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第24話 オークキングは再び冒険者達と面会する

「ご主人様、重罪人3名を連行いたしました」


 コンコンと硬質なノック音に続いて聞こえてきたのは、ケイの不穏な物言いだった。

 勇者達との戦闘から一夜が明けている。王は居室内に控えるクローリスとティア―――徹夜の看病疲れで今の今まで寝台に突っ伏して居眠りしていたため、鮮やかな金髪には寝癖が、頬にはシーツの跡が残っている―――に一度目配せしてから答える。


「入ってくれ」


 王の返答を受けて姿を見せたのは当のケイではなく、いたく憔悴した様子の勇者と聖女に、至って正常な顔付きの―――つまりは眠たげと言うことだが―――賢者だった。最後に入室したのがケイで、予想通り細剣を3人に突き付ける様に構えている。


「……穏便にと言っておいたはずだが、ケイ」


「承っております。ですから前回のように縛り上げはせず、武器を取り上げるだけに留めておきました」


 ケイはしれっとした顔で言う。

 抜き身の剣を携えた彼女が側で見張っていることこそ、身がすくむような圧迫感の最大の要因なわけだが、―――もちろんそれと理解した上での仕打ちだろう。それも勇者と聖女の表情からして今回も一晩中。


「はぁ、とりあえず座ってくれ。……あとケイは剣をしまおうか」


 王はため息交じりに椅子をすすめた。

 自身は向かい合う位置にある寝台の縁に腰掛け、クローリスとティアは左右に控え、ケイは―――不本意そうに細剣を鞘に納めながら―――勇者達3人の背後に立つ。


「悪いな、わざわざ来てもらってよ。もう大丈夫だと思うんだが、クローリスが歩き回るなと言うもんでな」


「―――生えたのかっ?」


 賢者は勢い込んで問うや、王の足元にひざまずく。そこにはしっかりと5本の指が揃った左足がある。


「おおっ、見事に生えておるではないか」


「……喜んでいるところ悪いが、生えたんじゃなく繋げたんだ」


「む、繋げたとな。切断された指をか?」


「ああ。幸いなことに炎に曝されることなく、生々しい切断面を保っていたからな。試しに断面と断面をくっつけて回復魔法を掛けてもらったら、上手い具合にぴたっとな」


「ふむ。―――動かせるのか?」


「ああ、まったく問題なく」


「おおっ」


 左足をひょいと持ち上げ、にぎにぎと指を動かしてやると、賢者が感嘆の声を漏らした。


「ご、ご主人様っ、まだ無理に動かさないでくださいっ!」


「おう、すまん」


クローリスに叱責され、左足を床に下ろす。


「ソフィアも、裏切り者が堂々とご主人様に近付かないでっ」


 ティアが王の足元から賢者を引き離す。観察はとりあえず十分なようで、賢者はずるずると引きずられるままに再び椅子に付く。


「ふうむ、新たに生えてくるかを知りたかったのだが、これはこれで面白いのう。繋げるというだけなら人でも稀に成功例を聞くが、形状は維持出来ても機能までは回復しないものだ。やはりオークキングの治癒力の賜物ということかの」


「斬ったのが聖剣だからってのも大きいと思うぞ。かなり深かった腹の傷もきれいにくっ付いたし、聖剣の傷って普通よりも治りやすいみたいだな」


「そんなはずがありませんっ!」


 聖女が―――言葉を選ばずに言うとヒステリックに―――叫んだ。耳を塞ぎたくなるような大音声でさらに続ける。


「神器である聖剣がっ、人ならざる魔物に与えた傷ですっ! それが治りやすいなどと言うこと、あろうはずがありませんっ!」


「そうは言っても実際に治っているからな。たぶん聖剣は斬れ味が良過ぎるんだろう。利剣りけんよりも鈍らで付けられた傷の方がかえって治りにくいのは、人間も魔物も一緒だからな」


「…………ああっ」


 聖女はしばし王の肉体―――十分健康体に見えるはずだ―――を疑わしげに凝視した後、天を仰ぎ嘆く。いくら見上げたところで他と変わりない天井が目に映るだけだろうが。

 聖女のこの手の振る舞いにも正直慣れてきつつある。王は気にせず本題へ移ることにした。

 勇者に向き直り、軽く威儀を正して頭を下げる。


「昨日は助かったぜ。―――ありがとう」


「……おう」


 会話にも加わらずに不快そうにそっぽを向いていた勇者は、やはり面白くなさそうに答えた。


「ご主人様に対して何だ、その態度は」


 ケイが鞘ぐるみで掴んだ細剣のこじりで勇者の後頭部を小突く。


「いってえなっ、何しやがる! この無愛想メイドがっ!」


「ふんっ、罪人に愛想良く接する理由があるか」


「豚野郎に愛想尽かされちまえっ」


「なんだとっ」


「―――ケイ、落ち着け。勇者は罪人ではなく、俺の恩人だ」


「……はい。差し出がましい真似をいたしました。申し訳ございません」


 ケイは如何にも不承不承という態で頭を下げる。

 賢者の放った業火に焼かれる王を助けたのは、まさしく勇者だった。

 勇者は謁見の間の石造りの床を粘土でも斬るように―――いや、それ以上に軽々と空気でも裂くように聖剣で断ち斬り、4階へと繋がる避難路を作り上げたのだった。2人して―――1人と1頭で4階に逃げ落ちると、その後は轟音に近衛のハイオーク達が集まり、今にも人を殺しそうな剣呑な目付きのケイも駆け付け、3人の冒険者達は捕縛となった。魔力を使い果たした賢者と単身ではほとんど戦闘力を有さない聖女だけでなく、未だ無傷のままの勇者まで大人しく従ったのは意外な結末であった。


「……一つはっきりさせておきたいんだがよ。昨日の戦い、勝ったのはあたしらってことで良いんだよな?」


「そうだな。他の者が集まらなければ、あそこから俺に逆転する術はなかっただろう」


「へっ、よく言うぜ」


 本心からの台詞だったが、勇者はあまり納得いかないようだった。その不機嫌そうな横顔に、今度は王の方からおずおずと尋ねる。


「……クローリスから聞いたが、あの部屋を見たんだってな?」


「おうっ、あの女達はいったい何だ? お前に犯され、壊れちまった連中じゃねえのかよ? 返答次第によっちゃあ―――」


 王の言葉を切っ掛けに、勇者が様相を一変させる。例によって瞳を赤々と輝かせ、髪の毛はちりちりと逆立つ。


「―――ありがとうよ」


「あん? そいつは何に対する礼だ?」


 肩透かしでも喰らったという顔で、勇者が首を傾げる。


「あの女達のために怒ってくれて、ありがとう」


 もう一度繰り返し、王は深々と頭を下げた。


「ああ? なんだそりゃ?」


「……クローリス、……ケイ」


 当惑する勇者を尻目に、王はメイド二人に視線で問う。クローリスは今一つ感情の読めない笑顔で、ケイはやはり不本意そうな顔ながらも、―――首肯した。

 この柄は悪いが心根は良い勇者は、正直に話さねば納得しないだろう。何より、信頼に足る人物だ。柄だけは本当に悪いが。

 少々仲間外れ気味になっていたティアが、ポンと励ますように王の肩に手を置いた。その小さな手から最後の勇気をもらうと、王は後宮の暗部にまつわる物語を明かす覚悟を決める。


「勇者。それに賢者と聖女。ちょっとばかり長い話になるが、付き合ってもらえるか?」


 それは自身の半生と、オーク王国建国の歴史でもあった。



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