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第35話 オークキングは日常生活に戻る

「食らえっ!」


「ぶひっ! やりやがったな」


 ハイオーク二頭が、玉座を前に暴れまわる。

 王は頬杖を突いてそれを見守っていた。


「はぁっ!」


「ぬぐぅ」


 一方が振るった棍棒が、もう一方の肩口を強かに打った。

 打たれたオークがうずくまり、打ったオークが油断なく構え直したところで、王は口を開く。


「―――そこまで」


「おおおおーーーー! キュウバンが勝ちやがった!」


 二頭を取り囲むように居並んでいたオーク達が喚声を上げた。

 定期的に行っている近衛兵の入隊および昇格試験だ。

 近衛兵は二十頭と定めており、実力順に一番から二十番までを名乗らせている。試験で近衛兵に勝てばその番号を奪って入隊が許可され、近衛兵同士でも上位番号への挑戦を認めていた。

 玉座の間に集まっているのは、現役の近衛二十頭を含む四十頭前後のオーク達だ。

 いつもならこの倍は集まるところだが、人間の―――勇者や賢者の―――暴れ振りを知って、気後れした者が多いのかもしれない。


「―――よし。九番はこれより三番を名乗れっ」


「はっ」


 新たに三番となったハイオークは、ぴしっと直立して答える。

 ハイオークにしてはいくらか小柄だが、頭の出来はオークにしては悪くなさそうだ。


「三番だったものは四番に降格だ。四番だった者は五番に―――」


 オーク達の中にはいまいち番号というものを正しく理解出来ていない者もいる。王は以下九番までの降格を順繰りに伝えていった。

 言われた近衛兵達は数字の記された肩章ならぬ腰章を交換していく。オークの雄は腰巻一丁であるから、他に付ける場所がないのだ。近衛兵には紅一点の雌オークがいて、彼女だけは胸帯に付けていた。

 先刻の試験で四番に昇格したばかりだったその雌オークは、悔しそうに五番の証を付け直している。雌だけあって三番よりもさらに小柄だ。


「入隊を望む者、昇格を望む者はもういないか? ―――よし、では最後の仕上げだ」


 王は玉座より腰を上げ、ベルトに差した棍棒を抜きながら部屋の中央まで進み出た。

 必然、王を取り囲む格好になったオーク達―――試験に集まるようなのは皆、ハイオークだ―――が、棍棒を手に身構える。


「いつでも良いぜ。かかってきな」


 試験の仕上げ、王自らによる近衛兵とその志望者達の腕試しだ。

 王の実力を知るオーク達はそれぞれに牽制し合うばかりで、すぐには向かって来ない。


「……」


「―――っ、おおおおっっ!!」


 やがて“三番”が雄叫びを上げて飛び掛かってきたのを切っ掛けに、他のハイオーク達も動き出した。

 王は突っ込んで来た三番の棍棒を躱すと同時に足を引っかけて転ばすと、棍棒を振るいながら玉座の間を縦横無尽に駆け回った。

 手首を狙って軽く、あるいは肉の厚い肩口などを狙ってほんの少し強めに打ち込んでいく。四十回それを繰り返すと、ハイオーク達は残らず棍棒を取り落とすこととなった。


「つ、強すぎる」


 初めに転ばした三番がようやく起き上がって呆然と呟いた。

 オーク達に力を見せつけ、命令に逆らう気など微塵も抱かせないようにするのが腕試しの一番の目的だ。王は結果に満足し、玉座の間を後にした。


「お疲れ様です、ご主人様」


「何言ってるの、ケイ。ご主人様はちっとも疲れてなんていないでしょ。さっすが、ご主人様」


 控えの間へ抜けると、ケイが恭しく、ティアが元気一杯に一礼した。

 二人が仕切りのビロードの陰から覗いていたのは、オークキングの優れた嗅覚と聴覚で気付いていた。


「そうでもない。新しい三番の奴はなかなか勢いがあったし、同じハイオークと言ってもそれぞれに頑丈さは違うからな。けっこう気を遣った」


「それってやり過ぎないよう力加減するのに、気疲れしたってことでしょ。もう、ご主人様ったらやっぱり無敵なんだから」


「ちょっと前に勇者に負けたけどな」


「あれは無しっ。三人掛かりだったし、薬なんか使ったりしてずるいもん」


 王はティアの言葉を、笑って受け流した。

 ずるいというならこのオークキングの肉体こそ大概だろう。

 賢者によれば、魔物の肉体は血管や筋繊維に沿って魔力が流れているものらしい。それが自然に生命活動や運動機能を強化したり、予め肉体に刻み込まれた術式を作動させる。

 例えばドラゴンの翼は体躯と比してあまりに貧弱だ。あるいはペガサスだ。走るという行為に特化したサラブレッドの体格に、そのまま鳥類の翼を生やしただけの生き物である。そんな生物―――魔物が飛行出来る理由が、翼に刻まれた術式なのだという。

 一方でオークは、肉体に特殊な術式は持たず、魔力による幾ばくかの補正を受けるのみである。賢者に言わせれば聖女の神聖魔法ほどの効果もなく、素の筋力を一割か二割底上げする程度のものらしい。

 しかしオークキングの全身は筋肉の塊のようなものだ。その肉体をしつこく調べ上げた賢者によると、体長に大きな違いのないハイオークと比しても筋重量は二倍に達するという。人間であれば、仮に比較対象が筋骨隆々とした巨漢であっても十倍を優に超える筋量となる。本来なら戦いにすらならないほどの差があるのだ。


「しかし珍しいですね、ご主人様がオーク達の身を案じるなど」


 後宮へと続く廊下に出たところで、ケイが言った。

 オーク達に万が一にも聞かれないように配慮したのだろう。


「そこらのオークはどうなっても構いやしないけど、近衛の連中はようやくいくらかましに育ってきたところだからな。そろそろ単に潰しちまうのももったいないと思ってな」


 現役の近衛や経験者達には、最低限の礼節を教え込んでいる。


「なるほど。考えが至りませんでした、さすがはご主人様です」


 ティアもケイも、些細なことで王を持ち上げにくる。

 勇者達が後宮を去ってから半月が経過し、メイド達の機嫌もすっかり直っていた。

 言うこと為すこと全肯定してくれる―――媚薬の件に関してだけは別だが―――彼女達に囲まれていると、少々勇者たちが懐かしくも感じられる王であった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 屋上庭園では、クローリスが三つ指をついて出迎えてくれた。


「おお、芝刈り中か」


 クローリスの手元には鎌があり、庭園のそこここに刈り取られた芝草が小山をなしていた。

 後宮の女も幾人か駆り出されていて、皆威勢よく鎌を振るっている。元冒険者達だろう。


「失礼致しました」


 クローリスは恥じ入るように鎌をさっと背後に隠し、もう一度頭を下げる。

 芝の手入れをしているところに出くわしたのは初めてだ。頭数が少なく、試験がいつもより早く終わったためだろう。賢者の魔法で広範囲を焼き尽くされた時でさえ、気が付けば元通りの整った芝生が広がっていた。

 何かメイドとしての拘りでもあるのか、クローリスは普段部屋を掃除する姿すら主である王には見せようとしない。


「俺も手伝おう」


 豚鼻を軽く仰け反らせ、クローリスに王冠のあご紐を外してもらいながら言った。


「いえ、ご主人様の手を煩わせるようなことではございません。それに、もう終わるところですし」


「……そうか。ちょっと楽しそうだし、やってみたかったんだけどな。残念」


「ふふっ、そういうことでしたら、今度やる時にはお誘いしますね」


「ああ、頼む」


 クローリスは柔和な笑みを浮かべて首肯した。


「ええー、芝刈りなんて面白くないよー、ご主人様」


「ふふっ、だから逃げ出したというわけですか、ティア」


 クローリスが王に見せていた笑みをそのままティアへ向け直す。表情に変化こそないが、妙な迫力が加わっている。


「だ、だって、ケイだけご主人様に付いていくなんてずるいじゃない」


「わ、私はご主人様の護衛や後宮の警備を司る者としてだな―――」


 飛び火されては堪ったものではないと、ケイが言い立てた時だった。


「―――おおーい、ケイっ!」


 ドワーフのリアンがこちらへ向けて駆けてきた。

 後宮地下に掘った坑道に籠っている彼女を、日の光の下で見るのは実に珍しい。

 が、それ以上に目に付くのは彼女が連れてきた相手だ。人間の男だった。

 疲弊し切った様子でリアンに肩を借りているが、身長差のせいでほとんど引きずられている。


「リアンさん、いくらご主人様にその気がないとはいえ、一応ここは後宮なんですよ。男を連れ込むというのはどうかと思うのですが。ジョーさん達と出くわしでもしたら、また体調を崩されるかもしれませんし」


「俺が男なんて連れ込むはずないだろ、クローリス。まして人間だぞ。俺はもっとがっちりした男が好きなんだ。―――と、そんな話はどうでも良いな。ほら、城外まで続く坑道をずいぶん前に掘っただろう、抜け道として。あそこからやって来た、ケイへのお客さんだ」


「私にですか? ―――っ、お前か」


「おお、あの時の」


 男の顔を覗き込み、ケイが息を呑む。王も嗅覚から、その男の記憶を呼び覚ました。

 ケイに忠誠を誓った子飼いの兵士の一人だ。かつてソルガムに捕らえられたジョー達の所在を調べ上げ、オークの巣穴まで報告に来た男である。


「確か今は、エルドランドに戻ってもらっているんだったよな?」


「はい。叔父上が良からぬことを考えぬとも限りませんから。―――おい、どうした? 何があったのだ?」


 ケイの問い掛けに、男は擦れた声を絞り出す。


「は、はいっ。ケイ様に関係するのではないかと、急ぎ知らせに参りました。―――王都にて、勇者アシュレイ様御一行が騎士団に捕縛されましたっ」



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