつの間にか側まで寄って来ていたティアが地に伏した赤髪を指差し叫ぶ。


「やはりそういうことか。―――ふむ、何にせよ勉強になった。礼を言うぞ、オークの王よ。次はもっと強力な魔術を使うとしよう」


 魔女っ娘は怖いことを言うと、あとは好きにしろとばかりにすっと目を閉じた。こちらに殺す気がないことを見透かした顔だ。

 王は両手の人差し指と親指の腹にほんのわずかに力を込め、すぐに緩めた。


「……きゅう」


 一瞬脳への血流を遮断された魔女っ娘と神官は、喉を小さく鳴らして意識を失った。



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