四十六話 五つの報告《後編》
執務室への鎌倉武士の来襲の少し後 異世界西方の最果て、プレタニケ島
その島国には1万人を超える北方人、北人が来襲していた。散発的な略奪を行うのみであった彼らは昨年初めてこの島で越冬した。その大軍勢は一人の英雄の弔い戦、そして征服の為に集まったものだった。
・・・軍勢の南方の最前線であるリードと言う穏やかな田園に件の英雄の息子たち、「骨無し」と「剛勇」の二つ名で知られる二人の将が腰を据えていた。
「バグセックが、死んだ?」
絹のような金髪を背中に流した骨張った青年が指先に矢羽根を弄び鈴を転がすような中性的な声色で言った。
「応、聞いた話からすると どうもな…」
針金のような焦げ茶の髪を背中に流した厳めしい大男が戦斧の刃先を弄びながら兄の質問に野太い声で答える。
二人の外見、性格、声色は似ても似つかないが動作は奇妙なほどそっくりで、そこに両者の血の繋がりが強く感じられた。
「聞いた話とは?」
「あー、大陸への通過路の代官のグリムが『首長バグセックの船団戻るもバグセックと息子たちは皆殺し、四隻中二隻が沈められ一隻中破の大損害』と言伝を送ってきた 」
「誰の仕業だ?
バグセックほど力ある戦士を屠り100人の兵を敗走せしめるとは、並大抵の者には出来ないことだ 王国の首長のバスコか、ヤークあたりかな?」
「いや、生き残りの話によればバスコ領を荒らし回ってヤーク領に入ったところで妙な鎧を着て巨大な弓を使う怪人とその手勢に殺られたらしい」
「…なあビョルン、お前は何者だ?」
「むう」
彼、ビョルンは人と比べて取り立てて頭が回るわけではなく、その唐突な問いの意図するところはさっぱり分からない。しかし賢明な母を持った彼は知性の高い人間の言葉は他人の目から見ると飛躍していることが多いと知っている。
しかし兄イファルの言葉はそれより数段上だ。多くの場合最初は突飛に聞こえるものの、それは彼の考えを自分に分かるように噛み砕き順序立てて説明する為のものなのだ。
それを知るビョルンは質問に自分の思うがまま答える。
「俺はラグナルの息子、神々の血を引く自由民の戦士だ」
「違う お前は戦士ラグナルの息子でもなければ、神々の血を引く者でもない」
間髪入れずにイファルの発した言葉にビョルンは鼻白む。いくら畏敬の念を抱く兄とはいえ戦士の名誉を貶める言動は看過できない。
「勿論、異国の者たちにとっては、だよ ビョルン
俺たちは彼らにとっては忌むべき賊、『北人』でしかない …だがそれこそが強み」
そこで言葉を切ったイファルは杖に縋り付くようにして立ち上がる。生まれついて足に問題のある彼は杖無くして歩くことが出来ない。
しかしイファルにはそのハンデを補って余りある知性と冷静さ、舌鋒の鋭さ、思慮深さ、そして強い求心力がある。
「異国の戦では援軍を呼ぶにも大きく時を要する 兵を失わず勝つことこそ肝要、その為には恐怖を使うことだ」
「即ち、異国では我らは名誉無き極悪非道の『北人』でなければならん
遠い国から海を越え略奪と破壊を伴い現れる蛮族、道理を弁えず銀と服属のみが通じる交渉手段…
そう在ればこそ異国の民は俺たちを恐怖する」
ーーー 寒冷で貧しい北方の地に住み、大陸の民とは言葉も宗教も異なる異民族の彼らは一括りに『北人』と纏められ『蛮族』と扱われる存在だった。そのことを利用したのはイファルが最初だった。
「バグセックほどの猛者を失い黙っているようでは我ら『北人』への恐怖は薄れる それでは俺たちは畏れられる征服者からただの賊に逆戻りとなる」
「ヤークへ出兵する!頭蓋割りのトルフィン、狂戦士殺しのグンステイン、トロル殺しのトーリルの兄弟、老ゴルムに兵を出させる
バグセックを討ったヤーク人を、必ずや殺すのだ!」
「俺らの身内の誰かを復讐の大将に据えてないとゴルムのジジイあたりが返す刃でこっちを斬り付けてくるぜ?」
「無論だ 一千人を優に超える兵と三十隻以上の艦隊を動かすのだ
俺とお前が大将をやる 戦況が落ち着く秋にヤークへ征き、殺し、奪い、征服する」
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東方のヤークの地で大きく口角を上げて百人の北方人を打ち負かした男 矢三郎は呵々とした笑い声を響かせる。
「これより来たるは大戦じゃあ!」
矢三郎は恨めしげな生首を年代物の机に置かれ微妙な表情をしている妻の方に視線を向けて言葉を綴る。
「あれほどの武者を討たれ彼奴ら、“のーるどびと”めらが仇討ちに動かぬことはあり得ぬ!面目を失う故な!
戦の用意として食得るものを城に集め、壁が外に逆茂木拵え、河沿いに武者どもを物見として留まらせ、川向かいの領にも力及ぼすべし!」
彼はつらつらと本来知らないはずの城塞都市に施すべき戦の備えを口にする。恐らく事前に考えを纏めていたのだろう。彼は野蛮だが狡猾で妙に冷静なところがある。
「早う、戦が始まらぬものか!」
しかし本質的には鎌倉武士なのだ。