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第18話 勇者アシュレイは坑道を行く

 ランタンの明かりを頼りに、アシュレイは暗闇を進んでいく。

 穴―――坑道の内部は地面も平坦に均され、足を取られる心配はほとんどない。ただ天井は先へ進むほど低く、余人の侵入を拒絶するようだった。


「えーと、ここを右か」


 分岐に差し掛かる度、お手製の地図を見下ろして進路を決めていく。最近では賢者に任せることも多いが、地図を書くの(マッピング)は嫌いではない。

 賢者とパーティを組む以前は、単独で迷宮に潜りもすれば、野盗や魔物の根城に侵入して首領を仕留め、どさくさに乗じて逃走したりもしたものだ。

 聖剣を引き抜いた今でこそ勇者の肩書を得ているが、元々アシュレイは剣が得意な斥候レンジャーであると自己を認識していたし、それを誇りともしていた。使い走りだの盗賊シーフだのと揶揄されることもあるが、斥候こそが最も冒険の醍醐味を味わえる、最も冒険者らしい職である。


「―――っと、またか。……ここは、確か前にはなかったな」


 足元に罠の形跡を認め、アシュレイは数歩後退する。残しておいても帰りが面倒なので、石を投げて罠を起動させた。

 クロスボウから放たれた矢が2本、アシュレイが本来ならば立っていたはずの場所を過っていく。


「毎度毎度、御大層なことだ」


 この辺りはすでに地図上に記されている。一度と言わず何度も踏破した道だった。つまり坑道の主はアシュレイが罠を解除する度にそれを仕掛け直し、あるいは新たな罠を設置して回っているということである。


「しっかし、とんでもない広さだなぁ」


 敵意が無いことを示す意味も込めて、大きく独り言を呟きながらアシュレイは先へ進む。


「後宮そのものの倍、下手すりゃそれ以上か?」


ドワーフは1日に10ワンド―――ワンドは聖心教の救世主が手にしていた杖に由来するとされる長さの単位(1ワンド=1メートル)―――も坑道を掘り進めると言われるが、あながち誇張した話ではないのかもしれない。


「―――っ」


 びんっと空気を震わせる音がした。とっさに鞘ぐるみで振るった聖剣が、飛来した矢を弾く。


「な、なんだ? 仕掛けを踏んだ覚えはないぞ」


「うおおおおぉぉっっ!!」


 当惑するアシュレイの思考の間隙を突くように、闇の中から小柄な人影が飛び出して来た。気合を発し、低い天井にほとんど擦るように十字鍬ピッケルを大上段に振りかざしている。

 アシュレイは素早くランタンを足元に置くと、聖剣の鞘を払った。半歩後退して上段からの一撃を透かし、勢い余った十字鍬が地面に突き立った瞬間に聖剣を走らせる。アシュレイの手にほとんど何の抵抗も残すことなく、十字鍬の柄は両断された。


「な、なんだとっ! くそうっ、だったら―――」


「お、おい、待てっ」


 人影はただの木の棒となった十字鍬を投げ捨てると、踵を返した。ランタンの照らす範囲を出て、再び闇へと姿を消す。そして―――


「おおおおおぉぉっ!!」


 すぐにまた光の中へ飛び込んできた。今度は戦斧を掲げている。それは先程の十字鍬とは異なり、柄の中程までが鉄で覆われていた。

 が、問題にもならない。アシュレイは左斜め前方に踏み込むと―――狭い坑道に肩の肉と板金鎧をがりがりと擦り付けながら―――、馳せ違い様に戦斧を断ち切った。やはりほとんど何の抵抗もなく、すっぱりと。


「う、嘘だろうっ!? 俺の戦斧がっ!」


「ふうっ、その手の得物はちょっと面倒なんだよなぁ」


 十字鍬しかり、戦斧しかり、重心が先端にある武器を両断する際には、注意が必要だった。聖剣は余りに斬れ過ぎるが故に、切断してなお勢いがいささかも衰えず、重く鋭利な投擲武器と化してこちらへ襲ってきかねないのだ。だから一度透かすか、しっかりと斬撃をかわしながら斬る必要がある。それを聖剣の弱点と言ってしまっては贅沢が過ぎるし、聖女に怒られるだろうが。


「お、おい、お前っ、何だその剣は? ちょっと俺に見せてみろっ!」


 小柄な人影―――ドワーフの少女が詰め寄って来た。


「あんたがこの坑道の主、リアンか」


「何で俺の名前を。―――って、よく見りゃお前、人間じゃないか。てっきりゴブリンでも現れたもんかと思えば」


「……それなりに長く冒険者をやってるが、ゴブリンと間違えて襲われたのは初めてだぜ。というか、あんたが掘った坑道だろう? ゴブリンなんて出るのか?」


「なんだ、穴ゴブリンを知らねえのか? いや、人間ならそれも仕方ねえか」


「穴ゴブリン?」


「おうよ、俺らと同じように穴を掘り、そこを巣穴とするゴブリンさ。たまに坑道と巣穴が繋がっちまうことがあってよ。そん時ゃあ戦争よっ」


 リアンが腹を抱えてがははと笑う。如何にもドワーフらしい仕草だ。

 ドワーフは背丈こそ人間の半分程度に過ぎないが、屈強な筋骨を誇る種族である。鉄と酒を愛する豪快な亜人だ。


「そんな奴らがいるのか。まあ何にしても見ての通りあたしは人間だ。アシュレイってもんだ」


「あしゅれい? どっかで聞いた名だな」


 リアンが小首を傾げた。

 ドワーフは男であれば髭面の老け顔と相場が決まっていて、女もどんぐり眼に団子鼻の純朴な顔立ちの者が多い。しかしリアンはドワーフ然とした口調に反して―――と言っては失礼だが―――なかなか可愛らしい顔をしている。頭身が低く手足が太い身体と相まって、お人形のような愛らしさがあった。その手の趣味の男には、たまらないものがありそうだ。


―――こいつは、当たりかもしれないな。


 メイド長のクローリスが、後宮内で殊更に立ち入りを禁じた場所がいくつかある。この坑道もその一つだった。オークキングの弱点なり、善人、いや善豚面したあの魔物の本性なりが隠されているのではないかと、密かに探りに来たのだ。


「おっ、そうか、最近後宮にやってきた勇者ってのはあんたか」


 リアンがぽんと手を打つと、顔を輝かせて叫ぶ。


「―――ってぇことは、そいつがあの聖剣かっ!!」


 ドワーフの少女は今にもよだれを垂らしそうな表情で聖剣を、そして待てと命じられた子犬のような表情でアシュレイの顔を、順繰りに見やる。


「好きにしろ。―――お、おいっ、気を付けろよ」


 話を聞くにも、まずはご機嫌取りだろう。アシュレイが聖剣を突き出すと、リアンは勢い込んで飛びついて来た。



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