女神と勇者の初めての共同作業
どうやら、助かったらしい。
今、俺のいる所から城が見えているということは、城の外のどこかということなんだろう。
俺が飛ばされたせいか穴の空いている壁が一箇所ある。あんな所から飛ばされたのかと思うと、よく生きていたなと思う。
スキルの力とアンさんのおかげではあるが、心底ホッとする。
だが、ホッとする俺をよそに、兵士たちがざわざわと集まり穴を指差すもの、俺を囲むものと現れる。その数十人。そこそこの数がいる。
そりゃ囲むのもわかるが、今はまずい。
「お前は誰だ! 怪しい奴め! あんなとこから飛び出してなにをしてたんだ!」
兵士の一人が俺に槍を向けて怒鳴りつける。
説明が難しい。状況を知らない人に一から説明するのは今からだととても面倒だ。それに、説明できる状況ではない。
今もかすかにあの穴の向こうで怪しげな音が聞こえている。ジンさんが変身をしているのだろう。この人たちを巻き込むわけにはいかないけど、どうしたらいいんだ。
「……ゼン君、こういう時は先輩を頼るといい」
「え?」
兵士と俺の間にアンさんが立ちはだかり、かっこいい台詞を言う。
どういう事だ?
「お嬢、こいつら咬み殺す?」
「……ポチ、めっ」
物騒な事を言うポチをアンさんが可愛らしく制する。
仮にもケルベロスって言ってたのに、しゅんとしてるその姿はチワワとか小動物系の可愛さしか感じられない。
「……この人たちには説明しておくね。……終わったら、アルデバランまで迎えに来て」
アンさんは無表情でサムズアップすると、兵士とともに目の前から消えていった。
ああ、転送スキルか!
アンさんの機転に助けられ、ほっと一息撫で下ろす。
巻き込んでしまう恐れがあったがもう大丈夫だろう。
「ルナ、あいつら倒せそう?」
「ええ、恐らくは。今回は薬を盛られて眠ってしまったみたいで恥を晒してしまいましたが、もう大丈夫。前さんに頭撫でられて私の元気は百倍です。もう頭洗いません」
「いや、それは洗ってくれ」
懐かしく感じてしまうルナのデレボケに、ツッコミをいれる。
しかし、薬を盛られてたのか。いつのまに? しかもなんで俺とレイアは大丈夫だったんだ?
……あ、ワインか。
俺は苦手で飲まなかったし、レイアは零していたから起きてたんだな。
って事はもし飲んでたら、ジンさんの部屋で寝てしまってたんだろうな。で、看病するとかいってロカさんを追い出してレイアを始末するというような計画をしてたんだろう。
もしそうなってたら俺とレイアが一緒にジンさんの部屋に行ってるのをロカさんに目撃されてたし罪をなすりつけられてたかもわからない。
……危ねえ! 助かった!
危うく積む所だった事実に気付いてしまい、安堵の息が漏れる。
推測だけど、状況が状況なだけに間違っているとは思えないし。
「前さん、敵が来てます。戦いの準備を」
考え事をしていた俺に、ルナが穴を見ながら声をかける。
はっとして穴の方を見ると、俺が出た穴をさらに砕いて、茶色の塊が空から隕石のように降ってきた。
それは五メートル程のサイズまで大きくなっており、全身が肥大化したジンさんが肩にレイス様を乗せて立っていた。
「ふふふ、あなたを倒してしまえばもう邪魔立てする不安要素がなくなりますわ。あとでレイアはじっくり仕留めますわ。あなた達はここで死ぬんですわ!」
勝ち誇った笑みを浮かべて、高らかに勝利宣言をするレイス様。
いや、もはやこんな奴らに様もさんもつける必要はない。こんなクソの為に心を痛めたレイアの為にも、俺が逆にこいつを仕留めないといけない。
「ルナ、共同戦線といこうじゃないか。こいつは倒しとかないといけない」
「ふふふ。夫婦の共同作業ですね。初めての共同作業がケーキカットではなく、戦闘というのはいただけませんが……」
「作業じゃねえ。戦線だ!」
「あまり意味は変わらないですよ」
ダメだ、ルナも話は通じねえ。
レイスといい、ジンといい話が通じねえ奴ばかりだったが、ここに元祖がいたわ。
でも、あいつらに比べたらましなんだよなあ。
「はあ、もうどっちでもいいよ」
「あ、認めましたね。ふふ」
呆れる俺を尻目に、ルナは屈託のない笑顔を浮かべる。
これもまた、レイスと全然違う。悔しいが、万倍ましだなと思う。
おかしい、洗脳された訳じゃないよな?
今までだったら感じなかった感覚にとまどいつつ、レイスとジンに向き合う。
「む、まだ邪魔する気ですわ! ジン、倒してくださいまし!」
「かしこまりました」
レイス様の命令を了承し、ジンさんは大きな剣を構える。恐らく剣も錬金術で大きくしたのだろう。
ジンもあの体格だ、振り回すのも容易なはず。気をつけなければ。
俺は攻撃に備え、いつでも動けるよう足に力をいれて対峙する。
だがルナは、特に備えることもなく、腕を組んで自信満々に立っていた。
何か秘策があるのだろうか。
「ふふふ。愛しの前さんからパワーを頂いた私には、もはや死角なんてないです! なにをしようとしても全部防いでみせます!」
そんな事はなかったようだ。
根拠のない事を恥ずかしげもなく言い放って、ルナはドヤ顔をしていた。
俺が恥ずかしい。




