ちょっとおかしな女神との出会い
「一宮 前さん。突然お呼びだてしてすみません」
「は、はあ」
目を覚ますと目の前には真っ白な空間が広がる。
脱ぎ散らかしたスーツや充電中のスマホ、明日出そうと縛っておいたゴミ服、ぺたんと潰れた布団等、俺のワンルーム内にあった物全てが存在していない。明らかに自分の部屋ではない事が分かる。
その代わりに目の前には超絶なオーラを放つ知らない女性が立っていた。
白いローブに身を包み、整った美しい容姿、鮮やかな銀髪を腰まで伸ばしている女神と言っても遜色ない。
その女性はいきなり謝り、俺に頭を下げた。
理解が追いつかない。
何故俺はこんな所にいて、何故この女性は俺の名前を知っているんだろう。何故この人は頭を下げているんだろう。何故が頭をぐるぐる回りしぼりだせたのは生返事一つ。
おかしい事は分かるのに、俺の脳はどうやら処理し切れていないらしい。
えっと、落ち着こう。そうだ、なんでこんなとこにいるのかを思い出せ。
今日、俺は普通に仕事を終えてワンルーム四万八千円の家賃を払う我が城に帰った。
そしてカップラーメンを食べながらYourtubeを流し見た。
で、食べ終わったら明日は休みだと喜び勇んでスーツを干さずに脱ぎ捨てた。
そのあと、風呂入って寝たんだよな。って家帰って寝ただけじゃないか。
……という事は、今のこの状況は夢か。
なるほどな。夢なら納得。え、夢だよね? 怖い黒いスーツを着たお兄さんが出てきてお前俺の女になにしやがったとか言わないよね?
「まずは突然こうなった理由を説明をさせて下さい。私はルナ。あなた達人間で言う所の女神という者です」
ほうほう、どうやら美人局でもなく夢説であっているようだ。
で、今日の夢はどうやらファンタジーの世界観らしい。二十二歳のいい大人になってもこの手の夢はワクワクする。
そして、このルナという女神のような女性は本当に女神だったらしい。
グッジョブ夢!夢でも美人と話せるのはすごく嬉しいぜ!
「なるほど、女神なんですか」
「言いたい事は分かります。頭おかしいのかこいつって思っちゃいますよね」
「え、いやそんなことは……」
「いいんです。そう思われても仕方ないんですから」
そう言ってルナ様は、皆まで言うなと言わんばかりに俺の前手を広げた。
芝居がかっていてちょっとイラっとしたのは内緒だ。ってか思ってないし。
「でも、ほんとに女神なんです。信じてください、なんでもしますから」
「分かりました、分かりましたから!」
「……ちっ。なんでもって言ったんだから、もっと貪欲に劣情に身を任せて私の身体とか求めたらいいのに」
なんかボソリととんでもない事が聞こえたような気がする。
劣情に身を任せるとか、身体を求めるとかヤバくないか?
それに、ルナ様の目が一瞬めっちゃ怖かったような……。
でももう一度見るとすっかり穏やかなルナ様。どうやら見間違えらしい。
「コホン。では女神である私が何故前さんをお呼びしたかと言うと、前さんに救ってほしい世界があるのです」
「…………は?何を突然?」
全く脈絡もないとんでもない雑さでの要望。
夢だとしてももうちょっと設定練れよ、と思う。女神様に悪態をつこうとは思わないけれどももう少しディティールをさ。一応はノリを合わせておくけど。
「前さんは地球では普通の人間です。特に才能があるわけでも秀でた能力のある人でもありません」
唐突なディス。俺は心に会心の一撃を受けた。
なんで俺は女神に辱められなければいけないんだ。いや、才能とかないのは事実だけど。ルナ様、オブラートって知ってます? メイドイン地球であるので勉強して下さい。
「でも救ってほしい世界、オネという世界では違います。あなたは光魔法を使えます。これは千年前現れた勇者と同じ能力で、貴重な力です。まあ、地球ではなんの役にも立たない才能ですけど」
褒められたと思ったら落とされる。さっきのがズバッ! という効果音のダメージであれば今のはズバァアアアッ!!!! くらいのキレのあるダメージを心に食らう。
落として上げて落として、心の蓄積ダメージが地味に増加し俺の心のHPは赤ゲージとなっている。
自分、泣いていいですかね?
「ですからお願いです。世界を救ってください!私と一緒に!」
「…………え?」
ちょっと待て、どことなくおかしな事を言わなかったか?
私と一緒に?って言わなかったか?なにそれ、能力を与えました頑張って下さい。とかお前を持っていくぜ駄女神! とかいう展開は聞いたことあるけど押しかけ女神は聞いた事ないぞ?
「いやいやいやいや、え、ルナ様は女神様ですよね?」
「そうですね」
「それなら普通は力を与えました。なので世界を救ってください、さようなら。とか言って普通は去ってくんじゃないですか?」
「そんな離れるなんて勿体な……。コホン。そんな無責任な事はしません。きちんと朝はおはようから夜はおやすみまでつきっきりのパートナーとして居させてもらいます!……夜は特に」
女神のイメージが壊れそうだ。夢とはいえこれはひどい。
咳払いをしてごまかしていたが離れるなんて勿体ないって言いかけてたぞ。
それに最後もボソッと夜の事言ってたし。
俺の勘が正しければ女神の好感度がカンストしてやがる。鼻息荒くなってきてるし思ったよりグイグイ来すぎてるし、夢だからとりあえずハイハイ言って目が覚めるのを待とうか……。
「こ、光栄ですね。女神様がそこまで側に居てくれるとは心強いなあ、ハハ……」
満面の苦笑いを顔面に貼り付けて、ビーフジャーキーよりも乾いた笑い声を漏らしながらロボットよりも棒読みで答えた。
頑張って笑おうとしたけどこれが精一杯だ。
だが、ルナ様には喜んでいただけたようでクレオパトラも真っ青な美しい笑顔を見せて俺の手を握った。
「そう言ってもらえて嬉しいです! では、来てくれるんですね?」
「そうですね、お力になれるか分かりませんが」
「良かった。では、行きましょう! 善は急げと言います!」
そう言ってルナ様は地面に両手を置くと、大きな轟音が空間いっぱいに鳴り響いた。地面は揺れ、空間の色が黒く濁り不穏な空気が立ち込める。
ま、まだ目が覚めないのか?
「間もなく、オネへのゲートが開きます。詳しい事はそちらで。……不束者ですが、末長くお願いしますね」
「え、それって結婚のあいさ……ってうわぁあああああああああ!?」
ルナ様の発言にツッコミをいれる前に急に足元の感覚が無くなった。比喩表現ではなく真っ逆さまに落ちていた。ゲートって扉じゃなくて落下式かよ!
頼む、夢ならほんと覚めてくれ! 今まで見た夢の中で一、二を争う天国と地獄を味わって俺の意識はプツリと途絶えて行った。