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第26話 オークキングは初陣にて美しき褒美を賜る

 三歳になると、俺は初陣を飾ることとなった。

 といっても戦と言うほどのものではなく、雄のオーク達を50頭余りも動員した上で、村とも言えないような小さな集落を一つ襲撃するだけだ。父王は、次代のオークキングである俺に万が一もないようにと気を配ったのだろう。

 集落はオークの住み家である洞窟からはかなり離れていて、道中で一泊することになった。

 野営では案の定と言うべきか、狩り出した野兎と鹿の肉が生のまま父王と俺の元へ運ばれてきた。野営地には視界の確保や調理、暖を取るために当然必要とされるだろう焚火の類が設置されていなかったのだ。普段、曲がりなりにも火の通った食事が出来るのは、囚われた人間の女達が生殖の合間に働かされているためなのだろう。

 俺はその事実に思い至り、暗澹あんたんとした気持ちで生肉を口に押し込んだ。適切な処理もされず、塩すら振られていない肉の血生臭さが、俺の気分をさらに滅入らせた。


「おうっ、果物かなにか取ってこいっ!」


 俺の浮かない顔に気付いた父王が、オーク達に命令を飛ばす。


「すいません、父さん」


「ははっ、生肉が苦手なのは大きくなっても変わらずか。良いんだ、お前は王になるんだからな。嫌なもんを無理に食う必要なんてねえ、好きなもんを好きなだけ食やあいい」


 父王が大きな手で俺の肩を叩きながら言う。

 すぐに、果実や木の実が集められてきた。目的の集落近くまでは人目に付かない魔物の森を行軍していた。人間が恐れて近付かないこの土地は意外にも豊かな恵みを秘めている。


「それにしても、ずいぶん遠くまで行くのですね? これだけ離れていると、獲物を持ち帰るのも一苦労では?」


 俺は酸味の強い紅色の果実で口直しをしながら問う。


「おう、悪いな。お前の初陣だし、出来るだけ近場を探させたんだけどよ。1日で行って帰れるような村は、もう全部潰しちまってたわ。お前のために残しとくんだったなぁ、俺はどうにも気が利かねえ」


 俺には甘過ぎるほどの父王は、恐ろしいことを当たり前のように言って笑った。


「この野郎っ、それはオレの肉だっ」


「てめえっ、殴りやがったなっ!」


 やがて、野営地では2頭のオークが殴り合いを始めた。

 オークはオーガほどに頻々と争うわけではないが、粗野な化け物であることには違いない。洞窟内を歩き回るようになってからは、こうした現場に立ち会うことも少なくなかった。大抵は女の取り合いが原因だが、食い意地も張っているから食べ物を巡っての喧嘩も少なくない。1に性欲、2に食欲、3、4が無ければ5も無い、オークとはそんな浅ましい生き物なのだ。


「うぬ」


「ぬぐぐぅ」


 殴り合いはやがて、取っ組み合いへと発展した。

 オーク同士の喧嘩のお決まりのパターンだ。がっぷりと組み合った形で鼻先と鼻先を合せ、そこを押し合い圧し合い、やがて一方が耐え切れずに鼻面を仰け反らせる―――


「―――おう、そこまでにしておけ」


 父王の一声で、2頭がぱっと離れた。

 相手を仰け反らせた方が、拳を突き上げてブヒブヒと勝利の雄叫びを上げる。オークの下顎からは犬歯が発達した牙が突き出ているから、後は喉元なり胸なりに牙を突き刺し放題というわけだ。

 鼻先で突き上げ、噛み付く。あるいは牙で突き刺す。それは豚や猪の喧嘩とそっくり同じだった。


「……」


 俺はかぶりを振って溜め息を溢した。

 オーク達はいずれもひどく興奮した様子で―――戦前夜であり、性欲を発散させる女もいないためだろうか―――騒ぎ立て、いつしかそこかしこで喧嘩が始まっていた。

 翌日の昼前には魔物の森を抜けて、目的の―――略奪対象の集落の間近へと迫った。聞いていた通り、魔界の近くにしてはあまり大きくない。せいぜい4、50戸の家が集まっているだけだった。この辺りの人間にとって最大の脅威であろうオークの巣窟から、それなりに距離があるからかもしれない。


「おし、息子よ、初陣だ。お前から号令を頼むぜ」


 父王はオーク達を全員集め、整列させた。ずらっと並ぶ緑色の巨体は、見ていて気持ちの良いものではない。


「その前に父さん、一ついいですか?」


「おう、なんだ?」


「不必要に人を殺すのは止めませんか?」


「んん? どういうことだ?」


「住民を殺し尽くし、村を滅ぼしてしまってはそれでお終いです。しかし生かしておけば彼らはまた牛馬を育て、畑を耕し、我らに永続的に恵みを与えてくれるでしょう」


 オークの足りない頭で一晩悩みに悩んでようやく出した、至極当たり前の理屈だ。父王はすぐには理解出来ず、しばし考え込む風だった。


「……おおっ、お前は本当に賢いな、息子よっ。初めからそうしていりゃ、わざわざこんな遠くまで足を運ぶ必要もなかったってわけだっ」


 父王は今回は喜色だけでなく、俺の言葉に賛同も示してくれた。豚面を綻ばせ、いつものように俺の頭を撫でた。


「―――おめえらっ、王子の言葉は聞こえたなっ! 人間どもを無駄に殺すなっ!」


「おおっ!」


 父王の命令に、オーク達が答える。―――大半の者はまだ理屈を解さず、当惑顔だが。


「息子よ、号令だ」


「はい。―――四方から囲い込むっ。お前達っ、まず4つに隊を分けろっ」


 下手に抵抗や逃走を図られれば、人死にが出かねない。抗い様はないと最初に分からせた方が良いだろう。


「おおっ! ……おお?」


 オーク達は勇んで叫ぶも、すぐに困惑した様子で互いの顔を見つめ合った。普段は戦の号令といえば“突っ込め”とか“ぶっ殺せ”とか、そんな類のものなのだろう。


「……昨日、最後まで喧嘩に勝ち残った者が4人いただろう。そいつらがリーダーだ。前へ出て来い。そうしたら、その下に10人ずつ付け。残りは俺と王の直属だ」


 俺は身振り手振りを交え、隊の分け方から各隊の動きまでを指示した。半鐘(30分)近くも時間を掛けて、我ながら根気良く。俺の話に父王も興味深そうにぴんと豚耳を立てていた。


「よし、お前らこれで俺の命令は理解したな。―――最後の命令だ。人間達は無駄に殺すんじゃねえっ! 働けなくなるような怪我もさせるなっ! 人間は生かさず殺さず、だ!」


「い、生かさず殺さず? 結局、人間を生かすんで? それとも殺しちまって良いんで、王子様?」


「……伝わらねえか。えっと、そうだな、―――人間達は生かして殺すなっ!」


「おおっ!!」


 あまりに当たり前の言い回しになってしまったが、オーク達にはそれぐらいでちょうど良かったのだろう。勇ましい喚声が返ってきた。

 1鐘(1時間)後には、集落の中央に住民が残さず追い立てられていた。幸いにも死人は出ず、怪我人もせいぜい打ち身程度だ。


「命までは取らねえでやる! ありったけの食い物と女を差し出しなっ! 牛や馬もだっ!」


父王が、人間達を見下ろしながら叫ぶ。


「と、父さん、待ってください」


「ん? 今度は何だ?」


「食料を全部奪い取ってしまっては、すぐに全員飢え死にしてしまいます。女がいなくなれば、男達は守るべき家を失い、この場に留まりはしないでしょう。牛や馬は来年の収穫のために必要です」


「お、おう、それもそうだな。じゃあどうする?」


「―――人間達っ、村にある食料の半分を差し出してもらおう! 村の代表者はどいつだっ? 牛や馬は何頭いる? 農耕に必要なのは何頭だっ?」


 父王の代わりに、率先して俺は人間達に迫った。

 村長むらおさの男性が名乗り出て―――というより他の住民達に押し出されて―――、質問に答えた。


「よし、ならば米を20袋に、牛は良いから鶏を―――」


 俺は父王や他のオーク達に口を挟ませずに、さっさと話しをまとめてしまった。


「お、王子様。食い物はそれでかまわねえんですが、……女の方は?」


 恐る恐ると言う感じで、1頭のオークが俺に伺いを立てた。


「繁殖場には十分な数の女がいるだろう? 人間の女だって増えたら増えた分だけ水も飲めば飯も食う。これ以上増やしてどうする?」


「そ、そりゃあそうなんですが、やっぱり女は新しいに限るといいますか」


「……」


 俺が無言で睨み付けると、すごすごとそのオークは下がっていった。他のオークも視線を下げ、俺と目を合わせようとする者はいない。

 掟により異種姦を禁じられた父王が人間の女を欲することはないから、これでこの話は終わりのはずだった。


「―――そ、そういうことでしたら」


 村長が卑屈な笑みを浮かべて口を開いていた。


「お、おい、お前だ、こっちへ来い」


「―――い、いやよっ!」


 村長に視線を向けられた若い女が叫ぶ。女が背を向けて駆け出そうとするのを、周囲にいた村人たちが取り押さえた。


「おい、暴れるなっ、天涯孤独のお前を、ここまで育ててやった村の恩を忘れたかっ」


「ふざけないでっ! 私は両親が残してくれた田畑を、自分の手で守って来ただけよっ! 貴方達の世話になんてっ。―――っ、いやあっ!」


 村人たちは示し合わせたように一丸となって、ついには集団の中から1人の娘を弾き出した。


「―――ひっ」


 俺の足元に倒れ込んだ娘は、顔を上げるや息を呑んだ。


「その者をお連れ下さい」


「か、勝手なことを言わないでっ!」


 拒絶する娘を無視して、村長は続けた。


「両親を流行り病で亡くし、村で養ってきた者です。どうぞ皆様のお役立てください」


「だから、女は必要な―――」


「そういうことならもらっておこうじゃねえか」


 俺が言い切るより早く、父王が答えていた。


「と、父さん、これ以上女を増やすのは」


「なあに、1人くらいなら大して問題にもなるまい」


「……わかりました」


 俺には甘い父王だが、一度こうと決めたことを覆すことは滅多にない。30年もの間、常に仰ぎ見られてきたオークの王なのだ。俺はやり方を変えることにした。


「ところで父さん、今日の一番手柄は誰でしょう」


「ん? そうだな、4隊のリーダー達はそれぞれに頑張っちゃいたが」


 オーク達が一様に緊張した面持ちで、父王の次の言葉を待つ。一番手柄に名指しされた者が一番の褒美―――真っ先に女を抱く権利―――を受け取ることになる。


「―――だがまあ、一番となるとお前だろな、息子よ。見事な作戦だった」


 オーク達が一斉に肩を落とした。当然、この父王ならばそう答えることは、俺には分かり切ったことだった。


「では父さん、一番手柄の褒美として、また初陣の記念として、―――この娘を世話係として俺に下さい」


 俺の言葉に父王は顔を顰め、王と王子には絶対服従のオーク達もブヒブヒと控え目ながらブーイングを漏らした。






「で、その娘というのがあんたってわけか、クローリス」


 王が言葉を切ると、勇者があとを引き取るように言った。


「ええ。私がご主人様の最初の専属メイドとなった瞬間ですわ」


 クローリスは上機嫌に頷く。


「ふうむ。世話係とはいえ、先代のオークキングは良く許可したの。お主が掟を破って人間と姦淫するとは考えなかったのか?」


「良い顔はされなかったが、あまりその心配はしていなかったんじゃないかな。たぶん父さんも、俺と同じで人間相手には不能だったろうからな」


「なるほどの」


「……それにしても村の男達は、よくもあんたを生け贄に差し出す気になったよなぁ。女のあたしが言うのも何だが、もったいない」


 勇者はじろじろとクローリスの全身を見やる。


「ふふっ、幸いなことに、当時は満足に食事も取れずに痩せっぽっちでしたし、村の方々には憎々しげな顔ばかり見せておりましたから」


「それが幸いなことか?」


「ええ。お陰でこうしてご主人様にお仕えすることが出来たのですから。……ふふっ、うふふ、うふふふ。―――さてと」


 クローリスはしばし悦に入るも、ぽんと手を打って気を取り直し、至極真面目な顔で言った。


「この先はご主人様のお口からはお話しされ難いこともありましょう。ここからは私から話させて頂きます」



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