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第32話 オークキングは激怒し城へ走る

「女達に魔物の子を産ませ、魔術と調教によって使役し戦力とする。それがソルガムの宮廷魔術師の立てた計画らしい」


「……」


「協力者の話では、姉上たちは王城の地下施設に囚われているそうだ。昼夜、苦しげな声が漏れ聞こえているという証言もあるから、まず間違いはあるまい」


 兵からの報告内容を、私はあらかた語り終えた。

 いわゆる玉座の間というべき一角で、区画内には私とオークキングの外はクローリスの姿があるきりだ。


「……」


 オークキングは聞いているのかいないのか、何やら顔色をどす黒く染め―――結果、深緑色を呈している―――、無言で虚空を睨み据えていた。たとえこの男が聞き逃していようと、私の口からは到底再度語る気にはなれない話だ。


「貴様に頼みがある。ソルガム領内で、オーク共を動かしてもらえないか? 私は国へ戻り、叔父上を説得し兵を手配する。援軍の名目でソルガム領内へ入れば、私ならば王城への訪問を拒まれることはない」


「……」


 オークキングはやはり無言だ。私は取り繕うように言い足す。


「もちろん、援軍を率いるのが私だと知れれば、女達はどこかに隠されてしまうかもしれない。あるいは、いざとなったら姉上を人質に取られてしまうかもしれない。しかし、他国の王城から人を救い出す手立てなど他に―――」


「―――そんなことしないでも、しごく簡単な方法がある」


 オークキングが重い口を開いた。


「な、なんだっ、その方法というのはっ」


「……ソルガムの王城ってのは、確かここからだと北北西の方角にあるんだったか?」


「ん? そうだが。―――そんなことより、腹案があるなら早く教えろ」


「……そうか。……北北西か」


 オークキングは心ここにあらずと言った様子で呟くと、のそりと玉座―――単に地べたに毛皮を厚く敷き詰めただけのものだが―――から立ち上がる。そのまま、ふらふらと玉座の間から出て行った。


「お、おいっ、どこへ行くっ。―――ちっ、クローリス。いったいあの男は何を考えている?」


「さて。私もご主人様があそこまでお怒りになったのは初めて見ました。いったい、何をなさるおつもりなのか」


 あの深緑の顔色は怒りの表情だったのか、と変なところに得心しながら私はさらに問う。


「やはり魔物は魔物、人間に協力するつもりなどないということか?」


「いいえ、それだけは絶対にありえません。ご主人様に限って、ケイさんやジョーさんに悪いようになさるはずはありません」


「しかしな―――」


「―――お母さん、ケイー。何かご主人様、怖い顔をして出て行っちゃったみたいだけど、話し合いはどうなったの?」


 ティアが玉座の間に顔を覗かせた。


「出て行っただと。ちっ、やはり協力する気などないのではないかっ」


「……ティア、ご主人様はケイさんに何か言い残しては行きませんでしたか?」


「ううん、特に何も。というか、何だかうわの空で、ボクが話しかけても気付いてないみたいだったし」


「……そうですか」


「あっ、でも、ぶつぶつ何か言ってたな。ひょっとしたらあれがケイへの伝言だったのかも」


「な、何と言っていたのだっ」


「ええと、オークを相手に人間の人質は使わねえだろう、とかなんとか」


「―――ケイさん」


「ああっ」


「えっ、ちょっと、お母さん、ケイっ?」


 戸惑うティアを残し、急ぎ洞窟の外へと向かった。

 入り口を抜けたところで、男が一人―――先刻報告に訪れた兵だ―――が座り込んでいた。

 腰を抜かしたのか、立ち上がれない様子だ。ちょうどソルガムに戻ろうとしていたところらしく、周囲には替え馬を含めた二頭の馬が、やはり少々びくついた様子でたたずんでいる。


「何があった?」


「……オ、オークが、オークキングが、も、ものすごい勢いで」


 兵が指差した方向を見た。緑深い魔物の森に、先日まではなかったはずの獣道が一つ出来上がっていた。ちょうど北北西へ向けて、真っすぐに。


 ―――何と無謀な。


 確かにオークの襲撃に対して人間の女を人質に取る者はいないだろうが、ならば何故手下のオーク共を率いて行かない。

 オークにしては頭が切れるとはいえ、やはり豚頭は豚頭ということか。ゴブリンのように集団行動に長けるわけでもなく、オーガほどに頑健でもない。しょせんは性欲だけが取り柄のオークに過ぎないということか。

 とはいえ、あの王の協力を取り付けねば姉の救出は覚束無い。


「悪いが、馬を借りるぞ」


「は、はいっ」


「ケイさん、私もご一緒します」


「馬には乗れるか?」


 オークキングを説き伏せるには、クローリスの助力が必要だろう。手綱二本を手元へ引き寄せながら問う。


「農耕馬を少し走らせたことなら」


「そうか、ならば一頭は替え馬として、二人乗りで行こう」


 私は言いながら馬上の人となると、クローリスを引き上げ後方へ座らせた。


「道が悪い。しっかりと掴まってくれ」


「はい」


 獣道へと馬を乗り入れた。

 オークキングがその巨体で作り上げた道だけあって、騎馬での通行に支障はない。


「……すさまじいな」


 さすがに一抱えもある様な大木は迂回しているが、人間では両手でも握り込めないほどには太い木の幹も薙ぎ倒されていた。あの巨体と、体格に比してなお異常な怪力を思えば、人にとっての小枝程度の感覚なのかもしれない。

 とはいえいくらオークキングと言えど、木々を薙ぎ倒しながらでは無人の野を行くが如しとはいくまい。魔物の森を抜けるまでには追い付けるだろう。

 しかし―――


「……着いてしまったな」


「ええ」


 明くる日、太陽が中天に差し掛かる頃には、私達はソルガム城下に到着していた。

 通常なら三日は掛かるところだが、洞窟と王城をほぼ直線で結んだ最短距離を駆けてきただけあって早い。


 ―――ソルガム王国。


 母国エルドランド王国の西隣に位置する小国だ。

 大陸中央部のグランレイズと比べてしまえば南方諸国はいずれも小国でしかないが、中でもソルガムはとりわけ小さな国だった。領内に唯一の城がこの王城で、他には国境沿いに兵の籠る砦の類がいくつか設置されているだけだ。


「……静かだな」


「はい」


 馬を進めたソルガムの城下町は、静寂そのものだった。オークの襲撃を受けているとはとても思えない。


「……いや、さすがに静かすぎるか」


 大通りへ出ても、人っ子一人いない。沿道に立ち並ぶ露店の数々も、主を失い無人だった。


「ちょっ、ちょっと、そこのあんたらっ、何をしてるんだいっ」


 こちらへ呼び掛ける声がした。

 通り沿いの家の木戸が薄く開けられ、屋内の暗がりから中年の女性が手招きしていた。馬を寄せ、尋ねる。


「ご婦人、ここにオークが来なかったか? それも特別大きな」


「分かっているなら、何を堂々としているんだい。ほら、入れてやるから、早くお入り」


「いや、そのオークに用があるのだ。どちらへ、―――っ!」


 どかんと、轟音が鳴り響いた。


「……問うまでもない事だったな。それでは、ご婦人、ご親切に感謝する」


 目を白黒させている女性を残して、音のした方へ馬を向けた。

 轟音は一度で終わりではなく、断続的に何度も聞こえてくる。当然、いずれも王城の方角だ。

 しばし進むと、うずくまる兵士達の姿が点々と認められ始めた。

 死んではいないが、先日の私達のように無傷ではない。骨の数本は折れ、手足がおかしな角度にねじ曲がっている者もいる。長く放置しておけば息絶える者も出るかもしれない。

 が、介抱してやる義理もなければ時間もなかった。看過し馬を走らせた。

 あのオークキングならば、街の警邏に出ている小隊程度にやられることはまずないだろう。

 問題は、王城だ。オーク襲撃の報を受けた城内では、百人、二百人の兵が隊伍を組んで待ち受けているはずだ。弓兵による城塔からの援護もある。


「―――っ、やはり遅かったか」


 王城に辿り着くと、外郭に設けられた巨大な鉄製の門扉が、内側へ倒れていた。鉄扉の真ん中には、巨大な拳型のへこみがある。最初に聞こえた轟音の原因だろう。

 城内に、もはや争闘の気配はない。盛んに鳴り響いていた轟音も、いつの間にか絶えていた。すでにオークキングは力尽きてしまったのか。


「……」


 私は手巾を取り出し、顔の下半分を覆った。

 オークキングがまだ生き長らえていれば、そして私が双剣の片割れであることを知られずに逃がすことが出来れば、再度救出の機会は作れる。


「……行くぞ」


 騎乗のまま、城内へと乗り入れた。


「―――っ」


 前庭があり、その先に城の本体である宮殿―――何度か訪れたことがあるが、相変わらず小国には不釣り合いなくらい大きなものだ―――が見えた。

 そして前庭のそこかしこには、―――倒れ伏す兵士の姿があった。

 城塔が崩れているのは、体当たりや投石―――投岩と言うべきか―――によるもののようだ。瓦礫に埋もれてうめいているのは、弓兵だろう。

 目算で、ざっと百五十名以上。道中で見かけた者達と合わせれば、三百人近い兵がすでに戦闘不能に陥っていた。

 国境の砦から兵を呼び集めれば、ソルガムには二千から三千ほどの兵力はあるはずだ。しかしこの王城と城下町に詰める常備兵は恐らく五百にも満たないだろう。

 つまり兵力の過半を失い、―――実質的にこの城はすでに陥落していた。


「まさか勝った、ということなのか?」


「何をそんなに驚かれているのです、ケイさん?」


「何をって、城が落ちたのだぞ。たった一人の魔物の手によって」


「そんなこと、ご主人様ならば当然でしょう」


「と、当然だと? だったらクローリスは何をしに―――っ」


 どかんと、再びの轟音と共に王宮の壁をぶち抜いて、ぬっと緑の巨体が姿を現した。


「ご主人様っ」


 クローリスが、馬を飛び降りて主の下へ駆け寄っていく。

 ほとんど丸一日馬に揺られていたクローリスの身体が、急な運動にバランスを崩して転び掛ける。

 それを支えようと伸ばされた太い腕は、しかし触れる直前にぱっと引っ込められた。


「……ご主人様?」


 何とか自分で体勢を整えたクローリスは、訝し気に主人の顔を覗き込む。それを拒むように、オークキングはそっぽを向いた。


「……来てくれて助かった。地下に女達が捕らわれている。解放してやってくれるか? ひどく、怯えている。俺じゃ、怖がらせちまうだけだ」


「……? 分かりました。そのためにここまで来たのですから」


 目を合わせようともしない主に戸惑いながらも、クローリスは王の空けた穴から城内へと侵入していった。


「……女達の世話をするためだったのか」


 オークキングの身を案じて同行したのかと思えば、クローリスは主の勝利に微塵も疑いを持たず、その後を考えて行動していたらしい。


「ジョーに会いに行かなくて良いのか?」


「すぐにも駆け付けたいところだがな。姉上も今は私に会いたくはないだろう。それより、―――人を殺したか、オークキング?」


 先刻のクローリスに対する態度にぴんとくるものがあって、私は尋ねた。

 自分の手がひどく汚れたものに思える感覚は、私にも覚えのあるものだった。南方諸国では軍務と言えばもっぱら魔物討伐だが、時には人間の山賊の類とやり合うこともある。

 そしてクローリスから聞かされているオークキングの半生が事実ならば、この魔物はこれまでに人間を殺したことがない。


「……王とその取り巻きに、宮廷魔術師。監禁に関わっていた兵もな」


「そうか。姉上達の名誉のためだな。感謝する」


「礼を言われるようなことじゃない。元はと言えばオークが全部悪いんだからな」


「確かにオークが元凶だが、貴様が悪いわけではない。ソルガムの王は許せないが、ソルガムの人間全てに罪があるわけではないようにな。だからお前も、関係のない兵達の命は奪わなかったのだろう? お前は良い魔物だよ」


「……どうだかな」


 オークキングが照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。


「まあ、このまま放って置くと死んでしまいそう兵も多々いるがな」


「おおうっ、そうだった」


 オークキングは慌てて立ち上がると、走り出した。まずは崩れた城塔の瓦礫から兵を助け出すつもりのようだ。


「やはり良い魔物ではないか。―――おおい、私も手伝うぞっ」


 巨大な緑の背中を追って、私も走った。




「こんなところでしょうか、私の口から語るべき話は」


 ケイは昔語りを終えると、王の右隣―――左隣はティアを抱きかかえたクローリスが占めている―――に腰を下ろす。

 そっと寄り添った王の右腕には、もちろん汚れ一つなかった。



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