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第32話 オークキングは宙を舞う

 同時に腰へ手を伸ばした。

 王は棍棒を“抜き打ち”にする。かつて生きた世界における居合と言うやつだ。

 ベルトから“抜いて、振りかぶって、打つ”よりも、二手早く棍棒を振るうことになる。

 必然、先に当たる。―――はずが、棍棒と棍棒は中空でぶつかり合い、パァンと小気味良い音を響かせた。

 オーク伝統の固い樫の棍棒が、ただの一合ともたずに粉微塵に砕け散っていた。


「―――ッ」


 ダークオークキングは木っ端を嫌い顔をそむける。

 隙を逃さず、柄だけになった棍棒を握り込んだまま右の拳を振るった。

 当たる。―――直前、それに気づいたダークオークキングは棍棒をぽいっと投げ捨て、空いた右の手の平でひょいっと王の拳を払いのけ、左の突きを放った。


「―――ぐふっ!?」


 鳩尾に紫の拳が深々と突き刺さり、巨体が浮いた。

 見っともなく足をばたつかせ、爪先が地面を捉えるやドタドタと見苦しくも後退る。

 距離を詰めるダークオークキングに、苦し紛れに右手に残された棍棒の柄を投げつけた。たかが木片。ダメージは望めないが牽制くらいにはなるか。

 思惑通り、前進の代わりに身を沈めて棍棒を避けた。その体勢は、言うなれば相撲の立ち合い、ぶちかましの構えだ。


「ヤバ―――」


 “い”まで言い切ることも出来ず、宙を舞った。

 額でも肩でもなく鼻先を使って突き上げるオーク流のぶちかましだ。

 化け物離れした脚力で、自ら飛ぶように跳ねたことはある。しかしこの巨体が否応なく撥ね飛ばされるなど、オークキングに生れ落ちて初めてのことだ。

 さらに、どだだだだっと足音が迫ってくる。


 ―――自分でふっ飛ばしたもんに追い付くかよ、普通。


 ダークオークキングがすぐ真横を並走していた。


「―――がっ」


 脇腹に右肘が突き刺さる。ぶちかましの次は肘を使ったかちあげだ。王の巨体は進路を変え、さらに宙を舞う。

 やがて地に落ち、幾度か弾み、ごろごろと転がり、ようやく勢いが収まった。


「――――っ! ―――っ!!」


「―――ッッ!! ―――――ッッ!」


 人間とオーク達が悲鳴を、ダークオーク達が歓声を上げる。


「……まあまあやるじゃねえか」


 王はすっくと立ち上がると、悠々と歩み寄るダークオークキング相手に虚勢を張る。


「子供と、舐めてもらっては困る。オレはオジイさまとオバアさまより強い」


「ああ、そうみたいだな」


 それも格段に。

 素手の戦いになったのは幸いだった。数百年分も進歩した格闘知識と間合いリーチを活かすしかない。

 左半身に構えて、左の突きジャブを刻んでいく。


「―――がっ!?」


 つもりが、気付いた時には頬を殴り飛ばされていた。

 咄嗟にその拳を掴み取りにいくが空を斬り、その瞬間にはすでに二発目が脇腹に、三発目が胸板に叩き込まれていた。


「ぶふっっ!」


 四発目を鼻面にもらいながら、ラリアット気味の大振りの突きを返すもそこには誰もいない。

 勇者の大下段を躱した時と同様にダークオークキングは身軽に跳躍し、ついでとばかりに王の顎を蹴り上げ、側頭部を蹴り飛ばし、最後に踵で腹部を踏み付けるように蹴るととんぼを切って着地した。つまりは中空で蹴りの三連撃。


 ―――それがオークの動きかよっ。


 いつもは王と対峙した者達が抱くだろう驚愕を、今日は自身が突き付けられる番だった

 根本の速さが違い過ぎる。王が一つ動く間に、ダークオークキングは二つも三つも挙動する。

 しかも軽量でありながら、拳は決して軽くなかった。鼻筋は歪んで呼吸は詰まり、あばらは幾本もひび割れていそうだ。


「オレが子供だと、まだ舐めてる?」


 皮肉でも何でもなく、偉大なオークの王がこの程度のはずがないと言う顔で首を傾げる。


「本気にさせてみろよ、ガキが」


 こちらはやはり虚勢で返す。気を張っていなければ今にも倒れてしまいそうだった。


「わかった―――」


「―――ふぬっ」


 またも瞬時に間合いを詰められ、大人のオークキングの象徴とでも言うべき左右の牙を掴み取られた。

 紫の両腕に振り回される。凄まじい膂力だ。が、力は強くとも体重はやはり体格相応でしかない。

 身を反らし、思い切りぶっこ抜いた。王と比べれば小柄なダークオークキングの体が跳ね上がり―――


「―――っっ!?」


 下顎に砕けんばかりの衝撃が走った。


 ―――膝蹴り、か。


 自身の長い鼻梁が邪魔をして確とは見えないが、間違いない。

 軽々十ワンドも跳ねる馬鹿げた脚力に、牙を引き寄せる化け物離れした腕力、そして全身のバネ、加えて王が身を仰け反らせる力まで利用した一撃だ。

 耐えられるはずもなく、崩れ落ちる。


 ―――こいつはまずい。


 牙を掴まれたまま、ダークオークキングの眼前にひざまずく。それは膝蹴りには格好の高さだ。


「―――っ、―――っ、―――っ」


 膝小僧が連続で飛んでくる。

 顔面を両腕で庇う。が、腕越しの衝撃が頭蓋に響く。


「――――ッ!?」


 二十数発目にして、血とよだれで濡れた牙が滑って、ようやく王は解放された。

 尻もちをつき、そのまま後方に二度三度転がり、よろよろと立ち上がる。


「本気になった?」


「……お、おうよ」


 朦朧とした意識で答えた瞬間、再びのぶちかましと浮遊感に襲われた。

 王の巨体はぴゅーと絵空事の様に風を切って飛び―――


「がはっ!」


 後頭部を何かに打ち付け、地面に落ちた。


「ご主人様っ、ご無事ですかっ!?」


「おいおいっ、なにしてやがるっ」


 ずいぶんと飛ばされて来たらしい。覗き込む顔は距離を取ったはずのケイと勇者だ。

 ぶつかったのは角折れのドラゴンの身体のようだ。


「“回復”」


「―――っ、ごほっ、ぶふっ、ぶひっ」


「ご主人様っ」


 聖女が奇跡を行使し、歪んだ鼻筋が通ると盛大に鼻血をまき散らすことになった。


 ―――なるほど、こいつは確かに勝てねえや。


 死に望んだ姉が自慢げに吠えてくれた通りだった。

 速さが違う。力が違う。反応が違う。中空で蹴りを三連打する馬鹿げた身体感覚も、咄嗟に相手の力を打撃に乗せる抜群の格闘センスも違う。つまり何から何までが違う。勝てる理由が何一つとして見つからず、勝てない理由ばかりが積み上がっていく。

 これまで自分とやり合ってきた者達も、こんな気持ちだったのだろうか。


 ―――なら俺“も”負けるわけにはいかねえな。


 自分に立ち向かう勇者が、ディートリヒが、王の記憶の中にいる。健気に自分の背中を追う一番と二番も。

 あいつらに強い“だけ”の男だなんて、絶対に思われたくはない。


「今、完全回復を―――」


「聖女、回復はもう良い。それよりあれを頼む」


「…………っ、はいっ。――――。―――」


 すぐに王の言う“あれ”が何を意味するのか理解した聖女は、一瞬だけ眉をひそめ息を呑むも、すぐに詠唱を開始した。


「……もしかして、こんなものなのか?」


 ダークオークキングが首をひねりながらこちらへやって来る。


「慌てるんじゃねえ。今から見せてやる、俺の、いや、俺達の本気をな」


「―――――。――――。“肉体強化”」


 聖女から発された温かい光が全身を包み込み、そして体内にも浸透してくる。

 身体の内側で熱が駆け巡るのを感じる。魔物の肉体に刻まれているという魔術構成―――魔力経路の存在を初めて確かなものとして実感した。

 全身に力がみなぎり、意識や感覚も研ぎ澄まされて指先、いや体毛の先端にまでくまなく神経が行き渡るようだ。

 得も言われぬ万能感。―――しかし浸る間もなくそれは訪れた。


「―――がああぁあぁっっ!」


「ああっ、陛下っ」


 激痛。

 言うなれば河川が氾濫するようなものだ。過剰に供給され、加速した魔力が魔力経路を突き破り、肉体を犯す。

 指先や眼球―――恐らくは魔力経路の終端―――でパチパチと魔力が爆ぜ、現実に肉は裂け血が噴いた。


「ぬっ、ぐぐぐぐ、ぐうっ」


 が、耐えられる。勇者に斬られ、賢者に燃やされ、魔王に打ち据えられてきた。痛いのは慣れっこだ。


「―――これがっ、本気だっ!」


 王はダークオークキングへ向け足を一歩踏み出した。



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