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第1話 ボクっ子ハーフエルフ(メイド)は暴露する

「ちくしょうっ、せっかくの上玉だってえのに、また王様に献上かよぉ」


「仕方ねえだろう、あの方の好色は歴代の王の中でも格別なんだからよ」


「けどよぉ、本来キングってもんは、異種族の女にゃ手を出さねえもんだろう。だからこそ特別なんだ」


「おめえもいい加減慣れろや。あのお方がその特別をオレらにも分け与えてくれたことで、オーガやキュクロプスの野郎にも舐められることが無くなったんだろうが」


「そりゃあそうだけどよ。でもその分、オレらぁ息子たちに舐められっぱなしだ」


「―――しっ、いらっしゃったぞ」


 あえて足音を大きく響かせてやると、ようやく牢番のオーク二頭は接近する巨大な存在に気付いたようだ。


「侵入者はここか?」


「はいっ、王様!」


 視力も聴力も嗅覚も並みのオークの十倍も鋭いオークキングの肉体には、言うまでもなく先程の愚痴は全て筒抜けである。が、王は素知らぬ顔を通した。


「それでは、貰っていくぞ」


「はいっ! ―――お前ら、出てこい」


 牢番―――仮に牢番Aとしよう。先ほど王をかばってくれたオークだ―――が鍵を開け、中に呼び掛ける。答えるようにじゃらっと鎖が一度音を奏でるも、それきりだ。


「ちっ、早く出て来ねえかっ!」


 牢番B―――王の文句を抜かしていた方だ―――が、怒鳴り声を上げながら牢の中へと踏み込み、鎖を引いて出てきた。


「王様、こちらです」


 ぐいっと牢番Bの拳が突き出された。

 三本の鎖をひとまとめに握り込んでいて、それぞれの先には鉄の首輪に繋がれた女が一人ずつ地面を這いつくばっていた。


「おい、俺の物をずいぶん手荒に扱うじゃねえか?」


「ひっ、そ、そんなつもりは」


 王が微笑みかけると、牢番Bが腹の出た巨体を縮こまらせた。

 醜悪なオークの中でもとりわけ強面―――下顎から突き出た牙が一際大きく、額には×印の向こう傷がある―――の王の笑みは睨まれた当人以外にも大変有効で、三人の女達は青い顔をし、牢番Aはオークの地肌の緑と青が入り混じった形容しがたい顔色をしている。


「ああもう、駄目だよ、ご主人様。そんなに怖がらせちゃ」


 オークの中でもとりわけ大きな王の身体の後から声がしたかと思えば、チリンチリンと鈴の音を鳴らしてひょこっと小さな女の子が姿を見せた。

 異様なほど顔立ちの整った少女だ。鮮やかな金色の髪を今日はお団子状に後頭部でまとめていて、ヒラヒラとした女性使用人の仕事着―――いわゆるメイド服というやつだ―――を大胆にアレンジしたいつもの衣装を身に纏っている。具体的に言うなら、そのメイド服は特徴的なフリルやリボンは残しつつも他は最小限の布地で秘所を覆うのみだった。


「三人とも大丈夫? 立てる?」


 少女はやはりチリンチリンと首に付けた鈴を鳴らしながら、女達の元へ駆け寄る。

 鈴は王の所有物であることを示す証であり、女達がオークの居住区にやってくる際に身に付ける。王の女に危害を加える度胸のあるオークはこの城には存在しない。


「エ、エルフ?」


 少女に手を差し伸べられ、三人の女のうちの一人、赤髪の女が目を丸くして呟く。

 エルフというのは大方の予想通り長い耳に金髪碧眼の長命種で、人間よりも腕力に劣るがその分身軽で弓を得意とし、世俗を嫌い森深くに住まう連中だ。そして例外なく容姿端麗である。


「ふふっ、まさかこんなところで会うとは思わなかったって顔だねっ。まあ、エルフはエルフでも、ボクはハーフなんだけど」


 長い耳―――生粋のエルフと比べるとそれでもずいぶんと短い―――を揺らして、ハーフエルフでありメイドでありボクっ子でもある属性過多気味の少女が微笑む。


「ほらっ、立って。行こっ」


 赤髪の女は唖然としながらも少女の手を借り立ち上がった。


「そいつらはお前が後宮まで連れて来い、ティア」


 王は豚鼻を鳴らして背を向けると、ハーフエルフの少女ティア―――本当はその後にさらに三十音節ほど名前が続くが覚えきれていない―――に背を向けた。


「はーい!」


 元気な声が返ってくるのを確認して、王はその場を去る。


「ハーフとはいえあの誇りだけは馬鹿みたいに高いエルフを、それもあんなちびっ子を言いなりにしちまうんだから、やっぱり王様はすげえぜ」


「くっ、確かにな。オレらじゃ三日三晩使い倒して廃人にしちまうところを、甲斐甲斐しく尽くす肉奴隷にしちまうんだからなぁ」


 牢番AとBの声がやはり背後から聞こえてきた。


―――本当にそうなら、どんなに良いことかなぁ。


 王は胸中で嘆息を漏らしながら、のしのしと足音を踏み鳴らし隠し階段を登る。牢のある地下部から五階分階段を上がると、付いた場所は最上階の玉座の間だった。

 直通階段である。冒険者を称する不法侵入者達は、一つ階を登るごとに迷宮同然のフロアを踏破して上階へと続く道を探るわけだが、住民までそんな七面倒臭いことはしていられない。


「王様っ、お疲れ様です」


 直立する近衛の上級兵―――ハイオーク―――達に軽く肯きかけ、王は玉座には目もくれずその脇を抜ける。玉座後方には豪奢な深紅のビロードが三重に垂れ下げられていて、それを鼻先に突き出た牙で破ってしまわないように慎重にかき分けながら、裏へと回り込む。

 控えの間があり、そこから続く長い廊下を抜けると、ぱっと視界が開けた。広大な屋上庭園である。城の大部分を占める後宮の最上部で、女達が思い思いに羽を伸ばしていた。芝生が生い茂り、ガーデンテーブルを出してお茶をする者、スポーツに興じる者など様々だ。


「あら、王様、ごきげんよう」


「げっ、豚王」


 王を見て気さくに手を振る女もいれば、あからさまに顔をしかめて踵を返す女もいる。

 たいていが人間だがドワーフやエルフ、リトルフット(小人族)の女もわずかに混じっている。オークの雌は一頭もいない。

 後宮は地上四階、地下二階建てのアパートメント造りで、それぞれに個室が与えられている。しかし一部の例外を除き、日中は屋上で過ごす者が多いようだった。場所が場所だけにやはり一人で籠り切っているのは不安なのだろう。

 ひとしきり眺めまわすと、王は手持無沙汰に地べたに腰を下ろした。

 ティアは露見を避けるため直通階段を使わずに戻るだろうから、少しばかりここらで待つ必要がある。手入れの行き届いた芝がちくちくと肌を刺す。なめし革のベルトに毛皮の腰巻というのがオークの伝統衣装であるから、太腿やふくらはぎは露出していた。


「……ふぅ、落ち着くな」


 王はひとりごちた。女達の好奇と嫌悪の視線に晒されるにしても、オーク達に、あの醜悪な生き物に囲まれているよりはまだしも気が休まる。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


「おう、ただいま」


 王の元へと女二人が歩み寄り、膝元で三つ指を付いて頭を下げた。二人ともティアと同じ改造メイド服を身に纏っている。

 一方は豊かな栗色の髪とそれ以上に豊かな肉付きの女性だ。といっても太っているわけではなく引っ込むところは引っ込み、出るところが出過ぎているだけだ。衣装と相まってかなり扇情的だが、優しげな目元はむしろ母性的と言って良く、下品になり過ぎないぎりぎりの色気を保っている。名をクローリスという。

 もう一方は青みがかった黒髪を短く切りそろえた凛とした印象の女性だ。鋭い視線は少々冷ややかに感じられるくらいで、クローリスとは対照的に薄く引き締まった体をしている。これでもかと言うくらいにぴんと伸びた背筋は、仕事の出来る女という印象だ。そんな女がティアやクローリスとお揃いの露出過多なメイド服を着ているのは少々笑いを誘う情景だが、怖いから本人には黙っている。名前はケイ。


「……ん」


 クローリスがそっと身を寄せてきたので、王は軽く首をもたげた。

 白魚のような手が伸びてきて、喉元で結わえた首紐が解かれ、王冠が取り外される。人間の王から奪ったものだからオークの頭には合わず、紐で縛り付けて強引に固定しているのだ。オークの太い指では少々難儀で、王冠の着脱はクローリスの役目となっている。煩わしいが低能なオーク達にはこういう分かりやすい目印は有効だった。


「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


 クローリスに言われて、初めて喉の渇きを意識した。


「ああ、じゃあ何か酒を。いや、これから顔合わせだし、午後からまた仕事か。やっぱりお茶を貰おうか」


「はい。少々お待ちください」


 二人は一礼してその場を辞去すると、すぐにティーセット一式を揃えて戻って来た。


「お熱いのでお気を付けてくださいね」


「平気平気」


 王専用の特大のティーカップに注がれた紅茶を受け取る。確かにカップは高温だがオークの皮膚は熱には強い、というよりも鈍い。


「それでは、失礼いたしますね」


 クローリスが悩まし気な微笑みを浮かべ、胡坐をかいた王の片膝に腰を下ろした。


「…………」


 もう一方の膝にはケイが無言のまま幾分ぎこちない表情で腰掛ける。


「ふぅ~~」


「ふぅーー」


 胸の前に掲げたティーカップに向かって、左右から息を吹きかけられる。

 本物の豚がどうなのかは知らないが、豚面のオークは皮膚の強さに反して大抵猫舌だった。王と言えどその例外ではない。


「ずずーーっ」


 カップから立ち昇る湯気が薄れたところで、口を付けた。少々行儀は悪いが、口内で舌をストローのようにすぼめて音を立てて吸わせてもらう。鼻面が前に突き出て口唇が縦に長く裂けているから、そうしないと口の端からこぼしてしまうのだ。


「うん、うまい。ずずーーっ」


「うふふっ」


「……」


 クローリスは愛おし気な笑みで、ケイは無表情だが少なくとも不快感は微塵も示さず、そんな王を見守っている。


「あーーーっ」


 屋上庭園に響き渡る大声に、王は眉―――はないので額のちょうどその辺りを顰めた。


「ケイに、お母さんもっ、ずるいんだー!」


 ちょうど女三人を連れて戻ったティアだった。


「ボクもっ、たーっ」


 ティアがダダダッと勢い良く駆けてくる。次の展開が何となく読め、王はティーカップを脇に避難させた。

 案の定、ティアは両膝をクローリスとケイに占領された王の残る股座に跳び込み、―――張り出した腹に弾かれてごろごろと芝生の上を転がった。


「おいおい、大丈夫か」


「うんっ。あははーっ、今の楽しかった! もう一回やって良い、ご主人様? やーっ!」


 ティアは元気に飛び起きると、返事も聞かずに再び跳び込んでくる。王は今度は腰を引いて腹を引っ込ませ、タイミングを合わせて突き出してやった。


「うわぁっ!」


 少々やり過ぎたかと不安になるほど、小さな体が大きく宙を舞う。ティアは中空で身体を丸めてくるくると二度三度旋回すると、足元から綺麗に着地した。さすがにエルフ譲りの身ごなしだ。


「あははっ、ご主人様、今のもう一回」


「―――ティア」


 三度跳び込もうとするハーフエルフの少女が、地面に足を縫い付けられたようにぴたりと動きを止めた。声の主はクローリスだ。


「お客様をご主人様の元までお連れするというのが、あなたの仰せつかったお役目でしょう? 皆さん、放っておかれてお困りのご様子よ。ご主人様も、やり過ぎです。もし着地に失敗でもしたら」


「す、すまん」


 表情だけは穏やかなクローリスに王は大人しく頭を下げる。


「あ、あははっ、心配性だなぁ、お母さんは。ボクがそんな失敗するはずないのに。……お、怒ってる、お母さん?」


「怒ってません、心配しているんです」


「……ご、ごめんなさい」


 ティアが小さな体をさらに小さくして頭を下げた。長い耳も悄然と垂れている。


「……わかってくれたのなら良いのよ。さあっ、お客さんをお連れして」


「うんっ。三人とも、こっちー!」


 今泣いたカラスがもう笑うというやつで、ティアはぴょこんと跳ね上がると入り口近くで呆然とこちらを見つめている三人の女たちの元へと駆けていった。

 じゃらじゃらと首輪の鎖を引きずるようにしながら、ティアに伴われて三人がこちらへやってくる。

 城へ侵入した冒険者の一団である。数年前、故あって人間の国を一つ滅ぼし、その王城に居を移した。人間達が豚の城などと揶揄するこの城には、以来功名心に駆られた冒険者の侵入が絶えない。

 女達三人は一階の城門を抜けてすぐのところで、早々に罠に掛かって捕らえられたと報告を受けている。しかしその割に、若さに似ない熟練の冒険者の雰囲気を漂わせていた。

 三人は俺の正面で足を止めると一つ肯き合い、真ん中の赤髪の女が一歩進み出た。


「お前がオークキングで間違いないな?」


「ああ、俺が―――」


「ちょっと待って。―――んしょっと」


 王は口を開きかけるも、ティアが股座に小さな尻を押し付けるように座り込んできて会話が中断された。やはり突き出た腹が邪魔なようで、もぞもぞと座りの良い体勢を探り始める。王はされるがままにしながら、三人の冒険者を観察した。

 一歩前へと進み出た女がこの冒険者達のリーダーということだろうか。燃えるように赤い髪を少々乱雑に短く切り、両の瞳も同じく赤だ。人間の顔を見分けるのが苦手なオークであっても忘れようがない鮮烈な印象を放っている。使い古された板金鎧は胸当てと手甲を纏うのみだが、破損したり虜囚になった際に没収されたりしたわけではなく、探索にも戦闘にも耐え得るように自ら改造したものだろう。

 視線に気付いて、赤髪の女がきっと睨みつけてくる。王は肩を竦めて彼女の左隣に目を移した。

 黒のローブに黒のとんがり帽子という、わざとらしいくらいに魔法使い然とした恰好の小柄な少女だ。幅広の鍔から覗く髪も眠そうな目も鉛色をしていて、全体的に色味と生気と感情に欠ける印象だ。

 右端に視線を転じた。

 今度はいかにも神官然とした女だ。濃紺のベールを被り、手首の先から足元まで同じく濃紺の衣装でぴったりと覆い隠している。ベールからわずかにこぼれた淡い色調の金髪は、ティアの自ら光彩を放つような華やかな金色とは違って、大人しくも清らかな雰囲気だ。三人の中では最年長と見えるが、目鼻立ちのくっきりした顔は血の気が引いて蒼白で、強気な視線を向けてくる赤髪のリーダーや無表情の魔女っ子とは対照的だ。もっとも性獣と恐れられるオークの居城の最深部に連れてこられたとあっては、貞淑と敬虔が売りの神官ならば当然の反応と言えよう。


「うん、良い感じ」


 声に視線を下へ向けると、ようやく体勢が定まり微笑むティアと目が合った。ティアは体の向きを初めとは入れ替え、つまり俺と向き合う形で股座に腰を下ろし、突き出た腹に抱き付くようにして安定を図っている。―――つまりは対面座位というやつだ。


「…………」


「えへへ」


 屈託なく微笑むティアに何も言えず、王は転げ落ちてしまわないように背中にそっと手を添え支えてやった。クローリスとケイが得も言われぬ視線を浴びせてくるが、素知らぬ顔で目線を冒険者達に戻し会話を再開する。


「待たせてすまんな。―――ああ、俺がオークキングで間違いない」


「ずいぶんと良いご身分じゃないか、豚の王の分際で。いったい何人の女を囲っていやがる?」


 ティアら三人と、何事かと集まってきた他の女達を見回しながら赤髪の女が吐き捨てるように言う。


「ふむ。しかし鎖にでも繋がれているものかと思えば、存外文化的な暮らしをしているようだの、興味深い。魔術で操られているわけでもないし、暴力で従えておるようにも見えぬ。……ふうむ、快楽漬けというやつか? 強引に犯して言いなりにするとは、やはりオークキングともなるとアチラの方も達者ということか」


 魔女っ娘が顎に手を当て思案顔で呟いた。


「は、破廉恥です」


「くそっ、下種野郎めっ」


 神官の女はもじもじ赤面し、赤髪の女が激昂する。

 クローリスは眉間を寄せ、ケイは柳眉を逆立てて反駁したそうにしている。


「……まあまあ、いつものことだ。俺から話すから」


 王は膝を揺すって二人に自重を促した。

 王にとっては非常にデリケートな問題である。直截な表現は避け、オブラートに何重にも包んで、よくよく噛みしめて初めてじんわりと味が滲みだしてくるような、そんな言葉を選びたい。しかし思い悩んでいるうちに、クローリスでもケイでも王でもなく別のところから声が上がった。


「ご主人様がそんなことするはずないでしょっ! ご主人様は、―――オチ〇チ〇立たないんだからっ!」


 豚腹に顔をうずめていたティアが首だけ振り向いて三人をきっと睨むと、大声で王の秘密を暴露していた。


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