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第35話 次代の王は産声を上げる

「おらっ、でかい図体してうろうろしてるんじゃねえっ、邪魔だっての」


 後宮の一室、ぴったりと閉ざされたその扉の前で、勇者に雑に蹴飛ばされた。


「おーい、持ってきたぞー」


「ありがとうございます」


 勇者が呼び掛けると、すぐに扉は開き聖女が顔を出した。

 お湯一杯のたらいが手渡される。よくもそんなものを抱えて王の巨体を蹴り飛ばせたものだ。


「もっと必要か?」


「いえ、とりあえずはこれで十分です。賢者様の魔術で温め直しも出来ますし」


「そっか。じゃあこの辺にいるから、何かあったら声掛けてくれ」


 待合用に廊下にいくつも並べられた椅子に勇者は腰を下ろす。


「お前も突っ立ってないで座ったらどうだ?」


「あ、ああ、そうだな」


 促されるままに、隣の席へ着く。


「ちょっとは落ち着け。聖女様がいて賢者様がいて、さらには経験者マリーまで付いてるんだ、お前が心配することなんて何一つないだろうが」


「そうなんだけどよ。……ああ、勇者も手伝ってくれてありがとう」


「仕方ねえだろう。お前は空回ってばっかだし、ティアとケイに走り回らせるわけにもいかねえし」


 待合席から真剣な様子で扉を睨む先客達に勇者は視線をやる。

 二人とも部屋で大人しくしていて欲しいのだが、安定期だし、これも予習ということで押し切られた。

 扉からは時折、クローリスの苦し気な喘ぎが聞こえてくる。


「それにあたしも賢者様も聖女様も、明日は我が身ってやつだしな。つーか、“手伝ってくれて”とかあんまり他人行儀な言い方すんじゃねえよ」


「そうだな。確かにその通りだ。すまん」


 非を認め、素直に頭を下げた。


「…………」


「……あー、そう言えば、名前はどうすんだ? クローリスから考えて欲しいって言われていただろう?」


 しばし無言が続き、沈黙に耐えかねたように勇者が切り出した。

 あの戦いから半年余り、掟の特例申請をするカップルがそれなりの数に上っていた。

 意外や多いのが人間の男とオークの雌の番いだ。

 人間の男はその大半が兵士で、退役してそのままオーク王国に残ったグランレイズの兵もいる。駐屯地で雌オークと寝食を共にする間に仲を深めたということだろうか。

 そうして人間とオークの婚姻が増えれば、その子供に名前がないと言うわけにもいかない。そこで一番手となるマリーの出産を機に、新しく生まれるオークの子に、そして申請があれば大人達にも名前を名乗ることを許したのだ。


「……うん、まあ、色々考えてはいるんだけどよ」


 相談してみるのも悪くないかもしれない。この勇者なら歯に衣着せない感想を言ってくれるだろう。―――などと考えていると。


「――――っ、―――――っっ!!」


 文字に起こすなら“おぎゃあ”よりも“ぶひぃ”に近いだろうか。なんとも力強い産声が上がった。

 思わず椅子から腰を浮かせ、その不自然な体勢のまま固まっていると、ややあって扉が開き黒のとんがり帽子が顔を覗かせた。


「もう入って良いぞ」


 促され、どたどたと室内に足を踏み入れる。

 寝台には汗に濡れたクローリス。傍らに聖女とマリーが寄り添い、そしてマリーの腕の中には―――


「わあっ」


 女達がマリーを取り囲んだ。


「可愛いっ! 男の子? 女の子?」


「うむ、元気な男の子よ。オーク王国の後継ぎと言うわけだの」


「まてまて、それは聞き捨てならんぞ、賢者。正妃は私だ。嫡子は私の腹の子だろう」


「お前は第三夫人だろうが、ケイ」


「むっ、何か言ったか、第六夫人?」


「誰が第六だっ」


 女達がもめ始めるのを尻目に、王は枕元へ足を進める。


「身体は大丈夫か?」


「ふふっ、そんなに心配なさらずとも、カタリナさんに回復の奇跡もかけて頂きましたから。―――さあ、私のことは良いので、あの子を抱いてあげてください」


「あ、ああ」


 視界の端に留め、あえて直視しないようにしていた我が子に目を向ける。


「どうぞ、お義兄さん。お父様似のお子様です」


「ああ」


「それはそうであろう」


 賢者の言葉に内心激しく同意しながらも、恐る恐るマリーから息子を受け取った。


「…………」


 最初に感じたのは、安堵だった。

 赤子と言ってもオークである。完全に八つ当たりでしかないが、せっかく人間の姿を取り戻せる機会を奪われた恨みもある。

 いくら実の子供とはいえ無条件の愛など感じることが出来るものか、不安があったのだ。

 しかし、ただの杞憂だった。

 息子はまだほとんど体毛も生えてはおらず、産湯で濡れた緑の肌はヌメヌメテカテカとして正直気持ちの良いものではない。豚面は皺だらけで、閉じた目もその皺の中に埋もれてどこがどこだがよく分からない。

 ティアは可愛いと言ってくれたが、客観的に見てぶっさいくな赤ちゃんだった。

 それでも不思議と愛情はこみ上げてきた。これが父性と言うものだろうか。


「ご主、―――あなた、名前は決めて頂けましたか?」


 じっと我が子を見つめていると、クローリスから問われた。


「そうだな、―――クロってのはどうだ?」


「クロ、ですか?」


「クローリスから取ってクロってか? おいおい、犬猫じゃねえんだから―――」


「しっ」


 予想通りと言うべきか、真っ先にけちをつけた勇者をケイが押し留める。


「…………駄目か? あんまりオークらしく育って欲しくないから、オーク(ork)を逆から読んで、クロだ」


 殺してしまったダークオーク達への思いも込めたが、口には出さなかった。

 道は違えど自分よりもよほど立派な王であったあのダークオークキングのように育ってくれるなら嬉しい。


「……クロ、クロ」


 クローリスは噛みしめるように二度三度と呟くと、小さく頷いた。


「うん、私は好きです」


「そうか」


 ほっと胸を撫で下ろす。我ながらずいぶんと緊張していたらしく、腰砕けに倒れそうになるのを堪えた。

 腕の中には我が子が、―――クロがいるのだ。


「おうっ」


 クロがぎゅっと王の指を握った。

 予想外に強く、しかし強過ぎはしない。当たり前だ。人間ではなく、しかしオークキングでもないのだから。


「この子には、どんな未来が待っているのだろう」


「だから、お前の次の王だろう? それともこれからハイオーク達を相手に励んで、オークキングを産ませるか?」


「勘弁してくれ、勇者」


 オークもそう悪いものでもない。思い直しはしたものの、さすがにげんなりさせられる。

 それに、そもそもこの身体は―――


「まっ、無理か。お前はあたしらに欲情するようになった代わりに、オーク相手には―――」


 勇者は言い止し、意味あり気な視線をティアに投げ掛けた。


「……? ―――あっ」


 水を向けられたティアは怪訝そうに小首を傾げるも、やがてはっとした顔を上げる。


「ご主人様がそんなことするはずないでしょっ。ご主人様は、―――“オーク相手には”オチ〇チ〇立たないんだからっ!」


 ボクっ子ハーフエルフメイドの叫びが後宮に響いた。


次回、エピローグ(アフターストーリー)です。


余談ですが、ダークとオークに黒をかけた「クロ」と言う名前、時節柄良くないかなぁとちょいと不安。結構前から決めていた名前ですし、他に適当なものも思い浮かばないのでとりあえずそのまま採用しましたが。


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