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第20話 勇者アシュレイは武人メイド(元姫騎士)と対峙する

「ここで、何をしている?」


 室内へ踏み込み、ケイがもう一度繰り返す。すでに細身の長剣を抜き放っている。


「お前こそ、ここへ何をしに来た?」


 アシュレイはオウム返しに決まりきった質問を口にしていた。

 ケイは無言で睨み返すのみだ。騒ぎを聞きつけ、駆け付けたに決まっている。機先を制され、我ながら少々飲まれているようだ。


「へっ、豚野郎の悪行の尻拭いにでも来やがっ―――」


 煽り言葉を吐き出して、気合いの立て直しを計った瞬間。ケイの構えた細剣の切先が、アシュレイの顔面目掛けて一直線に伸びてきた。


「―――うらぁっ!」


 ほとんど反射的に、されど極上のタイミングで振るわれた聖剣が空を斬る。

 眼前まで迫っていた細剣の切先がすっと引かれていた。そして引かれた先には、当然剣のみならずそれを構えたケイがいる。互いに剣と剣を伸ばせば、切先と切先が触れ合うくらいの間合いだ。

 十数歩はあった距離が、一瞬で詰められている。


「……ちっ、また新調しなくちゃいけないな」


 ベルトから剣帯ごと引き千切るようにして鞘を外し、投げ捨てる。強引な抜き打ちを放ったために、聖剣が鞘と剣帯を半ばまで断ってしまったのだ。


「……」


 あえて隙を見せたつもりだが、ケイは攻めては来なかった。

 交渉の余地がある、などとは考えない。細剣の切先を突きつける様に構えるケイは、代わりに刺すような視線でアシュレイを滅多突きにしてくれていた。本当の隙を作れば、視線はすぐに本物の剣に取って代わるだろう。


「―――っ、はぁっ、み、皆さまっ!」


 そこで、クローリスが室内に駆け込んできた。

 よほど慌てて駆け付けたのだろう。肩で大きく息をしながら、寝台で泣き叫ぶ女達の惨状に目をやり、次いでアシュレイに厳しい視線を向ける。


「あっ、あなたという方はっ」


「クローリス、皆さまのことをお願いする」


「え、ええっ、ケイさん」


「私は、この女の始末を付ける。まがりなりにも勇者だ。ご主人様のように、生かして行動不能に出来るとも限らないが―――」


「ご心配なく、その時には私も一緒にご主人様に頭を下げます」


「助かる」


 クローリスと話している間も、ケイに微塵の隙も無い。

 柄を握った右の拳と剣の切先、そしてアシュレイの瞳が一直線上に並ぶように構えている。つまりアシュレイからはケイの細剣は、切先を点で捉えられるのみだ。


「―――うおっ」


 そして何の予備動作もなしに、突いてきた。アシュレイからは、ほとんど切先が伸びてきたようにしか見えない。

 慌てて聖剣で迎え撃つも、やはり空を斬る。慌てた分だけ、大振りとなった。隙を見逃さず、一度は引いた切先が再びアシュレイを襲う。跳び退いて避け、着地と同時に聖剣を振る。すでに間合いを詰めに来ていたケイが、すっと後退した。


「強いだろうとは思っていたが、想像以上じゃねえか。―――さすが、エルドランドの双子姫ふたごひめ双剣そうけんうたわれた姫騎士の片割れだけはある」


「……」


 ケイは否定も肯定もしない。


―――双剣。


 本来なら二振りの剣を、あるいはその使い手を指す言葉だが、ここで言う双剣はある二人の女性に与えられた異名である。エルドランド王国に生まれた双子の王女であり、自ら軍を率いては魔物の群れを駆逐する稀代きたいの姫将軍であり、剣を取ってはお互いを措いて南方諸国に並ぶ者無しと称えられた姫騎士である。姉の名をジョー、そして妹の名をケイといったはずだ。


「その顔を見ると、当たりみたいだな」


 と言っても、ケイの表情は仮面でも張り付けたように動かない。それがかえって不自然なくらいに。


「だとしたら、どうだというのです」


 言葉と同時に、刺突が伸びてくる。弾きにいくと、またも細剣は弾くまでもなくすっと引かれた。

 間髪入れず、さらに刺突が飛んでくる。最初2つは弾きにいって空を斬り、次の1つは間に合わず大きく跳び退って透かす。

 無駄口を叩く間は与えないとばかりに、ケイは距離を詰めてくる。

 アシュレイやオークキングと同じくステップを踏みながらも、構えは―――こちらへ向けた剣の切先から重心、肩の高さまでいずれも小揺こゆるぎもしない。滑るように跳ねる、とでも言えば良いのか。隙無く軽快な足捌きだ。


「くそっ」


 完成された突きと足捌きに追いやられ、いつしかアシュレイは壁を背にしていた。後退を禁じられ、アシュレイは聖剣を中段に据えて守りを固める。

 ケイは聖剣の斬れ味を警戒して、剣と剣を打ち合せることを避けている。お陰で、あと一歩のところで凌げていた。逆を言えば、この武人メイドはそれだけの不利な条件下にあってなお、自分相手に優勢を保っているのだ。

 ケイの無言の気迫に押され腰が引け、いつしかブーツの踵が背後の壁―――寝台から離れた廊下側の壁だ―――をじゃりっと擦る。


「はああぁぁっっ!」


 雄叫びを上げ―――それで寝台の女達をさらに狂乱させてしまったのは心苦しいが―――、アシュレイは聖剣を遮二無二振り立てた。ケイは冷静に、どころか冷笑すら浮かべて、さっと身を引いた。追い詰められて、自棄を起こしたとでも思っているのだろう。

 アシュレイは剣が空を斬るのも構わず振り回し、最後にぶうんと大きく横に薙いだ。勢い余って―――というていで、そのままくるりと半回転して壁を横薙ぎにする。ケイに背を向ける格好だが、アシュレイのやけくそを警戒して先刻までよりも大きく距離を取っている。すかさずもう一閃、斜めに斬り下げ、さらに一閃、斬り上げる。

 そしてアシュレイは、肩口から壁に突っ込んだ。


「―――しっ、成功っ!」


 次の瞬間には、聖剣によって逆三角形に斬り取られた壁と共にアシュレイは廊下に転がり出ていた。


「聖剣というのは、まったく厄介な」


 穴の開いた壁の向こうから、忌々し気なケイの声が聞こえてくる。

 声だけで、すぐに追っては来ない。穴を使うにせよ、廊下の突き当たりのドアから出るにせよ、こちらは壁ごと相手を両断し得る武器を持っているのだ。

 しかし壁越しに気配の探り合いなどするつもりはアシュレイにはない。


「どうした、出て来ないのかっ? まっ、それならそれで良いさ。その間に、あたしはオークキングの首を取らせてもらうっ!」


 叫び、階上へ続く階段目指して実際に廊下を駆けだした。


「貴様っ! クローリス、後を頼むっ」


 ケイの声と、足音が背中を追ってくる。構わず、階段を駆け上る。


「―――っ、逃げるかっ。勇者ともあろう者がっ」


 アシュレイの足を止めようと、背後からケイが言い立てる。気にせず二段飛ばしで4階分の階段を瞬く間に駆け上り、屋上庭園へ出た。


「ふうっ」


 庭園の中程まで駆けて、ようやくアシュレイは足を止めた。

 背後を振り返ると、罵声を口にしながらケイが階段を登り詰め、屋上に姿を見せたところだった。庭園で優雅な午後のひと時を満喫していた女達が、何事かと騒ぎ始める。


「走るのはあたしの方がいくらか速いみたいだな」


 剣技ならまだしも、メイドに駆けっこで負けては斥候レンジャーの沽券に係わるというものだ。もっとも剣技でも、グランレイズでは誰にも負けたことはない。魔物との戦いが絶えない南方諸国にあって最強を冠する剣士というのは、やはり少々格が違うようだ。


「―――勇者っ!」


 ケイが迫る。アシュレイは大きく聖剣を振りかぶり、―――投げ放った。


「なっ」


 ケイは大きく体勢を崩しながら、ぶんぶんと旋回しながら飛来する聖剣をかわした。全力疾走の勢いも手伝って、ほとんど転倒しかけている。その側頭部に―――


「しまっ」


 “た”まで言わせずに、アシュレイの皮のブーツのつま先がめり込んだ。ケイの身体が、力なく庭園の芝生に崩れ落ちる。


「聖剣を警戒し過ぎたな」


 アシュレイの手を離れた瞬間、聖剣は本来の―――どちらを本来とすべきかは難しいところだが―――なまくらに成り下がっている。細剣で軽く弾けばそれで事足りるが、ここに至るまでケイは聖剣の斬れ味を過剰なまでに警戒して来た。その上で駄目押しに壁抜きを見せつけている。咄嗟に警戒心を解くことが出来ず、ケイは無軌道に旋回する聖剣を前に大袈裟な回避を選ばざるを得なかった。


「勇者様、これはいったい」


「おう、聖女様。ちょうど良かった」


 騒ぎを聞きつけ、折り良く教会から聖女が駆けて来た。アシュレイは昏倒したケイをひょいっと飛び越え、後方に転がった聖剣を拾い上げながら言う。


「―――豚王退治、再開だ」



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