鎌倉武士 the ドラゴンスレイヤー《前半》
ーーー 異世界西方地方都市 ヤーク 鍛冶場
赤熱した鉄を打つ音は鼓膜をつん裂くように大きい音だが、その場所で最も激しく大きな音はそれではない。
作業音をビリビリと空気を震わせかき消す大声で髭を短く刈り整えたドワーフの名職人と異様に眼光の鋭い若者が怒鳴り合っているのだ。
「鍛治長殿、大袖を拵えよ!」
「婿殿、ウォーソディってなんだ!?」
「鎧が袖ぞ!ええい、言うは煩わし!見よ!是れぞ!」
直垂姿の鎌倉武士が破損した大袖をずいとドワーフの眼前に突き出す。
「お、おう あー・・・前から思ってた通り婿殿の鎧は薄金鎧の類いだな しかし薄金の繋げ方が妙で、何か塗料?が塗りつけてあるな」
ドワーフの職人は気迫に押されつつも職人としてまっとうな審美眼で大袖(鎌倉武士の付ける大鎧の肩パーツ)に真っ当な分類を下す。
「らめぇ?あま?なんじゃそれは!
是は小札綴りたる鎧ぞ!らめあまではない!!!」
白石矢三郎経久は実に難儀していた。ここに至るまでの僅か3分にも満たない会話で既に機嫌を大いに損ねている。
先日北方から河を遡ってきた海賊の首領と打ち合った折に大袖を壊された矢三郎は大袖、ひいては大鎧全てを写させようと勇んで鍛冶場を訪れたというのに上記の如く会話が万事噛み合わない。
日ノ本鎌倉時代の武士と異世界西方の鍛冶屋なのだから当然ではあるのだが、知っている鎧の構造どころか基本的な知識や常識までもが悉く違いすぎるのだ。
人に何かを説明するという作業は中々に大変な行為だ。決して辛抱強い個体が多いとは言えない鎌倉武士(の中では割と辛抱強い)矢三郎にとってこの状況は我慢の限界も近かった。
「・・・あー、そのコサーニ=ツズタとやらはこれと似てるだろ?見てくれや、ラメラーアーマーつうんだけどよ」
鍛治長は太い指で作業台の端からむんずと異世界式ラメラーアーマーを掴み上げて矢三郎の胸のあたりに突き出した。
百聞は一見に如かず、現物を見ることは円滑なコミュニケーションを取る上で重要なことだ。
矢三郎は一旦怒気を収めてその『らめあま』という鎧をジロジロと眺め、指で突いたり拳で叩いたりしていたがやがて眉を釣り上げ目を見開き異世界的には非常に恐ろしい表情で結論を下した。
「・・・似ては居るが、糸の綴り方が違うておる!何より小札を漆で塗り固めぬのは良うない!強さが足りぬ!」
「漆?って何だ?」
「漆を知らぬじゃと!米どころか漆までないのか!?なんなのじゃこの土地は!」
矢三郎は十数秒の間日ノ本と異世界の違いに今更ながらにカルチャーショックを受け天を仰ぐが、その間に考えを纏め『漆』について鍛治長に伝える。
「漆は・・・木の汁を煮詰め鉄の粉にて色付けたるものじゃ!鎧に用いる折には小札を綴り板とした後、この漆にて板を塗り固め鎧をより強うする!あと何ぞ湿り気あるところでよく乾くあやしき汁だと中村の余二郎がいうておった」
ドワーフの鍛治長は大袖とラメラーアーマーを見比べつつ矢三郎の言わんとすることを理解した。
「ふーむ、何某かの塗料で固めることでラメラーの結合部の脆弱性を補強してるというわけか!中々頭が切れるのー、婿殿の国の具足師は・・・
・・・して、その漆というのは甲冑だけに使うものなのか? 何か情報が聞ければこのヤークでも何か代替品を見つかられるかも知れぬが…この表面、妙に見覚えがある気がする」
その後数十秒暫く思案していたが矢三郎がポツリとつぶやく。
「・・・雅な椀は、漆塗りけるものあるが」
すると、間髪入れずに鍛治長が大声を上げた。
「竜細工だ!」
「龍?」
「竜脂と竜血を使う細工だ!王都の職人がやる技!
竜息の燃料の竜脂と粘性の高い竜血を混合して塗布すると丁度こんな表面と強度になるのだ!」
鍛治長は興奮して説明、否独り言のように矢継ぎ早に口を動かしながらドワーフらしい酒器棚の奥からぐい飲み的形状の器を引っ張り出し、矢三郎に投げ渡す。
鈍く赤色に光るその器を掌の中で回した矢三郎はその質感を見てドワーフの意図することを理解したが、その行為には見てはならぬとされた氏神の社の御神体を垣間見た時のような何とも言えない畏怖を覚えた。
「…手触りや光り方なぞは漆と似ておらぬではないが、龍の血を小札に塗り込めると申すか!」
「応ともさ、何故これまで誰も竜細工を鎧に使うことを思いつかなかったんだろうなぁ!主流のリングメイルとは相性が悪い故・・・? 否、王都の王侯貴族ぐらいしか好まぬ技じゃからか!」
職人に限らないことだが専門分野へのこだわりが強い人間はスイッチが入ると異様に饒舌になるものだ。矢三郎はそれを見て故郷の刀匠や具足師を思い出し少し心が和んだ。
「さても、その龍血なるを用いる術、能う者はこのやーくに居るや否や?」
「王都から人殺しをやって流れて来たやつが一人居る」
「ふむう」
言葉を切り顎の無精髭を撫ぜつつ鎧の修繕について考えを纏めた矢三郎は話題を変える。
「川沿いの、物見櫓の首尾は?」
「狼煙の用意や早馬の厩舎も含め順調だ
少なくない普請代を代官様から頂いて、大工組合や婿殿のところの武士団からも増援もあったから進みが早い。
バスコ伯領の境からここまで一時(二時間)の間か、早けりゃ半時ほどで報せが届くだろうぜ」
「重畳至極!戦の折川沿いを見て回ったが、この地は北側に山は少ない故、海賊どもが船来れば早う気付くであろ
…俺の鎧は預けて行く故、幾らか小札綴りて近しきもの拵えて見よ」
矢三郎は言葉を斬ると薄金鎧を引っ掴み、15kg近いそれを片手で軽々と持ち上げ、太刀を肩に担ぎつつ踵を返した。
鍛冶場の外に待たせていた従者の冒険者たち(その姿は鎌倉武士の郎党化が進み館の門前に得物を片手に座り込む郎党そっくりの形相である)の元に姿を現した矢三郎は割れ鐘のような大声で作戦目標を告げる。
「…鎧が袖欠けておるは心憂し!いざ龍狩りじゃあ!」
武具をアップデートする為龍を狩りに行く鎌倉武士
真っ当にファンタジーしていますね!
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ヤーク式烽火・見張り台
矢三郎の指示で設計、ヤーク辺境伯領内を流れるグルーテ河畔に一村区間の間一つずつ建造された見張り台。
高さは概ね14〜20m前後、丸太を組んで建てられており、早鐘と早馬の為の厩舎が併設されている。また直接制作を命じた矢三郎の嫁さんである代官のオーダーで辺境伯家の旗と彼女がデザインした矢三郎の旗が掲げられている。
狼煙は古くから多くの地域で用いられた迅速な連絡手段であり、作中で鍛治長が言った「一時間〜二時間で情報が伝わる」というのも誇張ではない。
日本における具体例としては戦国時代、海津城から150km以上離れた武田信玄のいる躑躅ヶ崎館まで二時間ほどで上杉謙信の進軍を伝えたとされるものがある。
来たる鎌倉武士と北人との戦ではこの見張り台は多いに矢三郎たちを助けることとなるだろう。