第2話 オークキングは述懐する
“オークの子種はオーク以外の女達に注ぎ、オークの胎はオーク以外の子を宿せ。ただ王のみがオークと子を為せ”
王―――俺が廃した、かつてのオークにとって唯一の掟がこれだった。
俺がこの世界にブヒィと産声を上げたのはかれこれ10年も前のことだ。
先代オークキングの跡継ぎであり、生まれながらにしてオーク達にはかしずかれる存在であったが、不思議と俺にはこの生物に対して嫌悪感しかなかった。オークは発育が早く、3歳にして成人を迎える。オークなりにお頭が成長したその頃になると、俺は朧気ながら自身の来歴を理解し始めた。
前世とでも言うのか、俺の脳にはただの人間として生き、そして死んだ一人の男の記憶が宿っていた。それもオークもゴブリンもエルフも空想の産物に過ぎず、剣はあっても魔法は存在しない別世界を生きた記憶だ。
そんな俺にとってオークの容貌も生き方も醜悪でしかない。取柄と言えば旺盛な性欲と繁殖力であり、本能と件の掟にのみ従い行動した。つまりオークは人間やエルフの村を襲撃し、雄は女をさらい犯し、雌は男をさらい犯す―――後者に関しては立つものが立たず物理的に失敗に終わるケースが多いようだが―――ことを常とする生き物であった。
人間として生きた記憶を甦らせた俺にとっては、到底受け入れることが出来ない生き方だ。
掟は初代のオークキングが定めたと言い伝えられていて、原始人類ほどにも社会性を持たないオークも遵守する絶対の掟だった。人間やエルフの女達に悲劇を撒き散らす諸悪の根源であり、同時に俺にとってはオークとの交配を強制する悪夢の掟であった。純血が尊ばれ、先代オークキングの娘達、つまり俺の姉妹であり、俺に似て強面の雌オーク達がそのお相手である。
俺は王の強権を持って掟を撤廃し、全く逆の掟―――“オークの子種はオークの女達に注ぎ、オークの胎はオークの子を宿せ。ただ王のみがオーク以外と子を為せ”―――を制定した。人間の記憶を宿す俺にとっては、同族のオークではなく人間やエルフの方がよほど愛しく守るべき対象なのだ。
反発はかなり大きかった。別に旧法派と新法派で法律論議が巻き起こったなどいう高尚な話ではない。長く異種族ばかりを相手にしてきたオーク達の本能は、俺と同じく同族のオークよりも人間やエルフをより好むものへと変化していたのだ。金髪碧眼の細面を良しとしてきた者達に、今後は豚面肥満体をのみ相手にしろと命じたのだから反発も当然だ。しかし俺は並のオークが何十頭と束になったところで問題にもしないキングの強さを誇示し、時には利を諭すことでそれら全てを抑え込んだ。
そんな俺が自身の身体の異常―――厳密には正常というべきなのだが―――に気付いたのは、それからしばらくしてからのことだった。
因果応報というべきか。それは他のオーク達が味わった苦悩とよく似ていたが、純血に純血を重ねてきたオークキングの血筋だけにより重傷だった。先に述べた通り、俺の精神はほぼ人間のものだ。エルフの秀麗な美貌には心が震えるし、人間の美女の豊満な肉体には胸が高鳴る。しかし極めて本能的な部分においては、これ以上なく純度の高いオークそのものなのだった。他のオーク達は豚面相手には萎えるなどと悪態を付いていたが、萎える程度俺に比べれば可愛いものだ。
―――要するに俺のアソコは、オークの豚女の裸を見てはギンギンに反り返るというのに、人間やエルフの女相手には完全にピクリとも反応してくれないのだった。
「はあっ? そんなわけあるかっ。オークの野郎に犯され、孕まされたって女の話をあたしは何度も耳にしてきた」
赤髪の女の声が、ティアの言葉に思わず現実逃避していた王の意識を目の前の現実へと引き戻した。
「それは別のオークの話でしょ。ご主人様はオチ〇チ〇立たないし、もしオチ〇チ〇が立ったとしても、女の人に無理矢理ひどいことなんてしないもんっ!」
王を擁護するティアの言葉が、ぐさぐさと王の心をえぐる。しかし実際に今も股座にぐりぐりと小さくも柔らかいティアの尻を押し付けられ、惜しみなく肌をさらす妖艶なクローリスとそれでもなお清純な魅力を保つケイを左右の膝の上に確かに感じながら、王の持ち物は全くの無反応なのだった。
「目を覚ませっ。そいつはオークだぞ。人の世に悲劇と渾沌を撒き散らすだけの、魔物の中でもとりわけ醜悪で最低の化け物だっ!」
「オークってだけで人を一括りにしてっ。ボクそういうのが一番嫌いっ!」
一際大きく叫ぶと、ティアはツーンと赤髪の女から顔をそむけた。
必然的に再び顔をうずめることになった俺の腹に、感極まった様子のティアは涙と鼻水をこすり付けてくる。エルフからは軽蔑の、人間からは好奇の視線を向けられるのが常のハーフエルフだ。思うところがあったのだろう。
俺はティアのお団子頭をわしわしと撫でてやった。クローリスとケイが赤髪の女に白い目を向ける。赤髪の女は口は悪いが存外に人は良いようで、居たたまれない様子で頭を掻きむしっている。
「ま、まあ、オークが人間達に悪事を働いてきたのは事実だしなっ。悪く思われるのも仕方ないさ」
気まずい雰囲気を打ち消すように王はあえて明るい口調で切り出すも、女達の間に流れる微妙な空気が払拭されることはなかった。




