……後編……
……闇夜の中、2人の少女が向かい合う。
1人は日本を焼き払うために生まれ、もう1人はそれを阻止するために生まれた。
しかし2人は、互いに敵味方を超えた、何か強い親近感を持っていた。
「……はじめまして」
先に口を開いたのは、マリーの方だった。
「アメリカ空軍戦略爆撃機B-29……マリーと呼ばれています」
「……私は小夜。日本海軍夜間戦闘機『月光』の“艦魂”……」
彼女らの会話は人間の言葉ではなく、所謂テレパシーのようなもので行われている。
それ故、言葉の壁は無い。
「初めてです。私以外で、航空機に宿るスピリットに出会ったのは」
「私も。でも、嬉しくない。とても悲しい」
「そうですね……私は星条旗、貴女は旭日旗の下にいるのですから」
マリーが哀しげな笑みを浮かべる。
「サヨさん、貴女には……欲しいものがありますか ? 」
「欲しい……もの ? 」
それは小夜にとって、考えたことすら無い言葉だった。
空を飛び、戦い、搭乗員を守ることだけを考えてきたのだ。
「私は、自由が欲しい」
「自由…… ? 」
「私の機体を作った人が、言ったのです」
マリーは握っていたサーベルを、鞘から引き抜く。
白刃が、月明かりを反射して煌めいた。
「自分は真珠湾で、兄を殺された。だから必ず、日本を灰にしてくれと。そして戦いに勝てば、私は自由になれると……」
サーベルの鞘を空中に放り捨てると、それは如何なる物質でできていたのか、塵となって闇に消えた。
サーベルを小夜に向けて構え、対峙する。
「……もうすぐ、爆撃のコースに入ります。退かないと言うなら、それまでに貴女を墜とさなくてはならない」
「……」
「無駄だとは思うけど、言います。退いてください」
小夜はその言葉に、行動で応えた。
腰の日本刀に手を添え、抜刀の構えを取る。
「……わかりました」
マリーは少しの間目を閉ざすと、夜空に跳躍……否、飛翔した。
小夜目がけて、袈裟懸けにサーベルを振り下ろす。
「たぁっ ! 」
小夜は抜き付けの一刀で、マリーの斬撃を受け流し、返す太刀でマリーの首筋を狙う。
抜刀術(居合い)は技を出した後の隙が大きい、などとよく言われるが、それは誤りだ。
実際には敵を倒すまで、一瞬たりとも動きを止めないことが多いのである。
マリーが身を反らせて刃をかわすと、刺突を繰り出す。
小夜はそれを紙一重で避け、体を回転させマリーの横に回り込んだ。
そして2人の刃が正面からぶつかり、鍔迫り合いが始まる。
一方、B-29は速度を上げ、月光本体への防御射撃も再開していた。
荻堂も下腹に潜り込み、更に接近を続けていた。
「ちっ、アメ公は贅沢に弾ばら撒くよな ! 」
「ホンマやね ! 」
死の恐怖が、襲ってくる。
戦闘機乗りの背には、常に死神が張り付いているのだ。
それでも荻堂は、接近を止めない。
「俺たちの誇り、俺たちの意地……見せてやらぁ ! 」
……B-29内部では、機関銃手が必死に迎撃していた。
ジャックが機を加速させ、月光を振り切ろうとする。
「奴らの狙いは、爆弾倉内の燃料タンクだ ! ジャック、もっと加速しろ ! 」
「やってます ! しかし後1分足らずで、爆撃コースに入っちまいますぜ ! 」
「くそ、早く墜とせ ! 爆弾倉を開けられないぞ ! 」
その時ジャックは、空中で日本軍の“兵器の精霊”と戦う、マリーの姿を見た。
そして機関銃手に言う。
「軍曹、月光じゃなくて、相手のスピリットを狙えないか ! ? マリーに機銃の前まで誘導させる ! 」
「スピリットに機銃って効くんですか ! ? 」
「撃ってみなきゃ分からないだろ ! 」
だが、ウェイン大尉が言った。
「駄目だ ! 彼女たちの戦いに、水を差してはならない」
「けど機長 ! 」
「ジャック、お前だって知っていたはずだ。マリーがどんな思いで飛んでいたかを」
その言葉を聞き、ジャックは何も言えなくなった。
「……クソッ」
小夜とマリーの戦いは、熾烈を極めていた。
剣はいくらか刃こぼれし、小夜の右頬、マリーの左肩にも、微かに血が滲んでいる。
それでも2人は夜空を舞い、刃を交える。
「はぁっ ! 」
「せいっ ! 」
マリーの一撃を、小夜が刀の峰で受け止める。
小夜は後方に飛び退きつつ納刀し、再び抜刀の体勢を取る。
が、しかし。
B-29の機銃が、月光に命中した。
風防が音を立てて割れる。
「 ! 」
小夜がそれに気を取られた瞬間、マリーは体ごと小夜にぶつかった。
そしてそのまま、B-29の胴体に小夜を押しつける。
「終わりです……私は、自由になるッ ! 」
小夜の胸目がけて、マリーが刺突を繰り出した。
………キィィィン……………
刹那、澄んだ音がした。
折れた刀身が回転しながら、光輪のように宙を舞う。
「…… ! 」
マリーは信じられないといった面持ちで、刀身の中程から真っ二つに折られたサーベルを見た。
目の前には、ひびの入った日本刀を握る、小夜の姿があった。
「自由……素晴らしいことだと思うよ。軍とか国とかに縛られないで、自由に空を飛べたら、どんなにいいだろう……でも私は…… ! 」
小夜は刀を両手で持ち、正眼の構を取る。
「……私に乗る人たちや……地上にいる人たちのために……負けるわけにはいかないの ! 」
……神速、という言葉が似合うであろう。
小夜の刀はマリーの右肩から左脇までを、袈裟に切り裂いた。
真っ赤な鮮血が噴き出す。
マリーは子供のような、きょとんとした表情で、小夜の顔を見つめていた。
それとほぼ同時に、爆発音がした。
荻堂が爆弾倉に接近し、斜め銃を一気に撃ち込んだのである。
マリーの本体であるB-29は機体中程から炎上し、小夜の本体である月光はその脇をすり抜けていった。
「……ごめん。本当は……」
「……いいんです、サヨさん」
マリーは言った。
彼女の輪郭線が、次第にぼやけ始める。
「今まで罪無き人を、一方的に殺すだけだった私と……貴女は一対一で戦ってくれました。だから本当に……ありがとう」
「……ありがとうって……おかしいよ、そんなの……。私が…… ! 」
涙を流す小夜に、マリーは首を横に振った。
「……さあ、貴女の操縦士達が心配しています。もう別れましょう。こういうとき、日本では何と言うのですか ? 」
「………さよなら三角、また来て四角」
荻堂が暇なときに口ずさむ遊び歌の、出だしの部分だった。
マリーはそれを聞いてニコリと笑うと、墜ちていく自分の本体へと戻っていった。
……小夜は涙を無理矢理せき止め、荻堂、五十嵐の元へ向かった。
………B-29の機内。
ジャックはまだ、操縦桿を握っていた。
「……わかっていたさ。街を焼き払う度に、お前が誰よりも悲しんでいたってな」
ジャックは自嘲的な笑みを浮かべる。
「結局俺は、クソガキ止まりだったわけだ」
「ジャックさん……」
彼の傍らで、マリーが口を開いた。
「脱出してください、まだ間に合います」
「俺は星条旗の下で人を殺した。星の印のついた飛行機に乗って死ぬのが、筋ってもんだ」
ジャックはきっぱりと言う。
「……すまねぇ、お前を自由には、してやれなかった」
「いいえ……」
マリーは首を横に振った。
「私は幸せでしたよ。……機長、それに他のみんなも、私を仲間と呼んでくれました。それに、口は悪いけど、とても優しい人に操縦してもらえましたから……」
「……フン」
ジャックは笑って、空を見上げた。
「俺も……自由になれたのかな。どっか行きたい気分だ」
「……どこへ行きましょうか ? 」
… … … …
荻堂と五十嵐、そして小夜の見ている目の前で、墜ちていくB-29が、突然急上昇し始めた。
そして天を突くような姿で、爆発。
夜空に散華した。
「………」
荻堂たちは口をきけず、小夜も口をきかず、しばらく無言で飛んでいた。
厚木の飛行場に近づいてきたとき、
「なあ」
「あの」
《ねえ》
三人が同時に、何かを言いかけた。
「あー、……小夜、先に言え」
《荻堂さんが先でいいよ》
「じゃあ、間をとって五十嵐、言え」
「えーとな、奴ら……」
五十嵐は、マリーと呼ばれたB-29が、散っていった方角を見た。
「……月に、行こうとしたんやないか ? 」
「……俺もそう思った」
《……うん、そうだね。ねえ、2人は……》
小夜は少し躊躇いながらも、言う。
《平和な時代って、来ると思う ? アメリカとも仲良くなれるような時代が、来ると思う ? 》
「……どうなんやろね、荻堂 ? 」
「……俺は、来ると信じたいね」
荻堂はそう答えた。
「兵器として生まれた小夜でさえ、平和を願っているんだ。人間が信じなくて、どうするんだよ」
「……そやね、信じましょ」
五十嵐も、子供のような笑みを浮かべて言う。
《……ありがとう》
小夜はポツリと言った。
「……さよなら三角、また来て四角……」
「四角は豆腐、豆腐は白い」
荻堂が歌い出し、五十嵐が続ける。
《白いはウサギ、ウサギは跳ねる》
「跳ねるはカエル、カエルは青い」
「青いは柳、柳は揺れる……」
……尊ばれるべきはずの、命……
……それが儚く散りゆく、戦場……
……戦乙女たちは、その悲しき場所で何を思うのか……
……彼女たちの物語は、終わらない……
…
お読みいただき、ありがとうございました。
艦魂物を書きたくて、まずは航空機でやってみました。
艦船に宿る魂でなく、「航空機に宿った艦魂っぽいもの」ということなので、正確には「艦魂」とは違いますね(滝汗)
次回は伊四〇〇潜水艦を書いてみるつもりです。
極上艦魂会の先輩方には及びませんが、頑張ります。
普通の戦闘機短編も書いていきます。