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第11話 賢者ソフィアはさらにオークを知る

「ふふっ、―――さてと、本題に戻るとするかの。オークの数が増えた理由は理解出来たが、個々の力が増したというのは?」


 ひとしきり笑うと、ソフィアは再び問い掛けた。


「ああ。……そうだな、あんたらには、あんまり気分の良い話にはならないぞ」


 そう言って言葉を切りこちらの様子をうかがうオークキングに、ソフィアは小さく頷いて先を促す。


「オークって弱いだろう。そうは思わないか?」


「勇者に聖女、そして自分で言うのもなんだが人類最上位の魔術師である儂、この三人を相手取りたった一人で勝利しておいて、よく言うの」


「ああ、まあ俺は特別さ。純血のオークであり、オークキングだからな。並みの連中はどうだ?」


「……ふむ。冒険者に伝わる言葉にこういうものがある。“キュクロプス1頭はオーガ10頭分に相当し、オーガ1頭はオーク5頭分に相当し、オーク1頭はゴブリン3頭分に相当する。ただしゴブリンを1頭見つけたら20頭はいると思え”」


「ははっ、間違っちゃいないな」


 暗にヒト型魔物の中でオークが最も与しやすい相手であることを示した言葉だが、オークキングは気分を害することなく愉快そうに笑った。

 もちろん人間にとってオークは巨体を誇る強靭な魔物である。しかしさらに頭二つ分ほど体長に勝り、身体能力はそれ以上に勝るオーガ―――肥満体のオークと違い筋骨隆々としている―――や、ヒト型魔物の中でも段違いの巨体を誇るキュクロプス―――膝の高さが平均的な体格のオークの頭の位置に等しい―――と比べれば、遥かに楽な相手だった。ゴブリンのように罠や戦術の類を用いることもない。オークは熟練の冒険者なら当たり前に一人で討伐する対象だし、駆け出しの冒険者パーティーが腕試しに挑むのに手頃な手合いと考えられていた。


「でもな、どうも元々は違ったらしい。掟を改めオーク同士で子供を作るようになった結果、ハイオークが生まれてくるようになった。これまではハイオークというと、オークキングがオークの雌に子供を産ませたときに生まれてくる、言ってみればキングの為り損ないみたいなもんだと思われていたんだけどな。俺の兄弟姉妹もほとんど皆、ハイオークだったしよ」


 ハイオーク。並みのオークよりも一回り大きな、この城では精鋭として近衛兵などを務める者達だ。冒険者の間ではオーガにも匹敵するオークの上位種と見做されている。


「それにな、国を建てて以来、噂を聞きつけてハグレが俺の元に帰参してくることがあるんだが、あいつらは大抵ハイオークだろう?」


 ハグレ―――ここではいわゆるはぐれオークのことだろう。

 大半のオークは大陸南方の人間と魔物それぞれの生存圏の境界近くで、オークキングの支配の下で暮らしている。しかし稀に大陸中央部にも姿を現すことがあり、逸れオークと呼ばれていた。かつてオークが強勢を誇った時代に南方から移り住み、そのままその土地に残った連中と考えられている。当然人間の土地でこれまで生き延びて来たからには理由があり、あまり人間を襲い犯すような目立つことはせず、山中深くや洞窟の奥でひっそりと仲間内だけで暮らしてきたのだろう。つまりは古い掟に縛られず、オーク同士で繁殖してきた連中だ。


「ふむ。そういえば先程も純血がどうのと言っておったな。……なるほど、お主の言いたいことが分かった。オークの子は皆オークの姿で生まれて来るものだから思い違いをしていたが、その実、オークと人間やエルフの血は確かに混じり合っていたということか。そして本来のオークは、今でいうハイオークに近い生物であったということか」


「そういうことだ」


 オークキングがこくりと肯いた。

 恐らくオークキングの考えは正しい。確かに数百年前のオーク全盛時に記された書物には、今よりも遥かに勇壮なオークの姿が描かれている。


「数えさせてみたらな、オークとオークの親から生まれてくる子供は3分の1がハイオークで、3分の2が普通のオークだった。ハイオークの中にも生まれついての強弱があるから、複数の遺伝子が関わるんだろうが―――」


 いでんし、と言う耳慣れない言葉を口にすると、オークキングはそこで一旦言葉を切った。先刻のようにこちらの覚悟の程をはかっている様子はない。単にもったいぶっているようにも、緊張しているようにも見えた。訳もなく既視感が湧いてくる。


「たぶんだが、外貌と繁殖力を維持してオークをオーク足らしめるための鍵となる遺伝子が一つ存在するんだろう。仮にそれをORK遺伝子とし、人間や亜人は対となるork遺伝子を有するものとしよう。両親からORK/ORKを引き継いだ子供はハイオークに、ORK/orkを引き継いだ子供は並みのオークに、そしてork/orkの場合、つまり精子も卵子もORKを有さない場合は、そもそも受精が成立しない。そう考えれば―――」


「ま、待て待て、覚書メモを取らせてくれ」


 ソフィアはローブの裏ポケットから、羽ペンと墨壺、紙束を取り出す。

 ペン先を墨に浸し用意が整うと、今か今かと待ち構えていたオークキングが再び立て板に水と喋り始めた。単語の意味や理論はソフィアにも計りかねる部分があるが、話の筋は通っているように思えた。


―――なんというか、新しい魔術を披露したくてたまらない子供のようだな。


 既視感を覚えるわけで、それは幼少期のソフィアの姿でもあった。オークについて探りまわるソフィアに妙に協力的だったのは、この仮説を誰かに披露したくてたまらなかったからか。クローリス達なら喜んで耳を貸すだろうが、それは話す内容が他のどんなものであっても同じことだ。今日の天気の話題だって、オークキングが話せばあの三人は楽しげに傾聴するだろう。


「…………ふぅ」


 やがて、長い講釈を終えたオークキングと、膨大な覚書をしたため終えたソフィアは同時に息を吐いた。


「いや、なかなか興味深い話であった。儂の中でまだ整理し切れていない部分も多い。後ほどまた質問させてもらっても良いか?」


 不安気にこちらを窺うオークキングに言ってやった。その一言にほっとして、ぶんぶんと二度三度と首肯する顔は、豚面ながらもやはり子供時代のソフィアと同じものだ。

 ソフィアはいそいそとローブに覚書をしまう。さっそく後宮に戻ってまとめ直そう。何とも復習しがいのありそうな教材に胸が高鳴っていた。


「―――っと、そういえば、この話のどこに儂が気分を害する要素が?」


 逸る気持ちを抑えて、浮かんだ疑問をソフィアは口にした。


「冒険者ならオークを殺したことくらいあるだろう。見た目はオークでも、中身は人間やエルフに近い生物を殺してきたってことだぞ。気分が悪くもなるだろう」


「んん?」


 何を言われているのか理解するのに、ソフィアはしばし時間を要した。


「ふっ、はははっ。お前というやつは、本当にオークの王らしからぬことを言うの」


「な、なんだよ? 何か変なことを言ったか?」


「儂らは冒険者だぞ。魔物退治も請け負うが、悪漢の類を成敗する仕事だってある。そも、人間の歴史を紐解けば、戦争という名の下に人と人が殺し合いをしていない時間の方が短いくらいさ。そんなことを今さら気にするか。だいたい、寄り添うメイド達に構わずお主に魔術を放ったのも、勇者諸共お主を焼き払おうとしたのも儂だぞ」


「むむ、そういやそうだったな」


「ふふっ、妙な男だ」


 緑色の肌のオークキングの鼻白んだ顔に、思わず笑みが漏れる。


「……ふふっ」


 いつの間にかオークキングの表情をかなり正確に読み取れるようになっている自分に気付いて、ソファアはもう一度笑みをこぼした。




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