悪意のない悪意。純度の高い笑顔。
レイス様の傍らには、顔を背けるようにジンさんが立っている。
そして、ジンさんはその足元に捕らえているルナ、ニック、アンさんに剣を向けていた。その右手には、赤い痣があった。
やはり、こいつら共犯だったか。
ルナ達は猿轡を咬まされ、腕を縛られながら憎々しげにレイス様を見つめている。
どう考えてもおかしいと思えるような状況の中、レイス様は何事も変わらない純粋な笑顔を浮かべていた。
「レイス様、見つかったという事は、レイス様は何をしたか自覚をしているんですか? 悪いと自覚をしているんですか?」
俺はレイアをそっと背中にやって、怒りを押し殺して尋ねる。
「なんの事でしょう? 私にはさっぱりですわ。いけない事をした自覚はありませんもの。誰も教えてくれませんでしたから」
ダメだ、この人はダメだ。
なんで笑顔なのか分からなかったけど、この人は悪い事をしたと思っていないんだ。
この人の笑顔は純粋で純度の高い無垢な笑顔なんだ。
「では、ルナ達を解放してくれませんか?」
努めて冷静に、刺激しない様にお願いをする。
「嫌ですわ。邪魔をされては困りますもの。全てが終わってからならいいですわ!」
だが、聞き入れてはくれない。少なくとも今は。
全てが終わってからというからには、別にルナ達になにかをするという訳ではないらしい。
では、やはり目的はレイアか。
「邪魔というのは、レイアを守るという事ですか?」
「そうですわ。邪魔さえしなければ解放しますわ。私はソアレと結ばれますの。私が愛してるんですもの、ソアレもきっと同じですわ! そして、王女になりますわ。だからこの、ノーブル国次期王女が約束しますわ!」
ノーブル国王女とは大きく出たもんだ。しかし、レイカ様とレイアを狙っていた理由は当たってたな。
この人の起こした問題は、ただの恋による癇癪だ。その規模がただただ大きい。国家を揺るがす大問題だということに気付いていないのだろう。
「はあ、ところでジンさんはどう思ってるんです?」
話が通じそうにないレイス様を一旦保留にして、傍らに立つジンさんに声をかける。
ルナの首元に切っ先を光らせて立つその姿が憎らしい。
「……僕は、レイス様の為になるならいいんです。だから、レイス様のする事には全て従いました。ごろつきを金で雇って馬車を襲撃しする事も、あなたの仲間をスキル封じの縄で捕らえた事も、全てはレイス様のため」
「そんなのがレイス様の為になると思っているんですか?」
「はい。あなたにはわからないでしょう?陛下の前では常に気を張って、兵士長までなった。その理由がレイス様の為。愛のために、人は変われるんです」
ダメだ、ジンさんも話が通じない。
ジンさんが淡々と言った内容は、理解出来ないがその理由こそがこの件を起こしたんだろう。
愛のため、愛のためって、二人はただただ盲目的な愛に溺れている。
厄介なのがレイス様の愛がもらえなくとも、着いていくジンさんだ。
レイス様がジンさんの事を見向きもしていないのに、ジンさんはただただ愛のために忠誠を誓っている。
これでは、付け入る隙もない。
「お姉様! やめて下さい!」
俺の後ろで、レイアが声を上げる。
その声はとても辛そうで、少し涙が滲んでいる。
俺はレイアが前に出ない様、手で制しながらレイス様を睨みつけた。
「うーん、無理ですわ。私、ソアレが大好きなんですもの。また、ソアレが間違ってしまってはいけませんわ」
間違いというのはお見合いでレイカ様を選んだ事だろう。
そして、またという事は、レイアが選ばれない様にするという事だ。
徹底して、不穏物質は除外しようとしているのだ。
「ジン殿! ジン殿も止めるであります! 一緒に王家を守ろうと誓ったではありませんか! それなのに、どうして!」
ロカさんはジンに訴えかける。親衛隊を率いる長と兵士を率いる長。率いる者が違えど、志は一緒だと思っていたのだろう。
だが、ジンさんは動じていない。
「僕が守る王家とは、レイス様の事です」
当たり前とばかりに言い放つジンさんに、ロカさんは言葉を詰まらせた。
こんな話が通じそうにない二人、しかも人質を取られている状況。どうしたらいいんだ……。




