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異世界に降り立つ俺と女神

 意識が徐々に鮮明となっていく。


 頭にはふにゅんとした最上級の枕のような感覚。背中には寝てる間になにかを大量に置かれたようなゴワゴワしている感覚。その頭と背中のミスマッチ極まりない不快感を感じる。


 そのミスマッチは寝ぼけた頭に最悪の寝覚めを提供しやがった。


 うちの煎餅布団ってこんなにひどかったけ? 買い替え時だろうか。


 でもまあ、こんな変な感覚で寝たからあんな変な夢見たんだろうな、多分。と思いながら目を開くと、あらびっくり。覗き込むようにルナ様がいた。


「おわあああ!?」


 慌てて起き上がり、ルナ様から距離を取る。


 理解できない。ルナ様がいるのもそうだが、周りは何故か草原だった。


 頬に触れる風、草の匂い、空に流れる雲とそこまで激しい主張のない太陽の日差し。後頭部には先程のルナ様の太ももの感覚も残っている。


 五感で色々な事を感じてしまっているのだが、え、これ、夢……だよな?


「やっと起きましたね。もうちょっと寝ててくれても良かったんですよ? ……チューもまだだし」


「え、あ、いや、その、こ、ここはどこなんですか?」


「オネですよ。さっき言ってた所です」


 ルナ様に驚くほどさらりと言われたが、さらりと流すにはボリュームが多すぎる。


 脳が消化不良を起こしてる。ダメだ、頭が痛い。


 あと、ルナ様がまたボソリととんでもない事を言った気がするぜ。間違いなく好感度カンストしてやがる、ルナ様まじチョロイン。


「さ、さっきのって本当で本気だったんですか? 夢じゃなくて?」


「現実です。今の前さんは地球上にいません。オネにいます。ただし、地球ではあなたの時間は止まっています。この地を救っていただけたらなんでも願いを叶えます。元に戻りたいと言う願いも」


 な、なんて事だ。軽はずみにOKしたばっかりに……。


 ってか誰でもOKするだろう。地球産日本育ちのオタク男子ならもれなくするよ……。


「この地を救うって、どうするんですか?」


「それは……」


「きゃあああああああ!」


 俺とルナ様の会話を遮るように悲鳴が聞こえる。


 どうやら少し太陽の方角にある森の方から聞こえているが、右も左もわからないせいかその入り口は薄暗くて不気味に感じてしまう。異世界でなんの情報もないまま行くのは怖い。


 怖いけど……。


「ルナ様、話は後にします。待ってて下さい」


「え?」


 ルナ様との会話を中断し、森の中へと走る。


 木々が茂り、日光が遮られて明度が落ちている。湿度も増えてじっとりとした嫌な感覚によって一層訳の分からない恐怖が増す。


 怖い……が、俺がここに呼ばれた理由はここを救う為だ。なら何か力があるはず。ルナ様も、俺はここでは勇者と同じ力を持っているって言ってたしな。と、変な自信を持って俺は声の方へと向かった。


「助けて……」


「ぐるるるる!」


 あ、あかんわ。


 思わず使い慣れない関西弁が出るくらい絶望的な光景を目の当たりにする。


 俺の背丈の二倍ほどあり、腕が四本ある緑色の熊が唸っている。その熊は、木の側でヘタリ込む金髪で三つ編みのRPGでいう中世の村人の服を着た女性の側へじりじりと寄っていた。


 身体が硬直する。怖い。怖すぎる。


 そっと逃げようか。脳内に俺の悪い心が囁く。見捨てたら、きっと俺は助かるだろう。


 でも女性が大粒の涙を流し、歯をカチカチ鳴らしながら座り込む光景を見逃せるだろうか。答えはNOだろう。


 俺は足元の石を掴むと、全力で熊に投げた。


「へ、へ、へいへーい。え、えものがきたぞー。こっちにこーい。できたらこないで」


 しまらない挑発をかましてけつをぺしぺし叩く。圧倒的にしまらない光景。こんな勇者のRPGがあったら俺ならそっと電源落とすな。


 だが、効果はてき面だったらしい。


「ぐるああああああ!」


「うおおおおおおお! 出来たら来ないでって言ったでしょ!」


 熊は全身の毛を立たせて大きく吠えると、唾液をボタリとこぼしながらトラック並みのその体躯で突進して来た。威圧感が半端無い。


 でもヘイトがこっちに来た。これであの女の人も逃げられるだろう。


 恐怖と安心が入り混じる中、森を駆ける。熊の足はそこまで早くはないのか俺に追いつけないようだ。ざまあみろ。


 いや、追いつかれないにしてもあの熊しつこい。そら獲物の狩りをしていてなんなら今まさにお食事しようとしていた矢先に邪魔したからだろうけど。


 くそっどうしよう。魔法の使い方聞いてから来るべきだった。


 今更ともいえる後悔を抱え、悩みながら走っていると前方に人影が現れた。


「あ、前さん、やっと見つけた!」


 バッドタイミングである。


 ルナ様がなんと森の中に入ってしまっていた。待っててって言ったのに。


 俺の心女神知らずなようで、ルナ様は親とはぐれた子供が再び親に巡り会えたと言わんばかりに嬉しそうに飛び跳ねて手を振った。


「ルナ様、来ちゃダメだ! 熊が後ろに!」


「ぐるあああああ!」


 今の状況を出来るだけ短く正確にルナ様に伝える。頼む、ルナ様にヘイトは向けないで。俺だけを追ってこい、熊。


「あらあらあらあら? 私の前さんにいい度胸ですね」


 だが、慌ただしい俺と熊をよそにルナ様はニッコリ笑顔で右手を銃の形のようにして熊に向けた。


 その指先にはバチバチと弾けるような音を発しながら白い球体が生成されていた。サイズは野球のボール一つ分くらいの発光体。あれはなんだ?


「どーん」


 ルナ様のその可愛らしい一言の後、可愛く無いバチバチという弾けるような音を発しながら球体は熊にぶつかって破裂した。熊は大きく吹き飛び木に叩きつけられてぐったりとうなだれこんでいた。


 多分、生きてはいないだろう。ぴくりとも動かない。手足顔舌、重力に逆らえない熊の体の全てのパーツが地面に向いていた。


 ルナ様は照れたように頭を掻いて笑っているが俺はもう開いた口が塞がらない。


 いや、もうあんた一人でいいじゃん。


 ぴくりとも動かない熊と、照れ笑いする女神を見比べて心からそう思った。



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