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第10話 賢者ソフィアはオークを知る

「おう、戻ったか」


 ソフィアが謁見の間に入ると、玉座に納まったオークキングは手持無沙汰な様子で頬杖を突いていた。他にはハイオークの近衛兵がいるだけだ。


「仕事はもう終わったのか? 少し話せんか?」


「ああ、それは構わねえが」


 オークキングがハイオークにちらりと視線を向けた。


「ふむ。では人払い、いや、オーク払いを頼もうか」


 ソフィアとしては誰がいようが何ら問題ないところだが、オークキングの方には人目―――というよりオークの目をはばかりたい事情があることは察していた。オーク達の前ではあえて粗野で尊大に振る舞っている様子もある。


「……その、よろしいのですか?」


 オークキングがしっしっと手を払うと、ハイオークのうちの一頭が戸惑いがちに問う。


「前衛なしの魔術師一人に、俺がどうこうされるとでも思うのか?」


「はっ、失礼いたしました」


 ハイオーク達はぴしりと一度直立して、謁見の間を出ていった。

 オークキングがわざわざ近衛に選ぶだけあって、戦闘力だけでなく頭の出来の方も他のオークより幾分ましなようだ。


「―――?」


 ソフィアが玉座近くまで足を進めると、オークキングがくんくんと鼻を鳴らした。


「さすがに鼻が良いな。食べるか?」


 露店の女店主に渡された袋から菓子を一つ取り、差し出した。


「いいのか? では遠慮なく」


 オークキングは一口でペロリと平らげる。喉奥に突っ込む様な奇妙な食べ方は、深く切れ上がった口唇から食べカスをこぼさないためだろう。

 迷宮の至る所で目にするオーク達の食事風景は端的に言うと汚く、散乱する食べこぼしを気にする素振りもない。その点、オークキングの所作には端々に工夫が感じられた。


「……うん、うまいな」


「もっと食べるか? なんなら袋ごとやっても良いが」


 王が気に入ったのなら、クローリスに試食させるまでもない話だ。あのメイド達は自身の好物よりも王の嗜好を優先するだろう。


「いや、それなら後宮のみんなに分けてやってくれ」


「あまり気に入らなかったか?」


「ん? いや、うまいぞ。ティアなんか特に喜びそうだから、ぜひ食わせてやってくれ」


「そうか」


 オークらしくも王らしくもないが、このオークキングらしくはある。ソフィアは一つ肯き、本題に入る。


「では、先日聞かせてもらった話の続きからでよいか? お主の作った新たな掟によって、オークの個体数が増加し、個々の力も増したという話だったな」


「ああ」


 こうしてオークキングと二人きりで会話を交わすのはすでに珍しいことではなくなっている。その度に好奇心の赴くままにこのオーク王国のことや、オークの歴史と生態についての質問をぶつけてきた。これまでのところ、オークキングは極めて協力的な姿勢だ。


「個体数が増加したというのは、母体の違いということで良いのか?」


「そうだ。オークの雌は一度に10頭ほども子を産むし、妊娠期間も短いからな」


 人間や亜人の女がオークの子を出産する時、生まれてくる子供は原則的に一頭だけだ。人間同士や亜人同士の交配と同様に、まれに双子や三つ子を孕むこともあるようだが、胎児と言えど巨体のオークに母体が耐えきれず、母子ともに出産を待たず息絶えるという。


「しかしオークの雌が人間やエルフの種で子を産むこともあったのだろう? その場合も生まれて来るのはオークで、子供の数は母体に依存するはずだが、―――やはり相当に稀なのか?」


「俺が知る限り1年に1度あるかないかってところだったか」


 予想はしていたことだが、同種姦を禁じ異種姦のみを認めた古い掟の存在下においても、やはりオークの雌が人間や亜人の子を産むことはほとんどなかったらしい。単純な話で、主たる性交の対象となる人間やエルフの男が “交配可能な状態”に至らないためだ。


「ふむ。つまり長い間、オークは原則的に雄のオークと人間やエルフの女との交配で繁殖してきたというわけだな。それが当代のオークキングであるお主の変法によって、極めて効率的な母体であるオークの雌が活用されるようになり、オークの個体数が激増したというわけか」


 個体数に雌雄差がなく、また1頭の雌から平均して10頭の子が生まれると仮定すると、雌がそれぞれ一度出産を経験すれば、個体数は一気に親世代の5倍にまで膨れ上がる計算となる。そして迷宮の散策でソフィアが目撃した通り、暇さえあれば昼間から子作りに励んでいるような生き物だから、母体は休む間もなく妊娠出産を繰り返すだろう。結果、衰退の一途を辿っていると見なされていたオークは、人間達の気付かぬ間に爆発的に増殖していた。


「…………」


「どうかしたか?」


 オークキングの表情が冴えない気がした。緑色の肌の豚面は何とも読み取り難いが、これはげんなりした顔というやつではないだろうか。


「いやぁ、若い娘さんが交配だの母体だのと、えらく直截な物言いをするもんだと思ってな」


「若い娘? ああ、儂のことか」


「“儂”ね。あんた、実はよわい100を超えるとか言わないよな? 見た目は16歳、だけど中身は116歳とかさ」


「なんだ、儂が16歳に見えるのか」


「…………まさか」


 オークキングの喉元が震えた。今度の感情は分かりやすい。固唾を呑むというやつだろう。


「ああ、ずっと上だ。―――今年で24になる」


「に、にじゅうよん? …………なんだ、24か」


「ふふっ、確かに塔には不老の研究に血眼になっている若作りのご老人方も多いがな。今のところ儂にはあまり興味がない分野よ」


「まあ、24でも十分驚きだけどな。ずいぶんと幼く―――、いや、若く見えるな」


「勇者には、部屋に籠もりっ放しで本ばかり読んでいたから発育が悪いだのなんだのと言われるの」


「その年寄りくさ―――、ええと、大人びた話し方は?」


「子供の頃から塔で暮らしておったからな。あそこには子供は儂一人で、儂の両親ですら若輩扱い、周りは年寄りばかりだった。そのせいだろう。変かの?」


「不思議としっくりくるな」


「そうか。儂には年寄り臭い口調がしっくりきておるか」


「い、いや、そんなつもりじゃあ」


「はははっ」


 狼狽するオークキングは、ただの緑色の肌のでか過ぎるおっさんにしか見えない。もっとも緑色ででか過ぎる時点で“ただのおっさん”と言うには無理がある気もするが。

 ともあれオークキングの慌てふためく姿に、ソフィアは珍しく声を立てて笑った。



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