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第38話 オークキングは飛翔する

「オークだ。オークだぞ」


「いやね、汚らわしい」


「なんだって王都にオークが」


「まさか、聖女様達がオークと通じていたというのは本当なのか?」


 広場に集まった人々は、オークキングの姿を見ても存外冷静にひそひそと囁き合うばかりだった。

 これがグランレイズの市街であれば大騒動になるところだが、魔物被害に慣れた南方諸国の人間にしてみればそんなものなのかもしれない。

 並みのオークより二回りも大きなオークキングの巨体も、比較対象もない遠目には然して目立つものではなく、平凡な魔物が現れただけにしか思われないのだろう。異端審問の警備のために少なくない兵が集まっている現状では、オーク一頭程度は脅威足り得ないと言ったところか。


「哨戒に出した者達はいったい何をしていたのだ!? このような時にオークの乱入を許すとはっ。―――司教様方、ご安心ください。すぐに兵に退治させます」


 むしろ台上で司教に取り繕っているテリーを筆頭に、周囲を固める騎士達や台下に列席している貴族連中の方が狼狽した様子だった。


「……そりゃあ、馬よりも速く走れて足止めのしようもねえ化け物が相手じゃあ、いくら兵に見回らせたところで意味はねえわなぁ」


 アシュレイは同情混じりに呟くと、聖女の耳元に口を寄せる。


「聖女様、あの野郎が注目を集めている今のうちに、肉体強化の奇跡を頼む」


「……それは構いませんが、強化しても力尽くでこの枷は壊せませんよ。何度も試したではないですか」


「わかってるって。せっかくだからあいつの暴れっぷりを見逃さないようにな」


「んー」


「賢者様も頼むって」


「分かりました」


 聖女は小声で二度詠唱を繰り返した。


「おっ、これこれ」


 うすぼんやりとしていた緑の巨体が、ごつごつとした筋肉質の肉感まで捉えられるようになる。

 本当なら賢者に遠見の魔法を掛けてもらいたといところだが、元々目の良いアシュレイにはこれで十分だ。賢者は―――当然本の読み過ぎで視力が悪い―――、眠そうな目をさらに細めている。


「こそこそと何をしているのです」


 兵に指示を終えたテリーがつかつかと歩み寄って来た。


「べっつに何も? あたしらに構っている暇なんてないんじゃねえのか?」


「何を大袈裟な。オーク一頭程度、すぐに片が付く問題です」


 テリーが冷ややかな視線を向けた先で、 十人程の兵がオークキングの下へと駆けていく。

 騎士団と比べるといくらか無骨な装備は、通常の歩兵ということなのだろう。とはいえ魔物との争いが常のお国柄、動作はきびきびとして如何にも古強者といった様子だ。

 その精兵達が隊列を組んでオークキングに槍を向け、―――そして一撃ではね飛ばされた。


「は?」


 テリーがあんぐりと口を開ける。


「……あれが噂の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)か」


 オークキングの手にはあるのは、身の丈を超えるような大剣でもなければ、柄に竜頭の装飾をあしらった宝剣でもない。どこにでも転がっているようなただの丸太ん棒だ。

 ありふれた建材は、化け物離れした化け物が手にすると途端に竜殺しの―――本人に言わせれば追い払っただけらしいが―――業物へと成り上がった。

 小枝でも振るうように軽々と横薙ぎにされた丸太は、十人の兵をひとまとめに吹き飛ばしたのだ。

 あのオークキングのことだから力加減はしているだろうが、出会い頭に馬車にでもはねられたようなものだ。地面に転がった兵達は衝撃に立ち上がる素振りもなく、遠く傍観する民たちは何が起こったのか理解が追い付かない様子だった。


「き、貴様っ、あれが何か知っているのかっ!?」


「―――しっかし、あいつは何だってさっきからあそこを動かねえんだ?」


 テリーが詰め寄ってくるも、アシュレイは黙殺して疑問を口にする。

 オークキングは鉄扉の代わりに城壁の下にたたずんだまま、一歩も足を前へ進めていない。


「んーーんん、んんん」


「ああ、なるほどね。相変わらずお優しいこって」


 賢者の“大通りを民に塞がれて、どうしていいか困っているのだろう”という台詞に、アシュレイは首肯した。


「あいつにとっちゃ兵よりも住民の壁こそが強敵ってわけか。まったく、呆れた化け物だぜ。―――仕方ねえ、協力してやるか」


 アシュレイは思い切り息を吸うと、人々へ向けて奇跡で強化された大声を放つ。


「みんなっ、すぐにこの場を離れろっ! あの巨体はただのオークじゃねえ! ハイオークでもねえっ! ソルガム王国をたった一頭で陥落させた、オークキングだっ!」


「オっ、オークキングっ!」


「お、おいっ! 勇者様の言われる通りだっ! あのオーク、たしかにでかいぞっ!」


「さ、さっきのありゃあ、兵士たちがまとめてぶっ飛ばされたってことか!?」


 不安が十二分に伝播したところで、アシュレイは止めの台詞を放つ。


「わかったなら、さっさと逃げろ! ―――男は肉ミンチに、女は肉奴隷にされちまうぞっ!!」


「―――っ」


 わっと、蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ惑う。

 押し合い圧し合い脇道へと雪崩れ込む者もいれば、大通り沿いの店舗や屋敷に押し入る者もいる。司教や騎士団の目があるせいか、大混乱をきたしてはいるが幸いにして怪我人が出るような事態は発生していない。


「あ、あれがオークキングというのは本当のことなのか!?」


 騒乱を尻目に、テリーが再び詰め寄って来た。今度は無視せず答えてやる。


「おう。お前もさっさと逃げ出した方がお利口なんじゃねえか?」


「―――くくっ、ふはっ、はははっ!」


「な、なんだ? とうとうおかしくなったか?」


「ふははっ、これが笑わずにいられようかっ? 我が名声を高めてくれる獲物が、わざわざ単身乗り込んできてくれたのだぞっ! オークキングを討ったとなれば、我が武名はあの忌々しき従姉達を凌ごう! いや、それだけではないっ! ソルガムの故地を併合すれば、我が国は南方諸国に並ぶものの無い大国となるっ!」


 テリーはもう一度哄笑すると、騎士団と歩兵に指示を飛ばし始める。

 癪だが、水際立った手際だ。

 騎士団は直ちに騎乗させ、人混みの去った柵の外へ出した。歩兵は柵を楯として槍を構える隊、大通り沿いの建物に登って弓を使う隊、脇道を封鎖する隊、そしてアシュレイ達を囲む隊に分かれた。


「武名がどうのと言っておきながら、自分は戦わねえのかよ」


「将の武名は、蛮勇を発揮して得るものではないっ。この私は、あの愚かな従姉とは違うのだっ。―――さあっ、我が騎士達よっ、悪しき魔物を蹂躙せよっ!」


 自身は兵と柵に囲まれた台上に残るテリーを煽るも、かえって逆効果だったようだ。

 テリーの号令一下、のっしのっしとこちらへ向けて歩み始めていたオークキングへ向けて騎士団が突撃を敢行した。

 馬鎧と板金鎧で全身を固めた重装騎士は、一騎一騎がオークキングにも劣らぬ威容を誇っている。それが二百騎、大通りの道幅一杯を埋め尽くしながら駆ける。逃げ場はない。


―――さすがにこれは。


 ここに到って、アシュレイの胸中ににわかに不安が広がった。

 隊列を組んで突撃する重装騎士団は、鋼鉄を纏った巨大な獣のようなものだ。強大で暴力的な質量を前に、あのオークキングと言えど抗う術があるのか。

 アシュレイの心配を余所に、オークキングものんびりとしていた足を速めた。体格からは想像もつかない俊足で、瞬く間に距離が詰まる。

 そして大通りの中心で、一頭の化け物と一塊いっかいの鋼鉄がぶつか―――らなかった。


「おおうっ、マジかよっ。豚が飛びやがった」


 オークキングの身体能力は理解しているつもりのアシュレイをして、さすがに驚愕した。

 激突の直前、オークキングは手にした丸太を地面に突き立てると、それを支柱に高々と十ワンド(10m)あまりも跳躍していた。

 そのまま空中で騎士団をやり過ごし、再び地面に降り立つと、―――あとは赤子の手を捻るようなものだった。


「ば、馬鹿な」


 道幅一杯に隊列を組んでいただけに騎士団は方向転換もままならず、後ろを取られたまま追い撃ちに討たれていく。

 オークキングの丸太の一振りで―――むしろ一撫でとでも言うべき気遣いに満ちた攻撃で―――五人、十人が一度に馬上から姿を消していった。

 二百騎が、馬二百頭と地面にうずくまる二百人へと変るまでに然して時間はかからなかった。


「……圧倒的じゃねえか。ったく、心配するのが馬鹿らしくなるぜ」


「んー?」


「べ、別にあいつのことなんか心配してねえよっ。あいつがやられちまったら、あたしらも困るだろう。そっちの心配だっ」


「……勇者様、まさか」


「まさかって何だよ、聖女様。賢者様も、その目付きは何だっ!?」


 お気楽な会話が繰り広げられるが、当然それはアシュレイ達に限った話だ。


「―――ひ、ひいっ!」


 台の周辺で誰からともなく悲鳴が上がる。

 騎士団を片付けたオークキングが、再びのっしのっしと近付いて来ていた。

 通り沿いの建物の上から盛んに矢が射立てられるが、右手に持った丸太を盾に、あるいは化け物離れした反応速度で平然と掴み取り、投げ捨てている。


「テ、テリーっ! 何とかせんかっ!」


 台下の貴賓席から叱責が飛んだ。

 その口調からしても、席次からしても、最も身分の高い王侯貴族―――つまりは王なのだろう。


「はっ、はいっ、わ、わかっております。…………そうだ!」


 父王に責められたテリーの顔色が曇り、そして晴れた。


「オークキングは善人だ、などと言う貴様らの世迷言を信じてみるとしよう」


「―――っ。おいおい、さすがにこれは外聞が悪過ぎるんじゃねえか? エルドランドの王子様よぅ」


「オークの王よっ! 足を止めっ、武器を捨てよっ! 偽りの勇者と聖女の命、惜しくはないのかっ!」


 追い詰められたテリーは、アシュレイの言葉に耳を貸すことなく叫ぶ。抜き放った細剣の切っ先は、アシュレイの喉元に突き付けられていた。



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