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四十五話 五つの報告《前編》


 ーーー 前回までのあらすじ

 数週間前に門の前を通った騎士を殺害した為その流れで三騎士家と敵対してしまった鎌倉武士矢三郎。異世界鎌倉武士団を率いて戦に出、三つの家を族滅し所領押領した。

 しかしその時北方から異民族『北人』の海賊船が来襲、矢三郎はその首領を一騎打ちで討ち取ったのであった…

 

  異世界西方ド辺境 ヤーク地方 ヤーク 街守の館 執務室


 貴人カティア・フォン・ヤークはその栗色の髪をかき上げて呻いた。


「何たること!」


 無意識に王都式の整った所作を実践する男装の麗人が髪をかき上げる様はまるで花形役者如くである。

 しかしカティア本人に演技しているつもりはさらさら無い。彼女は本心から狼狽えていた。


「全く、何を考えているの、あの男は…!」


 肝の座った彼女を狼狽させる事態、それは青い鎧の野蛮人によるヤーク領内の騒乱であった。


 ーーーーー


 これまで私の元へともたらされた報告は三つあった。


 まず一つ目の報告は喜色満面の我が夫(あの蛮族)自身から何週間も前に聞かされたもの、掻い摘めば、


『家名を辱めた騎士とその従者に報いを受けさせ、面倒なので取り敢えず殺した

 しかし自分ではどこの誰かわからないので教えてもらおうと思って生首を持って来た』


 ・・・ということであった。

  完全に意味不明、理解不能、文化が違う!


 つまり、夫は私の叔父一族を皆殺しにして奪った館の門前を下馬せず通ったという謎すぎる理由で婿入り先に仕える騎士とその従者を斬殺、そしてその首を嬉々として私こと自分の妻の元に持ってきたのだ。


 あまりの行動に我慢ならず街守代の威厳も王都風の所作も忘れて怒鳴り散らしたが、夫は愛も変わらず全く悪びれもせず嵐の如く去っていった。


 二つ目はその数時間後、


 顔を真っ青にした使用人から又従兄弟のドルフと再従兄弟のイアサントが代官()の名を使って彼らを呼び出したヤサブローに棍棒で殴打され昏倒、ヤサブローの部下たちに担がれ拉致されていったというものだった。


 またしても意味不明、理解不能だ。

 二人は当家の貧しい分家のクールナント家とバルテル家の当主で、私が知る限りヤサブローとは接点がない。

 だがあの二人はかなり素行が悪かったので蛮族じみた夫の館で暮らせば良い教育になるだろう、と放置し夫と拉致された親族たちのことは忘れて仕事に戻った。


 三つ目の報告はその二週間後に夫ヤサブローからの言伝と手紙を預かった山夷の娘から受けたものであった。ヤサブローが冒険者のみならず山の蛮族まで手勢に加えていたことには驚いたが、それは問題ではない。彼女が届けた手紙が問題だったのだ。


『 これからいくさ故 もろもろのこと頼み候 れどあくす潰した どろーむもこれから討つ ぶろーとはまだわからぬ 伝えたき議、あらば この者に言伝つてよ 』


 と、下手くそな王国文字がやたら古風な言葉遣いで代筆され、 最後に解読不能だが恐らくヤサブローのサインであろう謎の文字が書かれていた。


 ・・・意味不明、ここに極まれり


 何故ここでレドアクスと争っている彼の手紙にドローム騎士家やブロート騎士家の名前が出てくるのか?


 私は事実関係を確認しようと物見を放ち、行商人らに話を聞き、ヤサブローが寄越した山夷の娘は邸に留まらせて夫の近況をあれこれ尋ね倒した。

 するとどうやらレドアクス城は既に落城し、一族は皆殺しにされている様子、その後も私は内政の合間に夫の行動を調べた。

 彼はその瞬間にも戦を繰り返しており、何故か拉致されたドルフやイアサントたちまでヤサブローの元で奮戦しているという理解不能の様相だった。


 それから一ヶ月の間に身ぐるみ剥がれ素っ裸の焦げた神父が屋敷に来て青い鎧の蛮族に教会が焼かれたと泣きついてきたり ドロームとブロート両当主から南方からの蛮族襲来の報を伝える使者が来たりと無茶苦茶なことばかりだった。


 私は()()()()()()()()()のに大変な苦労をした。


 私は辺境伯の後継者であるとはいえその権力にも限界がある。そもそも私の権威をアテにここまで破天荒な戦をしているのならば無茶が過ぎるし、私のことをそっくり忘れてあそこまで暴れまわっているならば蛮族が過ぎる…


 本当に何を考えているのか、あの男は!


 ーーーーー


 カティアは心中で三つの報告を改めて振り返るが矢張り夫の行動の意味は計れず頭を抱えた。


 その時、部屋の重厚な扉が激しい音を立てて勢い良く開き、勢い余って翻筋斗打(もんどりう)った騎士が鎧を鳴らして部屋に転がり込んだ。


「何者か!無礼であるぞ!」


 彼女は声を張り上げて腰の針剣に手をかける。


「ご、ご無礼仕りました!私はブロート騎士家分家 ヤルフート家女騎士アナベル、代官様に重大な報告が御座います!」


 ああ、そんな騎士が居たな、とカティアは思い出す。無足と変わらぬほどに痩せ細ったゴブリンの額ほどの領地、馬を持つ家臣などは義兄弟など入れても五人そこらの小さな家の女騎士だ。


 その貧しいアナベルが返り血の付いたボロボロの鎖帷子を着けた状態で執務室まで通され、息で荒げた只ならぬ様子で伝えようとする『重大な報告』とは只事ではない。カティアは静かに次の言葉を待った。


北人(ノルド)です!北人が来ました! セムス川を竜頭船で遡って来ています!船は四隻!兵数は百を下りません!半日前にはブロート領南部に!…そして南から蛮ぞ」


「何ですって!!!」


 これはカティアにとって予想だにしない非常事態であった(しかしこの一ヶ月で培った矢三郎関連の話題を遮る癖はしっかり発動していた)


 (北人…!?それも四隻、百人以上!? 半日前にブロート領に居た!? アナベルが私に嘘をつく理由はない、彼らの船ならば2日と経たぬ間にヤークの街に来るだろう、彼らに城壁を超えられるかは分からないが領内の騎士たちを招集したところで到底間に合わない!)


 カティアはこの一ヶ月、夫の暴走(彼女にとって)への対処、領内での揉め事の調停、税の計算、そして更に増える夫の暴走への対処に駆られ非常に忙しく、これまでヤーク領には北人の襲撃は精々数年に一度、船一、二隻が散発的にしか襲来することしか無かった為都市を狙った大規模な襲来など全く考えていなかった。


 冒険者たちが矢三郎に引き抜かれて居なくなった今、常備軍のないヤークでは街に住む数少ない家臣や衛兵たちに頼るしかない。


 …領内に巨躯の蛮族、銀と服属のみしか対話を受け付けぬと囁かれる異教の徒、北人が現れたのだ。


 (蛮族を防ぐことは出来ない…)


 各地から騎士の召集がなるまでに領地と民に何が起こるか想像がついた賢明なカティアの顔面は蒼白となり、彼女の頭脳は動きを止めた。

 賢きに過ぎる人間は想定外の事態には思考を重ね過ぎて身体が硬直してしまうことも多い。彼女はその典型だった。


 女騎士アナベルはカティアが沈黙すると雲の上の人である彼女に木っ端騎士の自分が何か失礼をやらかしたのかと身の置き所なさげにもじもじしていた。

 このような事態には誰かがカティアの尻を叩いて非常事態への対処を促すべきなのだが、アナベルのような普通の人間が遥か目上の人間がフリーズした状況で積極的発言することは難しいのだ。


 これは極めて良くない。



 その時バキャアアアアと鼓膜が破れんばかりの轟音を立てて木製の扉が蹴り破られた。あまりの衝撃に分厚い木目にヒビが入り、金具が弾け飛んでいる。


「異賊襲来じゃあ!」


 侵入者の口から発せられた大きな声が一帯の空気をビリビリと震わせる。


「沈めてきたぞ!二隻!」


 不敵に笑う彼は鎧を鳴らしつつカティアの方に歩み寄ってくる。

 無論彼は先に執務室に来ていた女騎士の存在には気付いているが歯牙にも掛けていない。貫禄が違うのだ。

 アナベルの方もその唐突且つ派手な出現と()()()()()()()()()に気圧され硬直している。


 カティアの目には、生首と太刀を両手に高らかに笑うその男、白石矢三郎の野蛮な姿が酷く頼もしく、また愛しいものにも見えた。


長くなったので分割しました


挿絵(By みてみん)


↑生首片手に楽しそうなダンナと嫁さん

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― 新着の感想 ―
[良い点] 矢三郎の蛮行をこの世界の常識に照らすとどう見えるか、実にわかりやすいw [一言] イラストの夫婦の対比が素晴らしいw 嫁さんのドン引き具合が最高ですw
[良い点] 更新嬉しいです。 首にモザイクかかっているのが面白すぎる笑
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