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第30話 ダークオークキングは戯れる

「駐屯地にいらしたのですか、アニエス様?」


「カタリナから教会を任されちまったからな」


 アニエスがくいっと顎をやった先には、人間の兵士の憩いと祈りの場となっている聖堂が遠く小さく見えた。


「んなことより一番、お前も引っ込んでな。こいつの相手は私がしてやる」


「は、はい」


 清らかな少女が俗っぽい仕草でしっしと一番を追いやる。

 確かに王以外でこのダークオークキングに対抗し得る存在がいるとすれば、それは彼女だけかもしれない。

 一番は大人しくアニエスの言葉に従い、二番やディートリヒ達を引きずって後退した。


「……ナンだ、オマエ?」


 戸惑った様子でダークオークキングが問う。

 魔界育ちの魔物でも、彼女のまとう神聖不可侵な雰囲気が戦場に不釣り合いだとは感じるらしい。


「なに寝ぼけたこと言ってやがる、ダークオークキング。この私が相手してやるって言ってんだ、さっさとかかって―――」


 竜殺しドラゴンスレイヤーが振り下ろされた。

 アニエスは誇張なくぺちゃんこにされ、大地に真っ赤な大輪の花が咲く。


「フンッ」


 ダークオークキングはつまらなそうに鼻を鳴らすと、再び一番の方へ足を向けるも―――


「―――おいおい、どこに行こうってんだ?」


 血だまりからにゅるっと真っ白な腕が伸び、その足首を掴んだ。


「―――ッ!? なぜ、生きてる?」


「さて、何故でしょう?」


 真っ白な法衣を自身の血で真っ赤に染め、白の少女が立ち上がる。


「…………ッ!」


 ダークオークキングは少女を蹴り上げた。

 十ワンド(10メートル)、二十ワンド、三十ワンド、それ以上。ほとんど人の原形を留めない肉塊となってアニエスは宙を舞い、そして完璧な少女の姿で大地に降り立った。


「―――マジでどうなってる、その身体?」


 ダークオークキングは丸太を無造作に投げ捨てると、両手をわきわきと蠢かしながらアニエスへと近付いていく。

 好奇心に目を輝かせた子供のような顔をしている。いや、“ような”ではなく、そのものなのか。


「―――“肉体強化”」


 アニエスの姿が消えた。いや、一番が目でとらえきれない速さで動いた。

 少女を捕らえようと無防備に歩を進めるダークオークキングに、しかしその攻撃は届かなかった。

 次の瞬間一番が目にしたのは、ぴんと指先を伸ばした白魚のような手。

 覚えず腹の古傷がうずくアニエス必殺の貫き手は、その切っ先が紫の喉元を穿つ直前で掴み取られていた。


「はやいな。本当にニンゲンか、オマエ?」


「てめえこそ、オーク離れし過ぎなんだ、―――よっっ!」


 右の手首を握り取られ、吊り上げられた体勢のままアニエスはダークオークキングの下顎を狙って蹴りを放った。それもむんずと掴み取られる。


「コレならどうだ?」


 ダークオークキングががばと両腕を広げた。当然アニエスの片手片足を掴んだまま。

 まず、右腕が肩から引き千切れた。ダークオークキングはそれを放り出すと、空いた手でアニエスの細い胴を一掴みにする。

 そして今度は、先程は無事に済んだ足が引っこ抜かれた。


「うん、やっぱりただのニンゲン。いや、すこし重いか? ―――ッ!?」


 再びの貫き手をダークオークキングは首を傾げて避けた。頬を掠め、わずかに血がにじむ。血はダークオークと言えど赤かった。


「オイオイ、どうなってる?」


 残った左腕の攻撃なら、ダークオークキングなら完璧に反応して掠らせもしないだろう。しかし貫き手を放ったのは再生したばかりの右腕だ。


「おうッ、足もか」


 そうしている間に、今度は足が再生した。


「ははッ! なんだ、コイツッ、おもしれえッ!」


 そこからは虫の手足をもいで遊ぶ、無邪気で残酷な子供そのものだった。実際、人間など虫程度にしか見なしていないのだろう。


「こうすると、ペタッとくっついて―――」


 ダークオークキングはもぎ取った腕と肩の切断面同士を触れ合わせ、繋いだ。そして―――


「そんでこうすると、…………おおッ、腕が消えて、生えてきたッ」


 もう一度もぎ取ると今度は高々と掲げる。しばしあってその腕は灰になって散り、代わってアニエスの肩からは新たな腕が生える。


「ハハッ、どうなってるんだ、コイツの身体ッ?」


 胴を潰し、腕を千切り、足を引き抜き、ダークオークキングはさらに好奇心を満たしていく。

 さすがに見るに堪えない。一番は再三足を踏み出し掛けるが―――


「来るんじゃねえっ!」


 その度に血塗れのアニエスは叫び、ぎろりと睨みつけてくる。


「―――お、おいっ、あれは?」


「教皇猊下の御使者、アニエス様だよな?」


 乱戦の只中にあった兵達も、やがてその異常な光景に気付いた。

 人もオークも、そしてダークオークですらも戦いの手を休め、唖然とした顔で惨劇を見守り始める。

 衆人環視の中で、白の少女は紫の怪物にもてあそばれ続けた。やがて―――


「うーん、さすがに飽きてきたな」


 ダークオークキングがぽいっとアニエスの身体を投げ捨てた。


「うげっ」


 四肢を全て失った少女は、受け身を取ることも出来ず頭から地面に叩きつけられた。

 奪われた順に左腕、右足、左足、右腕と再生を遂げていく。


「へっ、飽きるのは勝手だけどよ、逃がしゃしねえぞ」


 アニエスは立ち上がる。

 すでに幾度か断頭され、首から下を新たに再生させている。つまり例によって全裸である。

 暴虐の果て、なおも傷一つない白い肌を惜しみなく晒していた。


「“肉体強化”」


 再度、一番はアニエスの姿を見失った。そして次の瞬間、アニエスの右の貫き手がダークオークキングの腹部に突き立っていた。いや―――


「ちいっ」


 手首から先がぐちゃぐちゃに砕けた右手をアニエスは引いた。

 一番の腹部を軽く貫いた鋼の貫き手は、ダークオークキングの腹筋を前に敗北していた。

 アニエスは怯まず、残った左拳を横腹に打ち込み、跳び上がって顎を蹴り上げ、再生した右拳を鼻面に叩き込む。

 並みのハイオークなら一撃で仕留める打撃が連打で休みなく繰り出される。

 ダークオークキングはもはやそれを防ぎも避けもしなかった。いや、喉や眼への貫き手や金的を狙った蹴りだけ、うっとうしそうに払いのけている。


「どーしたものか。……そうだッ」


 されるがままに打たれていたダークオークキングが、ガバと動いた。

 アニエスの小さな頭部を鷲摑みにし、一瞬でねじ切る。


「そんで、こうする」


 切断面―――首を下にして“それ”を地面に押し当てた。


「―――あっ、がぁっ、ぐうぅっ」


 意味が分からず見ていると、頭部だけになったアニエスの口から苦悶の声が漏れ始めた。同時に、ボキボキバキバキと何かが砕けるような音。


「―――っ、再生するなり、大地に押し潰されているのかっ」


 ケイの言葉で、ようやく状況が飲み込めた。

 予知の副作用は、アニエスを本来の完全な姿に問答無用で再生する。頭だけになれば、当然首から全身が生える。

 しかしもし頭部を比類無き腕力で押さえつけられ、首の下に大地が存在していたなら。


「ぬぐっ、ああぁあぁぁっ」


 斬られ潰され焼かれても、滅多なことで苦痛を面に出さないアニエスの声がやまない。


「抑えろよ、一番。予言者殿の献身を無駄にするな」


「ケイ殿。……はい」


 どれだけ時が過ぎただろうか。


「…………コンナもんか」


 いつしか悲鳴と骨肉を砕く音はおさまり、ダークオークキングがアニエスの頭部から手を離した。

 気が遠くなるほど長く感じたが、実際には四半鍾(15分)も経ってはいないはずだ。


「これでもう動けねえだろう」


「よっ、ほっ、くっそっ! 抜けねえっ」


 アニエスは地面から生やした頭をぶんぶんと左右に振ってもがく。が、それだけだった。

 ダークオークキングの膂力を恐れるべきなのか、アニエスの再生力に驚くべきなのか。

 再生を繰り返すアニエスの肉体は少しずつ大地―――数万の人間とオークの行き来でよくよく踏み固められている―――を穿ち、押し広げ、彼女の身体をすっぽり隙間なく埋める空洞を作り出した、と言うことらしい。


「さァてッ、オ次は―――」


 ダークオークキングが顔を上げ、一番に目を向けた瞬間―――


「―――“壱百八重火焔砲・超集束レーザー”」


 白い熱線が上空より降り注いだ。



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