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第八話 恐怖の伝搬

ゴブリンを屠り、冒険者と邂逅を果たした我らが主人公矢三郎!冒険者を殺すのか?殺さないのか?

 コワイ!コワイ!コワイ!


 ぎいぎいと悲鳴をあげるゴブリンたちは共通の単語を脳内で繰り返し、警戒音を口から発しながら森を疾走していた。


 その中の一人、冒険者たちから「犬鼻」と渾名される手練のゴブリンはゴブリンの平均からすると比較的長い彼の生涯の中で最も混乱していた。


(コワイ!コワイ!コワイ!ナンナンダアノニンゲンハ!?アレハニンゲンジャナイ!マルデ、獣、「青イ獣」!アアアア コワイ!コワイ!コワイ!ニゲル!ニゲル!ニゲル!あるふぁニ報告スル!)


 明晰な知性から冒険者の襲撃計画立案を任せられている犬鼻だが、筋立てて戦略を考えられる人間と比しても卓越したその脳は 今となっては彼の言う「青い獣」のおぞましい眼光にあてられ、恐怖に染め上げられていた。


 犬鼻は彼と群れの長であるアルファ以外殆どが死んだ最初期の群れのメンバーが蜂起した故郷であり本拠地、「巣穴」にほうほうの体で帰りついた。


 ぎいぎいぎいぎいぷぎゃぷぎゃぷぎゃ!


 地底に広がる洞穴の奥に転がり込んだ生き延びた怯えるゴブリンたちは生涯最大級に警戒音を叫び、叫び、叫びまくった


 寝耳に水だった「巣穴」のゴブリンたちは驚き、ドラゴンでも来たのかと狂乱の大騒ぎとなった。



「ーーーーーーーー!!!!!!!!」



 地下洞窟の天井にヒビを入れそうな咆哮が轟く。ほとんどの「巣穴」のゴブリンは冷静さと静けさを取り戻す。彼らが最も恐れる、怒れる存在が現れたからだ。しかし、「青い獣」を見たゴブリンたちは未だに警戒音と悲鳴を上げ続けている。


 怒れる存在は適当に摘み上げた若いゴブリンの頭を握り潰した。


 それでやっと、巣穴は静かになった。



「…おい、どういうことだ、報告しろ」



 長い年月を上位階級として栄養価の高い食物を喰らいながら生きてきた犬鼻と比しても巨大な体躯を誇り、傷だらけの薄緑の皮膚に包まれた逆三角形の筋肉質な肉体、そして全身にその長い生涯の中で殺害した冒険者の鎧、武具などから回収した金属片や様々な種のモンスターの骨を埋め込み、鎧とした強大な力を誇る群れのリーダー、「アルファ」は流暢な西部地域人間(せいぶちいきにんげん)()で信頼のおける歴戦の部下に詰問する。


 犬鼻は訛りの強いたどたどしい西部地域人間語で報告を行う。


「ナ、ナ、ナ、ナカマ、ワカイヤツラ コロサレタ!コワイ!『青イ獣』コロシタ!」


「『青い獣』…?どのような獣か?」



 二人の会話は若いゴブリンたちには理解できない。リーダーたちが人間語で話すのは機密を漏らさないための経験則だ。


 目を逸らし、犬鼻がボソリと呟く


「…ニンゲンノミタメ」


 アルファは犬鼻の喉を掴んで洞穴の壁に叩きつける。目線を合わせ、首を絞め上げながら、さらに詰問する。


「…『人間』共に我が兵たちを屠らせたというか」


 アルファはいくら彼に比べて能力が劣化したといえども、自らの優秀な血を分けた子や孫が含まれるこの群れのゴブリンたちの力は決して人間に負けることはないと自負していた。


「ア…アレハニンゲンジャナイ、バケモノ!ボウケンシャトチガウ、ヨロイモブキモゼンブチガウ!ヒトリデコロシタ!」


 苦痛に喘ぎながら犬鼻が弁明する。


「…そうか」


 犬鼻を地べたに投げつけたアルファはゴブリンの言語で思考し始める。彼が最も信頼を置く犬鼻をここまで恐怖に陥れる人間など、アルファの長い生涯でも見たことも聞いたこともなかった。


(…何者だ?冒険者…?いや、俺たちは経験から学び、力を蓄え切る前である今は大規模な活動をしていない。つまり我らの兵を壊滅させるような、一度巣を滅ぼしたような強い冒険者が来るはずがない。それに強い冒険者といえども鎧、武器の系統は同じ、賢しい彼奴が見間違えることはないだろう。


 …なら、ならば何者だ?)



 えも言われぬ不気味な違和感を感じとったアルファは配下たちを武装させた。


 遠方に遠征し、小領主の館を襲撃・反撃に出た冒険者や軍隊を近隣に住んでいた別の群れに擦り付けた時に奪ってきた上質な鎧で身を固めたゴブリンたちは武器を取った。


 しかし、その半刻後、この巣はアルファを除き、全滅することとなるのである。


 ーーーーー


 さて、舞台は血やはらわたを撒き散らしたゴブリンの死体の真ん中に陣取る矢三郎と邂逅を果たした「赤角」パーティ長 アゼルハートの元へ戻る


「あの、」


 不思議な意匠の青い鎧の男が俺の声に振り向いた。


 ぞっとした。その目は、人間のものに見えなかった。


 その男は固まってしまった俺の方に向き直り、手に持った長大な曲刀を構え直してじりじりと近づいてきた。


 ーーーーーー


 鬼が近づいてきた。足音で気づいていたが、一人だけだったので逃げなかった。一人ならどうとでもなるし、二、三匹増えても問題ない。近づいた足音は止まり、鬼は葉っぱをかき分けて顔を出して来た。何やら話しかけてきた。馬に乗っていた鬼をこんなに近くで見たのは初めてだ。


(…角も生えておらんし、割と人間に似ておるな。)


 後ろから他の鬼たちの声が聞こえる。足音も聞こえるし、こちらに来ているようだ。


( む…まずいな、確か鬼は全部で7匹いたはず、一気に相手にするのは出来んことはないが、辛い。弓使いさえいなければ一気に射殺できたが、割と手練に見える弓使いもおったしのう…)



 もう一度話しかけてきた鬼を見る。目を見る限り、敵意はないようだ。矢三郎はその二十余年の生涯で相手を殺す直前に人間が持ちうる限りの憎悪の目つきを見てきたが、あの目つきはやや恐怖の混じった無警戒の目つきだ。


(敵意はない、か。


 ……会話を試み、相手を油断させて不意打ちで皆殺しにするか。)


 行動方針を決めた矢三郎は念の為 いつでも斬りかかれるように太刀を持ちながら摺り足でジリジリと鬼の元へ近づいていく。


 若い男の鬼はビクッとなる。


 ずっと矢三郎が進む。


 若い男の鬼はさらにビクッとなる。


 それが幾度が繰り返された後、矢三郎は男に太刀が届く距離に入り、足を止めた。


「おい、貴様、鬼よ」


 ‎「اغهههجنافق。غسنمنوا 、فقًجحخىم…ان?」


 引き攣った笑顔で鬼がまくし立てた。


「何を言っておるかさっぱりわからぬ!さて、テキイハナイノジャー、ナカヨクシヨー、コワクナイ、コワクナイ…」


 数度日ノ本言葉で説得を試した矢三郎であったが、やはり全然通じないので、尊敬する父である白石隼人種久(はやとたねひさ)から教わった言葉の通じない者たちにこちら側に敵意がないように見せかける方法を思い出して行動に移した。


 ニヤリと笑顔を浮かべ、戦闘の意思はないと伝えた。しかし、若い男の鬼は警戒を強めてしまった。


 若い男の鬼は青い顔をしてすすすっと葉っぱの向こうへ戻り、何やら仲間たちと話し始めた。ニヤッとした顔を浮かべたままの矢三郎の我慢は限界点まで急激に上がっていく。


ーーーーー


 半泣きのアゼルハートは大楯持ちのコキュータクスの肩を掴んでブンブン揺らしながら(コキュータクスの巨躯はほとんど揺れてはいないのだが)ささやき声で慌てる。


「…何なんだよアイツ、こえーよ!一人でゴブリンあれだけ殺すとか何者だよ!?つーか笑顔がこえーよ!何なんだよ怖い怖い怖い!」


「なんでささやき声なんですか?」


 エルフの女魔術師ペルが聞く。


「バカ!刺激したら殺されるだろ!」


 アゼルハートはビビり倒しているが、この世界の人間にとっての鎌倉武士への正しい対処法と反応はこれだ。生き延びたいなら刺激しないに限る。


「…命の恩人に失礼ですよアゼルさん!」


「…そうだ、ゴブリンを、倒してくださったのだろう、その、方は。俺の腕をほとんど千切るような矢を放った、危険なゴブリンどもを、ギルドから報酬も出ないのに、通りすがりの方が助けてくだすった、無礼は…この俺が、許さんぞ」


 銅板階級(コッパープレート)のペルのかけた低位の回復呪文で緩やかに回復しているものの、大量の出血と痛みのショックで憔悴したホルトーが先ほど顔面をぶん殴った精霊遣いのササラに肩を借りながら言う。


「そうだ。ゴブリンを足止めしてくれたのだから、そのような言い方は控えるべきだろう。」


 相手をぶっ殺さない限りは貸し借りを重視する北の国の入江の民の出であるアバが咎める。


 ーーー 傍から見ると彼らパーティメンバーが彼らを殺害しようとした我らが主人公 矢三郎を命の恩人と勘違いするという勘違いの中でも最も愚かしい類の勘違いをしているように思えるが、彼らの常識では矢三郎が彼らを単騎で攻撃してくるなどとは思いつかないのだ。彼らの思考の前提としてはゴブリン退治に赴いてきたのであり、人間に襲われる事態としては、徒党を組んだ盗賊に襲われることしか想定にない。


 たった一人で七人の冒険者パーティを襲撃する無謀な人間の存在など想定になく、挙句 視界外である藪から全員が抵抗する間もなく射殺されるなど、この世界の常識では考えることすらない。


 一応 矢三郎を盗賊と見なさなかった根拠もある。それは彼が冒険者に害をもたらす存在、盗賊であるには強すぎたからだ。傭兵くずれや食い詰め者がなる盗賊は練度も力も弱く、歴戦の傭兵であるホルトーの腕を千切るような強弓を扱えるはずがないのだ。


 そして冒険者を襲う存在ではない矢三郎がホルトーの左腕を吹き飛ばす所以はなく、ホルトーを危うく殺しかけた矢を放ったのは強力なゴブリン、長い年月を生きたゴブリンであると推測できる。それを足止めし、挙句に多くのゴブリンを討ち果たした矢三郎はパーティの命の恩人であり、屈強で経験豊富な武人だ。


 …この世界の常識的な思考で推測した結果は、矢三郎が屈強で経験豊富な武人であるということしか合っていない。


 しかし、この「屈強で経験豊富な武人」が近くにいるという情報は彼らパーティにとっては大きな収穫だった。


 熟練の傭兵の左腕を吹き飛ばしかけるような強大な力を持ったゴブリンが討伐対象なら、手が多い方がいい。


 そんなことを考えたバーティの面々は異口同音に言った。


「「「…その人に討伐の手伝いを頼めないだろうか 敵は手強いようだし。」」」


「ムリムリムリ!アイツ怖すぎだし!ぜってーヤベー奴だよ!そもそも言葉通じないから!異国語だったよアレ!」


 アゼルハートが絶叫しながら拒否する。


「異国の方なのでしたら、私が翻訳魔法をかけましょうか?」


 ペルが言う。


「…お前銅板階級(コッパープレート)だろ?翻訳魔法とか使えるの?」


 アバが尋ねる。


「う…」


「な、何とかならないのか!?言葉通じないとアイツ俺たちのこと殺しにくるぞ!?」


 ガンをつけられてビビり倒したアゼルハートの世迷言ではあったが、珍しく当たっていた。あと1分も待たせれば飽き飽きした矢三郎は戦力差など気にせずに斬りかかってくるだろう。


「…重ね重ね命の恩人に失礼ですよアゼルさん!…仕方ない。虎の子ですが、この薬を飲んでもらいましょう。お師匠様が異国に行く時に心配だからと持たせてくれました。」


「魔法薬か?」


 追跡者のアバが尋ねる。ペルが知識を自慢するかのように長々と答える。


「いえ、魔法ではないんです。魔力使用はゼロです。何でも言語翻訳に必要な魔力を捻出できないほど魔力の小さな獣人族や巨人族などにも使ってもらう為に西部地域人間語の情報のみを全て入れ込んだ薬で、血流が脳みそに達すると単語・発音・文法などが一気に脳に刻み込まれる 『カガクテキヤクヒン』とか言うそうです」


「ご、ごたくは良いんだよ、早く!早くそのカガクなんとかをヤツに飲ませろ!お前が行けよ!言い出しっぺなんだから!」

 

 コキュータクスの背後に隠れたアゼルハートが尚もしつこくささやき声で言う。


「分かりましたよ仕方ないなー」


 知識自慢を馬鹿にされて不満げなペルは無警戒に臓腑と血液を撒き散らしたゴブリンの死体というおぞましい光景を背景に立つ我らが主人公、青鎧の矢三郎に近づいていった。


怖いもの知らずの天然娘。


ブクマ、感想等貰えると嬉しいです。


ちなみに今回のサブタイは矢三郎に対する恐怖が広まるというゴブリン視点です。


つまりパーティのリーダーはゴブリンだったんです。


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