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姫ジョーク

 結局ビッグスライム以降はなんのモンスターともエンカウントする事もなく、すっかり夕暮れとなった空の下を馬車は進んで行く。


 いや、エンカウントはしているのかもしれない。


 たまにバチっという音が聴覚を刺激したり、ストロボのような光が視界に入ったりしているからだ。


 その発信源はといえば、涼しい顔して鼻歌を歌っている訳だがまず間違いなくルナがお仕事してるのだろう。


 ニックはあまりのエンカウントの少なさに生態系が変わったのかと別の心配をしているが、教えてあげられないのが歯痒い。


 アンさんは相変わらず無表情で動いてないし、恐らく寝ているのだろう。


 そして、レイアは……。


「ゼン、あそこに牧場があるんだよ。あそこのミルクで作ったチーズが好きなんだ!絶対ご馳走するね」


 思い入れのある場所を通る度に、嬉しそうに俺に紹介をしてくれていた。


 この世界を知らない俺にとっては全部が新鮮で話を聞くのはすごく楽しい。


 ルナと喧嘩もしてないし、ほんとに今がレイアの素なんだろう。


「ははっ、頼むよ。期待してるぜ」


 俺の返事をレイアは嬉しそうに頷いていた。


 そこへ、ルナが割り込む。


「む、ゼンさん?私と蜜月なのにもう浮気のお話ですか?ダメですよ?」


「誰と蜜月関係だ。ただの世間話だよ。ルナも一緒に行こうぜ」


「うん、ルナも一緒にどう?姫直々に案内するよ!まさか断らないよね?」


 レイアの申し出にルナは少し驚き、すぐににっこり笑った。


「ええ、是非」


 ルナも毒気を抜かれたのがレイアと同じくらい嬉しそうに頷いた。


 俺は事情を知っているが、一国の姫の案内で女神様と勇者が牧場ってなかなかにシュールだよな。


 どういう絵面だよ、とツッコミたくもあるが行けるのもなかなかに楽しみである。


「お前らすごいな。俺は流石にレイア様にそこまでフランクには行けないな」


 ニックは俺とルナとレイアの会話を聞いて目を見張りながら言った。


 まあ、事情を知らなければ一般市民が姫に恐れ多くも喋ってるからな。


 そりゃ驚きもするだろう。


「別にいいよ? 全然タメ口でも大丈夫」


「え? いやいや、レイア様なにをおっしゃるんですか! 恐れ多いです」


 レイアの提案を慌てたようにニックが固辞する。


 いつもの飄々とした態度はどこへやら、ニックの態度にレイアはクスクスと笑った。


「ちえっ、ニコラスがタメ口してたら不敬罪で首チョンパ出来たのになあ」


「ちょっ、トラップですか?」


「ふふっ、ジョークだよ。姫ジョーク」


 なんて恐ろしい、ジョークなんだ。


 ニックとレイアの会話の内容に戦慄を覚える。


 ジョークを言えるくらい精神的に落ち着いてるのはいい事だが、ジョークがブラック通り越して漆黒だよ。


「まあ、ゼンはもう首チョンパだけどね」


「え、俺?」


「ふふっ、姫ジョークだよ」


 昨今の姫は天丼のテクニックを使えるらしい。出身は大阪かな?


 お笑いのテクニックを扱う姫ことレイアは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。


「やれやれ。レイア、勘弁してくれよ」


「ごめんごめん。なんだかもう少しで到着かと思ったら私の方がそわそわしちゃって。これじゃ私が執事長に怒られちゃう」


「ん?もう少しで着くのか?」


「あの牧場を過ぎたらあとは一時間もすればかな。日が沈む頃にはノーブル国の首都、ノーマンに着くと思う」


 あと一時間。長かった道のりだったが、護衛の方は終わりを迎えそうとなる。


 そして、次の任務が始まるのだ。


 ゆるやかな雰囲気が一気に引き締まる。それは俺だけではなく、ルナからも、ニックからも、アンさんからも感じた。


 ……アンさん起きてたんだ。


「よし、着いたらまずは二手に別れるぞ。俺とアンで宿の手配とあと少し情報集めるよ。ゼンとルナはまずレイア様を城まで頼む」


「わかった」


 ニックの指示に俺は頷いた。


 間も無く日は沈む。


 馬車は俺たちの心情を気にすることもなく進み続けた。

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