ルナの共同作業前レクチャー
「うおおおお!!」
雄叫びを上げながら、剣を振り上げてジンが駆けてくる。
図体の割に動きが素早い。馬車より速いといっていたビッグスライムより速いかもしれない。
「前さん、共同作業の前にせっかくの良い機会なので光魔法のレクチャーをしますね」
だが、ルナは特に慌てる事もなく、涼しい顔でそう言ってのけた。
あまりの温度差に、聞き間違いか? と、ルナを見つめる。
「まずは、光の剣です。手で、光を掴むイメージをして下さい」
どうやら聞き間違いでは無かったらしい。
目の前にジンが迫っているというのに、ルナは右手を伸ばすと、その手から一メートルくらいの棒状の光が伸びた。
「そして、絶対に折れないイメージをすれば……」
「くらえっ!!」
ルナの説明の最中、ルナに向かってジンが剣を振り下ろす。
響く轟音と広がる衝撃波。
勢いよく風が吹いて土埃が舞い、俺は手で顔を覆った。
ルナは、大丈夫なのか?
土埃の中に、ルナの影がないかと目を凝らして探す。
視界が晴れていくと、険しい顔をしているジン、唖然としているレイス、そして相変わらず涼しい顔のルナがそこにはいた。
「絶対に折れません。私の前さんに対する愛と同じですね。キャー、言っちゃった」
「な、何故!?」
ピクリとも動かず、折れない剣のレクチャーと口説きを続けるルナに、ジンは戸惑いを隠せず声を漏らす。
かたや、必死でぷるぷると震えながら剣に体重をかけ、かたや片手でその剣をいなして恥ずかしそうに空いてる手をばたばたさせている。
その実力差は一目瞭然だ。
「あ、そうそう。この状態でですね、剣のイメージを柔らかくしてあげると……」
「うわっ!?」
「きゃあああ!」
ふっと思いだしたかのようにルナの光魔法講義は続き、今度はルナの持っていた光の剣が急に折れ曲がる。
力を込めて剣をつきつけていたジンは、突然手応えが無くなった事によって身体のバランスを崩し、倒れ込んだ。
ジンの肩に乗っていたレイスも、ジンの首に掴まりながら悲鳴を上げている。
「戦い方は、イメージ次第では無限大です。イメージを変えれば鞭のように、ハンマーのように、斧のように変化します」
ルナはコロコロと右手から色々な形の光を出していく。
勉強にはなるんだが、相変わらずルナは規格外だ。
「馬鹿にするのも大概にして下さいまし! 余裕ぶってられるのも今のうちですわ!」
戦いの最中に講義をしている俺達に怒りを爆発させて、レイスがルナに指を差す。
それはもう負け惜しみとも思えるくらい滑稽で、ルナも俺もその姿を見て鼻で笑った。
「いや、余裕ぶってるんじゃなくて、余裕なんですよ」
「あー、もう! 何で邪魔するんですの! わたくしは幸せになりたいだけですのに!」
煽り倒すルナに対して、レイスは金切り声を上げて、なおも怒りをぶつける。
「幸せになりたいからって、人を殺めるとはどういう事でしょう? 本当に好きならきちんとアピールしましたか? 伝えましたか? それをせずに、幸せになりたいっておこがましいにも程があります」
「だって! だって、誰も教えてくれませんでしたわ!」
「それがおこがましいのです。好きならその気持ちを伝えなさい。それが出来ないなら、諦めなさい!」
レイスの子供のようにわめくその姿に、ルナは目を見開いて叱り飛ばす。
初めて見た、こんなルナ。
レイスは、ルナに圧倒されたのか口をつぐむ。
「貴様にレイス様のなにが分かる!」
だが、レイスをかばうかのようにジンが立ち上がると、怒りの形相で剣をルナに向けた。
その姿は、気弱なジンではなく、王様の前で見せていたような強気な姿だった。
「レイス様、もう一度錬金術を! あなたの為、目の前の敵を一掃します!」
ジンは頭に血が昇っているのだろう。息が荒い。
しかも、パワーアップの懇願をレイスにしているが、俺たちがみすみす見逃すわけがない。
「いいですよ。待っていてあげます」
「え? ルナ?」
しかし、敵がパワーアップするのをルナは許可した。
驚いてルナを見るが、決してふざけているような顔ではない。
「あなた方が抱いている気持ちがどんなに強大であろうとも、間違っている事は正します。あなた達が間違っていると気付かない限り、私と前さんは絶対負けません」
ルナはどっしりと腕を組んで、ジンとレイスを睨みつけた。
「こ、後悔するといいですわ! ジン、行きますわよ!」
レイスは負け惜しみを吐いてジンの肩から降りると、左手を地面に、右手をジンに当てた。
本日二回目のジンの変身。また、轟音を上げてジンの身体のあちこちがぼこぼこと膨れ上がり、肥大化したかと思えば、一気に小さく凝縮した。
先程とは違い、サイズは百七十センチほど。なんなら俺と大差がない身長で見た目だけならさっきの方が強そうに見える。
「行くぞ……」
小さくジンが呟くと、先程よりも明らかに速い速度で俺の目の前にジンが動き、剣を振るう。
ルナは反応して光の剣で受け止めるが先程よりも明らかに音が重たい。
「今、私の身体を構築する全て、不純物の一切がない。錬金術によってより密度を凝縮し、鍛え上げられた筋肉のようなこの身体。負ける気はしない」
「うーん、さっきよりは重くなってますけど、忘れてませんか? 敵は私だけじゃないんですよ?」
ルナに対峙し自慢げに語っているジンに向かって、俺はイメージした光の剣を振り下ろす。
だが、剣は地面に吸い込まれ、大地を砕いた。
ジンは俺とルナから距離を置き、剣を構えている。
「前さん、ここからが本当の共同作業です」
ルナはジンに剣を向けて、不敵な笑みを浮かべた。




