姫の後ろ盾は勇者
聞き間違えでなければ、レイアから部屋に入ってと言われた。
これは、入っていいのか?
「え?いいのか?」
困惑しながらも聞き返す。これで間違いだったら非常にまずい。
「うん。入ってほしい」
どうやら聞き間違えではないらしい。
扉越しでも緊張したが、面と向かってとなるともっと緊張してしまうかもしれない。
でも、入ってレイアを慰めてあげたい。
俺は息を大きく履くと、扉をゆっくりと開いた。
扉の先には目を真っ赤に泣き腫らし、くしゃくしゃのシーツにくるまってベッドに座るレイアがいた。
時折ずずっと鼻をすすり、小さくしゃっくりもしている。
レイアは入ってきた俺を見て弱々しく微笑みかけた。
「ごめんね、こんな状態で。本当は見られたくもない醜態だし穴があったら入って埋めてほしいくらい」
「いや、気にするな。その、元気付けたいっていうのも状況を考えればおこがましいかもしれないが、俺の身近で辛い思いをしている人を助けられないなんて嫌だからさ。無理するな」
謝るレイアに、俺は気にしていないことを告げ、もう一度励ます。
レイアは、またも弱々しく微笑んだ。
「本当、ゼンらしいね。私なんかほっとけばいいのにいつも助けてくれて。命も、国も助けてくれて。そして、私の未来も助けようとしてくれる。ねえ、どうして?」
「それはだな。俺は勇者だからだ」
いたって真面目にレイアの質問に答えると、レイアはキョトンとした顔をして、すぐさま笑い出した。
本当に可笑しそうに笑うレイアに気恥ずかしさを覚えるが、多少なりとも元気になってくれたみたいだ。
俺は頬をかきながら照れがばれないように下の方を向いた。
「あはは。そこは私のことが好きとか言えば私は落ちてたのになあ。ふふ、元気付けるためにそんな事言ってくれて嬉しいよ。ありがとう勇者様」
「え、いやいや、冗談じゃなくてだな」
「わかってるわかってる。ふふ、よく考えたら勇者がこの先どんな困難があっても助けてくれるって言ってくれたら何が起きても大丈夫だよね。最強だよね」
「……そうだな、最強だな。レイアが治めるこの国の治安は保証するぞ。魔王ですら倒してやるよ」
嬉しそうに言うレイアに、俺は恥ずかしいからぶっきらぼうに返す。
ただ、その言葉に嘘偽りはない。
本気でそう思っている。
「あはは。それは心強いな。……ねえ、信じていいよね?」
一転、レイアは表情を暗くして、不安そうに俺を見つめる。
レイスに裏切られていたことが相当心にダメージを与えてしまっているのだろう。
葛藤が見え隠れしているレイアに近づいて、俺はレイアの頭に手を置いた。
「え?」
驚いたような顔をするレイアに対して俺は思い切り笑顔で返した。
「当たり前だ。任せろ。エニグマも魔王も全部蹴散らしてやるよ。絶対助けてやる」
俺は続けてがしがしとレイアの頭を撫で回す。
思いっきり不敬行為だし、場合によっては死罪とか言われちゃいそうだが、そこはほらなんくるないさの精神で。俺沖縄出身じゃないけど。
気にせず撫でていると、レイアはシーツに顔を埋めて小さな泣き声を漏らした。
「ずるいよ……。そんなに優しくされたら……」
何がずるいと言うのだろう。女心とはよく分からない。
俺は頭に置いていた右手を、レイアの背中にあてて背中をさすった。
レイアが泣き止むまで、さすってあげた。
「……ゼン、ありがとう」
「ん、気にするな。もう大丈夫か?」
「大丈夫……ではないけれど、少しだけましかな。すぐには答えは出せないけど、私なりに考えてみる。逃げてばかりだったから、ちゃんと向き合ってみる」
顔は泣き腫らしてはいるが、レイアに迷いは見られない。どうやら腹は決まったようだ。
「……そうか。わかったよ」
「ありがとうね、ゼン。これはお礼」
「え?」
レイアはシーツから出ると、俺の頬に唇を当てて立ち上がった。
そのまま振り返らずに扉の方へと向かっていくと、行こう! と言って俺を見ることなく部屋を出て行った。
俺はなにが起きたか分からずフリーズしたが、状況を理解し始めた脳内が再起動を始めると、一気に体温を上昇させ顔を赤く染めた。
くそう、今は俺が部屋から出たくない。
心からそう思いながらこちらを振り向いてくれない早足のレイアの後ろをついて行った。




