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第34話 冒険者達は帰国の途に就く

「世話んなったな、オークキング」


 アシュレイは旅支度を整え、玉座の間でオークキングに頭を下げ―――るのは癪なので、軽く手を上げた。

 くだんの会合から、三日が経過している。

 アシュレイ達はオークキングを“討伐の必要無し”と結論付け、帰国を決めていた。


「おう。しかし少々寂しくなるな。二カ月足らずの滞在だったが、あんたらえらく騒がしかったからな」


 オークキングは鷹揚に肯きながら言う。


「へっ、あれだけ斬られて、燃やされて、ついでに罵られて、それでもその台詞が出てくるか。ったく、かなわねえな」


 アシュレイはかぶりを振った。

 オークキングとの二度の戦闘。いずれもアシュレイにとってはこれまで培った技の全てに加えて最良の仲間、そして最大の覚悟をもって臨んだ大一番であった。

 しかしこの男はそんなアシュレイの意気込みを踏みにじるように、“怪我をさせないように”とか“平和的解決を”とか考えながら戦っていたのだ。そしてそんなふんわりとした目的のために、勝利だけでなく自分の身まで投げ出して見せた。


「儂としては、もう少しオークキングの生態を研究したかったのだが」


「仕方ないだろう。報告には戻らないと」


 そもオークキング討伐はグランレイズ帝国と聖心教のお偉方の意向を受けたものだ。

 アシュレイ達が報告に戻らなければ、今後もオーク王国討伐の任を受けた冒険者なり傭兵なりが送り込まれてくることになるだろうし、軍が動く可能性もある。


「まあ、出来ればあたしらの部屋は残しといてくれよ、オークキング。賢者様もこう言っているし、あたしとしても、いずれ魔界に挑む時に拠点にしたいしな」


「構わないぜ。幸い、部屋には空きが出る予定だしな。―――聖女、女達の受け入れの件、よろしく頼む。いや、頼みます」


 オークキングは煤こけた玉座―――前回の戦いで賢者の魔法が直撃している―――から立ち上がると、聖女へ向けて深々と腰を折った。


「貴方のためにやるわけではありませんから、礼の必要などありません」


 つんけんと言う聖女に、オークキングはやはり鷹揚に肯き返した。

 あの十人以外にも、後宮では行き場を失った女達を百人近くも抱えている。

 冒険者として城に潜入し捕らえられたり、あるいはご機嫌取りの献上品として村々が自発的に送り込んできた者達だ。

 南方諸国ではオークに犯されたなどと言う評判が一度立ってしまえば、女はまともな生活を送ることは出来ないのだという。故に否応もなく後宮に留まっている女達だ。王の“去るも自由”という言葉を受けて一度は故郷へ帰る者もいるが、多くが差別に耐え切れず後宮へと出戻ってくるらしい。

 大陸中央のグランレイズには、オークの被害者をそこまで排斥しようとする思想はない。故に女達の生きる場所も見つかるかもしれなかった。

 グランレイズ全土を行脚している聖女は、オークキングからその候補地選びと根回しを依頼されていた。


「……ところで、その三人はどうかしたのか? 何だか機嫌が悪いみたいだが」


 玉座の間は人払いならぬオーク払いがされているが、クローリスらメイド達は玉座の左右に侍っている。

 しかし普段なら間違いなく会話に割って入ってアシュレイに文句を付ける元姫騎士のメイドまで、何故か不機嫌そうに押し黙っている。


「ふん、貴様の知ったことか」


 ようやくケイが口を開く。いつも通りにアシュレイに対しては辛辣だが、いつもほどの鋭さはない。

 苦笑して頭を振るだけのオークキングに代わって、賢者が口を開く。


「儂はティアから愚痴を聞かされておるぞ。何でも、せっかく媚薬を使ったのに手を出さなんだそうだの。儂からも質問したかったのだが、何だってやってしまわなかったのだ? 薬に何か問題があったかの?」


「いや、俺だってやれるもんならやりたい気持ちはあるぜ。でもよ、あれってオークの雌のフェロモンか何かだろう?」


「ふぇろもん?」


「あー、要するに、オークの雌が雄を興奮させるために発する体臭みたいなもんだろう?」


「そうじゃが。何か問題でもあったかの?」


「それってよ、オークの雌の臭いで興奮して、クローリス達の身体をオナホ代わりに、―――道具代わりに使って発散させるようなもんじゃないか。そんなのやだよ」


「ぶはっ、そ、そんなのやだって。お、お前は生娘か何かかっ。―――ははっ、あははははっ」


 アシュレイはこらえきれず噴き出した。

 さらに先日聞かされたオークキングの半生から、この男はオークの王の癖に生娘ではないが“童貞”であろうことに思い至ると、もう笑いが止まらなくなった。

 オークキングがさらに言い足す。


「それにほら、避妊具もなかったしっ」


「避妊具? そういえば娼婦の中にはあらかじめ海綿スポンジを仕込んで妊娠を避ける者もいると聞くが、それのことかの? ……しかし、その三人には無理ではないか? 開通しておらんことには、仕込みようも無かろう」


 賢者はクローリス達に意味ありげな視線を向ける。


「さ、さすがに三人にそんなものを入れろなんて言わねえさ。例えば家畜の腸か何かから、男性用の避妊具を作ったりさ」


「―――ぷふっ、あはははっ!」


 “それ”を装着しているオークキングの姿が頭に浮かび、アシュレイはさらに腹を抱えることとなった。


「いや、結構笑い事じゃねえ問題だぜ、これは。俺の子供はオークなんだからよ」


 オークキングは真剣な顔で言うも、ツボにはまった今となってはそれもかえって笑いを誘うだけだ。しばしアシュレイは笑い転げることとなった。


「―――あー、笑った笑った。笑い死ぬかと思った。まさか、ここへ来てお前にこんな方法で殺されかけるとは思わなかったぜ」


「ふん」


 オークキングはちょっぴり拗ねた様子で豚鼻を鳴らす。

 ある種の愛嬌が無くもない。クローリス達がこの魔物に惚れるのも分からなくも、―――いや、さすが分からないが。


「それじゃ、あたしらはこれで」


「おう、城門まで送っていこう」


「いらんいらん。最後くらいは魔物の王らしくどっしりと構えとけよ。じゃあな」


 腰を上げかけたオークキングを制止し、アシュレイは軽く手を振って玉座へ背を向けた。聖女は深く一礼し―――オークキングにではなく三人のメイドに対してだろう―――、賢者は無言のままに後へ続いた。

 背後から“道具扱いしてくださって構いませんのに”だの“ご主人様のお子であればオークであっても望むところです”だの“ハーフエルフは妊娠し難いから大丈夫”だのと聞こえてくる。


「まったく、にぎやかなことだ」


 勝手知ったる迷宮部分をずんずんと進んでいくと、やがてそんな声も耳に届かなくなった。

 城門を抜け、城下町で馬車を調達し、―――そこから十日で隣国エルドランドの王都に入った。


「はぁ、また船ですか」


「うむ」


 聖女が早くも憂鬱そうにこぼし、賢者も首肯する。

 エルドランドには比較的大きな街道―――というのはグランレイズと比べた場合の話で、南方諸国においては間違いなく最大規模だ―――が、南北に整備されている。

 王都から街道を北へ向けて馬車を走らせれば、行き着く果ては大きな船着き場だ。大陸を分断するロンガム河の渡し船には、そこから乗ることになる。


「あたしは結構気に入ったが、二人には合わなかったみたいだな」


 グランレイズで暮らしていると、船に乗る機会などはほとんどない。

 一鍾(1時間)以上も船上で揺られていることなど、三人共この地を訪れるために乗った渡し船が初めてだった。


「やはり橋をかけるというのは難しいのでしょうか?」


「ロンガム河の川幅は平均二十ミレワンド(20km)、狭いところでも十ミレワンドであったか。……ふむ、超大型の特殊なゴーレムでも設計すれば出来ぬことはないかもしれんの、―――技術上は」


「グランレイズと南方諸国の間で、合意が得られませんか?」


「そこは、お主ら聖心教の働きどころではないかの? 国を超えた働きかけが必要であろう」


「……そうですね。猊下に一度打診してみようかしら」


「―――まあまあ、めんどくさい話はそれくらいにして、今日のところはこの街に泊ってパーッとやろうじゃないか。南方諸国では一二を争う街だって話だろうっ」


 来る時も当然立ち寄ったが、決戦を前に騒ごうという気分ではなかった。

 今は久々に晴れやかな気分だし、何よりあの女が生まれ育ち、守り抜いてきた街であり、国だ。ここはちょっとばかり冷かしていくべきだろう。


「そうじゃの、儂はクローリスがよく出してくれたあの甘辛い煮付けが食べたいの」


「では私は砂糖菓子などを」


「あたしはやっぱり酒かなぁ」


 王都の大通りで三人、わいわいと騒いでいると―――


「勇者様ではありませんか?」


 ―――身なりの良い青年に声を掛けられた。


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