第四十二話 鎌倉武士 VS VIKINGs グルーテ河の蛮族たち
極東は日ノ本生まれの蛮族の中の蛮族 鎌倉武士と異世界北方生まれの海賊系蛮族、彼らが出逢わば如何なる血みどろ蛮族合戦絵巻が繰り広げられるのか?
鎌倉武士は異世界へ 第五章 北人襲来編 御開帳!
『我が民族はこの美しき島に住んで400年以上になるが、現在 異教徒から被っている恐怖はいまだかつてないものだ』
神学者 アークウィン 北人たちについて
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異世界西方ド辺境 ヤーク地方 ブロート騎士領北西部 グルーテ河西岸から数百メートル東
異世界馬というよりも日本在来馬に近い、足が太くずんぐりとした体型の黒毛の獣が遠くから駆けてくる。
接近すれば分かるようにその獣は馬ではなく、異世界固有種の肉食魔物 魔狼だ。
…そして魔狼に跨っている男は、
「我こそはぁあぁあ! 治承・寿永の乱に武名を馳せし日向太郎三影が後裔、荒人征久が嫡男、無双の馬上打物の達者 隼人種久が一子!
白石矢三郎経久ぁぁぁああ!!!」
…大鎧と殺気を纏った異世界には存在するはずのない外来種 青い鎧の武士である。
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北人の有力な首長であり歴戦の戦士でもあるバグセックは獣の聲を聞いた。 …吼え声というには人語のような抑揚があるが、人の声というにはあまりに異様な聲だ。
『中鬼か小鬼か…?』
妹婿のヤギ髭のイファルが櫂を手に云う。
『…チッ』
…この妹婿は同じ名を持つ『大軍勢』の指導者の有す知性の十分の一も持たず、また長く生きた戦士の多くが持つ直感も持たぬ男だ、とバグセックは酷い火傷面を歪ませた。
…あれがその程度のはずがあるものか
バグセックは戦斧を握り直した。
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「 応、異国の海賊乗りし龍頭の船とは興有り! 嗚呼 其の頭落としたし!!!」
「ヤサブローさまぁ! 一人で行かないでくださいよぉ! 」
「お前ら急げぇ!ヤサブロウさん死なすなぁ!!!」
「ちょっとまってー! 」
半泣きの武士団員たちが魔狼を駆る矢三郎の後を必死に追いかける。
大将を死なせまいと必死になる兵は強い。
…畏れられつつも慕われるこの由緒正しき鎌倉武士を将と仰ぐ者たちは、特にその気質が強かった。
(…ぱーてぃ長殿にあば を筆頭に騎乗四騎 徒歩十五はぴたりと付いてきておるな …後続に騎乗も徒歩も悉くが続いておる…
…なれば仔細はなし!)
矢三郎は さて、海賊とは如何なる者どもぞ?と考えた。 日向様筆頭に祖先の幾人かは海賊の首を捕ったと聞くが、この矢三郎は海賊を己が目で見ることも初めてである。
…実に矢を馳走し甲斐があるではないか! そうますます凄味のある笑みを深くした彼はすうっと肺腑の奥まで空気を入れ、
「この河は我が舅と我が妻が持ちもの! また俺の奪いし所領にも通りし大河也!!!!!
…其れを許し無しに往来するとは、海賊であろうがなかろうが、たんと矢を馳走せねば気に食わぬ!!!」
矢三郎は相手の非を鳴らす台詞を唸るように遠くへと響く声で発する。
これには 『我らに大義あり』 と兵たちに示し戦意を上げる意図があり、
事実 武士団員たちは「海賊にこの土地を荒らさせてたまるか」と士気を上げた。
しかし 鎌倉武士 矢三郎は、
“ 海賊であろうがなかろうが勝手にナワバリを通ったやつは射殺する ”
…という常識が異世界にはないことには気づいておらず、首領と部下たちとではどこに怒っているかが微妙に擦れ違っている。
しかしまあ、武士と異世界人の常識が異なることは当然であり、結果的に戦意が上がれば結果オーライなのである。
『弓箭の道は先駆けをもって賞とす』
矢三郎はこの軍の大将であるがそれ以前に地頭、御家人、そして鎌倉武士である。
…誰にも先陣を譲る気はなく、ナワバリを侵されたことへの怒り、海賊、そして龍頭という捕ったことの無い首を求める好奇心を携えた鎌倉武士は、後続を数十メートル後方に置き去りに一騎駆けの形で、ガサガサァと薮を鳴らしてグルーテ河原に飛び出した。
「その龍っぽい船とは何処ぞッ!首ァ獲って館にでも飾らむぞォー!!!」
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…この男… この男は…!
貧しきヤルフート騎士家の忠良な老臣デュゲは胸を覆う錆と欠けの目立つ鎖帷子を過剰な呼吸数で鳴らしていた。
数メートル先の薮から出現した男は、確かにこの老臣が今朝…最早数日も前に感じるあの戦場で本家当主 サー・グレゴール・ブロートのあの巨大な大剣と互角に撃ち合っているのを垣間見、
その次に見た時には血液噴き出すサー・グレゴールの首を掲げ持っていた、あの蛮族の魁首…
(…ああ、間違いない、あの奇妙な青い鎧兜、あの太く赤い弓、あの異様に炯々とした黒い目、剥き出した白い歯、遠目には分からない細かい所まで良く見える…)
そこでようやくデュゲはその蛮族の魁首が自分がその姿 顔立ちを観察できる距離に居てもこちらを全く気にかけていないことに気がついた。
こちらを見もしないその蛮族の目線の先を追って視界に入った龍頭の船に、老臣はようやく自分たちが北人の艦隊と遭遇し、自分がお嬢様を逃がす為の殿を買って出たことを思い出した。
(我らが…我らが居ても居なくても『蛮族』どもには同じだとでも言うのか…)
老臣デュゲと数人の兵士たちは龍頭の船に乗った巨躯の蛮族、魔狼に跨った青い鎧の蛮人、二種の蛮族に為す術もなく、傍観者となった。
青い鎧の蛮族は鎧を鳴らしてその身の丈よりも遥かに長い弓を狼上で強く引き絞り、
「それ、海賊! 宝求めてこの地に来たるか、さぁ 欲しがり申す宝、取らせん!」
と日ノ本言葉で吼え鎧貫の矢を放った。