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第16話 聖女カタリナは現実に直面する

「勇者様、毛布などをここへ運び込んでください。ティアさん、申し訳ありませんが、ご助力いただけますか? ―――ええ、馬車で直接乗り付けてもらって構いません」


 カタリナはてきぱきと指示を飛ばした。

 怪我人の救護なら慣れたものだ。少々気後れを感じるティアに対しても物怖じせずに協力を求める。


「賢者様、御遺体を氷の魔法で冷やしていただけますか? 疫病が心配です」


「燃やしてしまった方が良いのではないか?」


 冷却では病の元を完全に断つことは出来ない。賢者の魔法で骨になるまで燃やし尽くしてしまうのが、理から導き出される正解ではあるのだろう。しかしカタリナは首を横に振った。


「お別れを言う時間が皆様には必要です」


「わかった。……さて、凍らせるのも都合が悪いであろうし。そうだの、こうするか」


 賢者は屍の山に向き直ると、杖を掲げた。まず“氷槍”の魔術で氷の柱を山の周囲に打ち立て、次いで“旋風”の魔術で冷えた風を送り込んでいく。


「俺は何をしたらいい?」


 化け物離れした化け物が、おずおずと尋ねてくる。


「……では、御遺体を一人一人並べ直し、血の汚れなども拭い落として頂けますか? 手足を切断されている方もおられます。それも探し出してきれいに揃えてあげてください」


「―――おう」


 オークキングは一瞬表情を固まらせた後、力強く肯くと屍の山へと向かっていく。

 適任だろう。賢者の魔術で寒風の吹き付ける中での作業は人間には肉体的に厳しい。そしてそれ以上に、恐らく4、50人にも及ぶ犠牲者と向き合うのは精神を擦り減らす。しかしオークにとっては人形遊びの範疇であろう。

 カタリナは己の差配に満足すると、集まって来た負傷者に惜しみなく奇跡を振るっていった。

 オーガ達に抵抗し、重傷を負った者は奴隷には不適として真っ先に処分されたのだろう。理由を思えば幸いにしてとは言い難いが、回復魔法で癒せないような負傷―――四肢の欠損など―――をしている者はいなかった。


「――――。―――。“回復”。……他にお怪我をされた方はおりませんか?」


 最後にオーガの爪で腕に裂傷を負った男性を癒すと、カタリナの周囲には誰もいなくなった。回復魔法をかけたばかりの男性も、ぺこりと頭を下げるとそそくさと駆け去っている。


「……」


 人々は勇者達から救援物資を受け取り、あるいはそれすらも受け取らずに、三々五々と広場から去っていく。

 別に感謝の言葉が欲しいわけではないが、人々の態度はあまりに冷ややかだ。グランレイズでは神聖魔法を使える聖心教の神官というだけで、子供達は興味津々に近寄ってくるし、大人達は丁重にもてなしてくれる。


「あっ、そちらの御方、お待ち下さいっ」


 二人組の男を呼び止めた。一方が肩を借り、足を引きずるようにして広場から立ち去ろうとしている。


「お待ち下さい」


 ちらりとこちらに視線をやっただけで、足を止めない二人の前にカタリナは回り込んだ。


「なんだってんだよ」


 肩を貸している方の男が言うのは無視して、もう一人の様子に素早く目を走らせる。顔色は悪く、腹を抱えるようにしている。


「腹部を打たれるか何かしましたか? すぐに治療いたします」


「へっ、オークの情婦いろの助けなんているかよ」


「―――っ」


 掲げた杖が押し退けられた。それも肩を貸している男ではなく、負傷した男性自身の手でだ。


「……そのような偏見で人と接してはなりません」


 自分はオークに犯されてはいない。そう叫び出したい気持ちをぐっとこらえて、カタリナは優しく語りかけた。仮に自分の潔白を証明したところで、この問題の本質を解決したことにはならない。


「何が偏見だ。それをあんたが言うのか、神官さんよっ」


「……? いったい何を?」


「てめえがオークの女の仲間入りをした途端、知らんぷりか? しらばっくれるんじゃねえぞ」


「―――彼女はグランレイズから来たばかりの余所者です。本当に知らないのですよ」


 いつの間にかケイが側に来ていて、当惑するカタリナに代わって答えた。

 オーガへの尋問はかなり凄惨を極めたようで、ケイは両手を真っ赤に血で染めている。そんな女に氷のような視線を向けられ、男二人が押し黙った。


「しかし、なかなか見上げたものですね。命を賭してまで、オーク嫌いを貫くとは」


「い、命だと?」


 肩を借りる男の青い顔が、さらに青ざめる。


「ええ。オーガの殴打を受けて、酷く内臓を痛めたご様子。その顔色ですと、腹の内で出血もありそうです。もはや神官の奇跡に頼るほか、治療の術は残されていないでしょう。それでもなお、王が慈悲を持ってお連れした神官の治療を拒まれるとは、見上げたお覚悟です」


「う、ううっ、そ、そんな」


 男の青い顔が、すがる様な視線を向けてきた。カタリナは軽く肯き返すと、詠唱を口にする。


「――――。―――。“回復”。……これで大丈夫です。喉が渇くと思いますが、数日はあまり勢い良く水を飲まないようにしてください」


「あ、ああ」


 男達はやはり感謝の言葉は口にせずに、逃げるように去っていった。

 二人きりで取り残されると、カタリナはおずおずとケイに尋ねる。


「……ケイさん、あの御二人が仰っていたのは?」


「“オークに犯され、その子を産み落とした女は禁忌に触れた穢れた存在だ”。この辺りでそのように言い募り、偏見を助長しているのは、貴方達聖心教の人間だということですよ」


「そ、そんな、う―――」


 嘘、という言葉をカタリナは飲み込んだ。

 屋上庭園の教会に訪れた女達の煮え切らない態度が、すとんとそれで腑に落ちてしまったのだ。何より、如何にも過激派の聖職者が口にしそうな話ではないか。

 その後、一行はケイが聞き出したオーガのねぐら―――3体の成体と10体余りの子供のオーガが残る岩窟―――へと向かった。

 尋問とオークキングの嗅覚で、岩窟内に囚われの人間が存在しないことは確認出来ている。まずは入り口から賢者が長々とした詠唱を伴う最大級の火焔砲を叩き込み、半死半生で逃れ出た生き残りを勇者とオークキングが確実に仕留めていく。

 この堅実かつ手っ取り早い方法で、村人達の当面の脅威は半鐘(=約30分)のうちに取り除かれたのだった。

 その間ずっと、カタリナは悪癖である聖書の暗唱に耽っていた。


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