そして誰もいなくなっている
話をたらふく溜め込んだ脳を抱えてようやく自室の前へとたどり着く。
溢れるくらいの情報で俺の脳内はタプンタプンだ。
これならみんなと話せば次の一手が出てくるはず。
しかし、ただ戻るだけでは芸がないよな。
「レイア、ちょっとノック待ってくれないか?」
「え?」
ノックして部屋に入ろうとするレイアを止めて俺が扉の前に立つ。
勢いよく扉を開けて驚かせてやろう。
俺は心の中に目覚めた悪戯心にニヤニヤと笑う。
ニック辺りが良い反応をしてくれそうだ。ルナは、抱きついてきそうだが。
アンさんは……分からん。
「何するの?」
「しー。レイア、静かに。勢いよく開けて驚かせようと思ってるんだ」
「はあ?まったく」
俺の提案に、レイアは呆れたように呟くが、その口元は共犯者めいた笑顔を浮かべている。
あんたも好きねえ。
まあ、共犯も出来た。
俺は遠慮する事なく勢いよく扉を開けた。
「おーい! 俺が戻ったぞ!」
だが、俺の予想と裏腹にニックの驚いた声も、ルナのお出迎えの声もない。
いや、むしろ誰の気配も感じない。隠れてるのだろうか。とんだサプライズだな。
しかたない、引きずり出してやるか。ルナ辺りを呼びかければ一発だろう。
「ルナー?」
だが、呼びかけるものの返事は無い。
ルナに対して厳しくしすぎたのだろうか。絶対そんなことはないと思うが、そうだとしたらまあ仕方ない。少し甘くしてやるとするか。
「ルナー? 出てきたらハグするぞー?」
ゼンさんほんとですか!? と、ルナがとてつもない勢いで出てくるかと思ったが姿を見せない。
これはおかしい。あのルナだぞ?
ルナに対して失礼かもしれないが、これで出てこないってのはあり得ないと思う。自惚れかもしれないけれど。
「ゼン、様子が変じゃない?」
「ああ。三人ともいなくなってるな」
レイアが不安そうに俺の裾を引っ張る。
俺は部屋全体を見回して、状況を理解した。これは、先手を打たれた。
まだ掴めていない敵に対して戦慄を覚える。それと同時に、一気に不安が押し寄せた。
ルナがいない。異世界に着いて初めての経験が、心を襲う。
ルナがもし捕まってるとしたら、ルナを捉えることが出来る何かが敵サイドにあるという事だ。
流石にやばい。
「レイア、俺から離れるな。服でもなんでも掴んでたらいい。絶対に離れるんじゃない」
警戒レベルを上げて、いつでも魔法を使うことが出来るよう精神を集中させる。
レイアは俺の服の裾を、思い切り握りしめた。
敵がいるかもしれない。でも、何か手がかりがあるかもしれない。
張り詰めた空気の中、目を凝らして敵でも何か証拠でも、なんでもいいから探す。
「……あれは?」
部屋の端に置かれている黒い犬のぬいぐるみ。七センチくらいのキーホルダーについているような小さなものが、ポツリと置かれていた。
こんなもの、あっただろうか。
そのぬいぐるみを拾い上げるが、やはり見覚えはない。
「なんだこれ?」
「なんだこれとは失礼なんだぜ? この忠犬ポチちゃんに向かって!」
「え? うわっ! 喋った!」
ぬいぐるみが喋りだし、俺はびびって手を離す。
なんだこれ。ここのぬいぐるみは喋るのか?
「え? なんで喋ってるの?」
どうやらそんな事はないらしい。
レイアは先程のレイス様と同じようにポカーンと口を開いていた。流石は姉妹だな。血の繋がりを感じる。
「いてっ! いや、痛くはねえけど、突然手を離されると傷つくぜ! まじF●●K」
足元で、落とされたポチが抗議の声を上げている。
口が悪すぎる、最悪だ。
「お前は誰だ?」
得体の知れないポチに、警戒しながら聞いてみる。
ポチは怒っているのか、不機嫌そうに腕を組んでいた。
「誰が教えるか、バーカ! お前なんて大っ嫌いじゃん!」
思い切り罵倒の言葉をぶつけるポチ。
俺は大人だからな、大人式に。いや、もっと最上の女神式に交渉するとしよう。
「お・ま・え・は・だ・れ・だ?」
右手に光の球体を作って、ポチに向ける。
バチバチと唸る球体を見たポチは、そっと腕組みをとくと、手を揉みだした。
「へへ、旦那。冗談だぜ。なんなりと答えるぜ〜」
流石は女神式。従順となったポチと過去の自分を重ねて、抜群の交渉力を感じた。




