9話
義男の笑顔は届かなかったが、とりあえず中にどうぞ、ということで中へ案内された。
家に入る前に振り向いて、ここまで連れてきてくれた男にお礼を言い中に入っていく。
入ってすぐ見えたのは、初めて戦った虎の顔の剥製が飾ってあった。
それを見て、
「あれは」
義男の呟きが聞こえた恰幅のいいおばさんが、
「すごいだろう、本物だよ。
昔近くの平原まで下りてきたんだい、村中大混乱になったけど、亡くなった父親の号令で自警団の連中と倒したんだよ。その時は村中お祭り騒ぎさ。」
呟きに対し、自慢気にそして律儀に答えてくれたが、
「すごいですね。」
と、一言で返した。
自警団が何人いたのか知らないが倒したらお祭り騒ぎになる、一人で仕留めたと言っていいもんかと悩んでいると、
おばさんが部屋のドアを開けた。
「母さん、お客さんだよ。」
そこには椅子に揺られながら飲み物を飲んでいる顔中皺だらけの婆さんがいた。
「初めて渡会義男です。
道に迷ってしまい困っているんです、お金が無いので住み込みで働ける場所を教えてくれないでしょうか?」
この村に来て、もう三度目のセリフを流暢に説明する。
「何もんだい?ここいらの人間じゃないだろ。何処から来たんだい?
それにその格好も術師かい?」
疑ぐりの目で見てくる婆さんがまた格好を指摘してきた。
「ええ、ちょっと山の方から」
「山だと?何処の山だい。」
義男がどうやってここまで来たか説明しようとすると、途中でぶった切ってさらに説明を求めてきた。
「何処の山と言われても…あっちの方の?」
義男は来た方向を何となく指差した。
「あんた、まさかアガール山脈から来たのかい?」
山脈の名前なんて知らない義男だが、指した方はおそらく合ってると思い、
「まぁ、そうですね。」
と気軽に答えた
「あっちってあんた…
この大陸の人間でアガール山脈の名前を知らないなんて信じられないよ。
本当にどこから来たんだい。」
冗談を言っていると思われたのか、最後の方は怒りが混じっている。
本当の事を言えと命令されているかのように感じた義男は、会社帰りだという事、山での生活、そして平原からここに来るまで、それらのここまでの経緯を時間をかけて丁寧に話した。
ただ義男はちょっとだけ嫉妬しているチートな付属品の事は黙っておいた。
「って事なんですよ。」
「なるほどねぇ、はいそうかいって簡単には信じられないがね。」
「いやー不思議っすね。」
少しは信用してくれたのか、表情もかなり柔らかくなった婆さんの答えについ軽い返事をしてしまう義男。
「まぁいい、こっち来て座んな。
それとさっきからその杖から水が出てるんだよ。」
婆さんに椅子に座るよう促されたが、杖と言われた傘を持って入った事を忘れていた。
「すみません、ちょっと外に」
と言い、一旦外に出て水気をきりコートやマフラーと一緒に鞄へしまった。
そうして再び部屋に戻ると、
「あんたも飲むかい?」
「はい、頂きます。」
婆さんの提案に、すぐに頷き飲み物を待った。
すぐにおばさんが持ってきてくれた温いハーブティーのような飲み物を飲んだ。
異世界に来て飲み物とはいえ、初めて人の手がかかったものを口にした少しの感動と、あまり美味しくなかったハーブティーで会社帰りサラリーマンの義男は少しだけ複雑な気持ちになった。